50 モモタロウ編その20
「ここが紅の賢者様が住んでいる所」
チコに案内されて辿り着いたのは王宮を離れ、砂漠を少し歩いた川べり。
川の近くには立派な石の住居があった。
「随分変わった住まいですね」
汰郎が言っているのは見慣れぬ建築様式ではなく、異様な佇まい。
住居の周りを紅色の布が幾重にも取り囲み、ふわふわと浮いている。
「外からの攻撃は効かないし、声も届かないの」
一日一回食料を届けているが、布が受け取っているので姿は確認していないとの事。
「引き籠っちゃってるんだ。賢者様」
「火を放ってみるとか、地面を掘ったりはしなかったのですか?」
「出来ないよ。賢者様の魔法の布が護ってるから」
色々と試してはいるらしい。
魔法を使ってまで外との接触を断つとは、一体何が彼をそうさせるのか。
「とりあえず会わないと話が進みません。二人は僕の姿が見えない所まで離れて下さい」
コイとチコが離れると、汰郎は懐から二枚の札を出した。
「跳豆」
彼が名を呼ぶと片方の札から飛び出した何かが川へ飛び込んだ。
一拍おいて、水面から巨大な黒い人型のシルエットが飛び出す。
「うわー!何アレー!?」
「サイクロプス!?あ、でも目が二つある!」
片手に大きな道具をもった黒い巨人はとても大きく、離れた二人からもしっかり見えた。
いきなり現れた怪物にチコは驚き、汰郎の元へと戻ろうとする。
「あ、大丈夫。汰郎様が呼び出したヨーカイってヤツだよ、多分」
「巨人を呼び出す魔法なの?」
「他にも色々出すよ天翔ちゃんとか、大きな熊とか」
危害を加える者ではないと分かり、少女はホッとする。
巨人は先が丸い形の道具を川に入れ、水をすくい上げた。
そのまま賢者の家の上へ腕を動かし水をぶちまけたではないか。
「水責め?」
「すっごい量出てるよ」
巨人の道具からは絶え間無く大量の水が溢れ続けている。
彼女達は知らないが柄杓を使い、水を注いでいるのは海坊主という妖怪だ。
普通は海に出現して船を沈める妖怪。しかしここは地上でしかも砂漠。
水は魔法の布が受け止め、賢者の家から逸らしていた。
「そろそろですか」
しばらく石の住まいに水責めをしていた汰郎は、もう一枚の札から妖怪を呼んだ。
「凍江」
絶対零度マシーンこと雪女の凍江は三つ指をついて汰郎の横に控えた。
同時に海坊主が札へと戻る。
極寒の冷気は降り注いでいた水を、受け止めていた布ごと瞬時に凍らせた。
汰郎が入口に近付いても固められた布は動けず、扉の前までの接近を許してしまう。
「賢者様、出て来ないと凍死しますよ」
凍江が石壁にぴたりと引っ付くと、みるみる石の建物が冷気に包まれ凍結した。
パキパキと布が砕けて砂の地面に落ちる。
魔法の防壁は完全に破られ賢者を護る物は失われてしまう。
「賢者様、そろそろ降参しないと本当に死にますよ」
汰郎は出て来ない賢者を不審に思い、一旦凍江を引っ込めた。
念の為扉には直接触れず、刀を引っかけて開けようとする。
が、開かない。
「これは、もしかして」
何かに思い当たった彼はもう一度海坊主を呼び出し、扉を開けさせた。
凍った扉は中々開かず、仕方が無いので力ずくで開かせる。
メキメキと木の扉を引き千切ると、汰郎の目の前にゴロンと何かが転がった。
「すみません。どうやら扉が開かなかったようですね」
そこには扉を開けようとしたポーズのまま固まる、イケメン賢者の姿があった。