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ファンタジアン  作者: おさかなちゃん
勇者様いらっしゃい編
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03 勇者様は8歳


「わたくしは泉の巫女セティラ。勇者様、あなたをずっとお待ちしておりました」


「ゆうしゃ?」


 上質な白い服を着て、金の杖を持った綺麗な少女が泉の傍に座っていた。

 巫女は目の前に居る浅黒い肌の少年を見ると、悲しそうに微笑んだ。


 粗末な服を着た少年は、美しい滝のような髪と吸い込まれそうな瞳に見入っていた。


「すごく綺麗。ここ、天国?」


 ドーム状に生い茂る草木の中心に泉があり、水面が木漏れ日を反射している。

 苔生した石の柱に背を預けて座る少年は、泉に足を浸すセティラを見て笑顔を見せた。


「セティラ、お揃い」


「ふふ、そうですね」


 片足を上げて見せた少年に、巫女の少女も同じように水から足を出した。


「でも、ちょっと違いますよ」


 彼女はそう言って杖を置き、左手で服の袖を捲った。


「ほんとだ、変なの」


「ね、変でしょ」


 二人は楽しそうに笑い合った。遠巻きに見守る兵士二人も、巫女の笑顔に口を綻ばせた。

 今だけでもいいから、彼女には笑っていて欲しい。


 一通り笑い終わると、少年はうまくバランスを取って立ち上がった。


「セティラ、ゆうしゃさまって何?」


 少年のように一人で立ち上がろうとしたセティラだったが、杖が泥で滑ってうまくいかない。

 見かねた兵士達に脇を抱えられ、ちょっぴり不満気な表情を見せる。


 が、少年の視線を感じるとすぐに真面目な顔を取り繕い、巫女らしく杖を掲げた。


「悪しき者から世界を救う力を秘めた、正しき心の持ち主です」


 少年は彼女を真っ直ぐ見つめている。澄んだ瞳にセティラは強い意志と力を感じた。


「勇者様、どうかこの世界を救うために力を貸して下さい。わたくし達にはもう、それしか方法が無いのです」


 叫びにも似た祈りに、少年は手を差し伸べた。


「いいよ」


 優しく笑う少年にセティラは目を見開いた。


「危険な目に、遭う事になります。命を落とすかもしれません」


 言葉が途切れそうになるのをぐっと堪え、少女は少年に語り掛けた。

 感情を必死で抑えて、抑えていたものが溢れてしまわないように。


「大丈夫」


「わたくしのように、なってしまうかも」


「大丈夫、ゆうしゃさまだから」


 少年はジャンプして巫女の少女に近付いた。


 下から顔を見上げて少年は笑う。


「セティラは泣かなくていいんだよ」


「え?」


 少年に言われて、セティラは自分の目から雫が落ちている事に気付いた。


「嘘、わたくし、泣いてなんか。え、何で」


 袖で拭っても後から後から溢れる涙を止められない。


「あの人が、死んだ時だって泣かないって。巫女だから、泣いちゃいけないのに」


 俯いた水面に水滴がぱたぱたと落ちていく。

 視界が歪んで、どうしていいのか分からなくなる。


「セティラ、大丈夫だよ」


 ぎゅっと、小さな体に抱きしめられた少女は泣いた。

 声を上げて泣いた。


 少年は笑っていた。




「そろそろ、いいかね?」


 セティラが落ち着いた頃合いを見計らって声が掛けられた。


「は、はい!賢者様」


 ぐちゃぐちゃだった顔を泉で洗い、セティラは威厳ある老人に向き直った。


「では勇者様、こちらへ」


 古びた事典を持った老人が少年を手招きする。


「勇者様に青の賢者の祝福を」


 老人が少年の前に跪き、手の甲に口付けをするとシンプルな指輪が現れた。

 指輪には小さな橙色の宝石、カーネリアンが日光を反射している。


「私と巫女の命ある限り、指輪が勇者様をお守りするでしょう」


 指輪を珍しそうに触る少年を、全ての者が暖かい眼差しで見守っていた。



 男は、現れなかった。



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