330 勇者の戦い編その30
「これをもって、停戦協定に合意とする」
各国を巻き込んだ戦いから三ヶ月後。
特設会場で和平案を読み上げるのはアントーニオ三世。
前王が退き、新たに就任した花の国の王である。
「異論ありません」
日本の代表者として参列したのは八十歳を軽く超えたハゲ頭の老人。
横にはヤクザ風の中年SPが立っていた。
「こちらも異論はありません」
巫女の代表は当事者として大きく関わった泉の巫女、セティラ。
和解の証として贈られた精巧な義手と義足をつけて出席している。
「文句ねぇだ」
賢者の中から選ばれたのは白の賢者ネルグイ。
魔女からは鬼百合の魔女ユリカが参加していた。
「僕もそちらへは関与しないと約束しましょう」
空に浮かぶ特設会場を提供した桃源郷の長は、いつもの完璧な笑みを浮かべた。
「はぁ、緊張しました」
式典を終え、解放されたセティラはホッと息を吐く。
「んだけどこっからだぞ。色々大変なんは」
「そうですね、頑張らないといけません」
ネルグイの言葉に彼女は大きく頷いた。
二度と争いが起きないよう巫女一人一人が責任を持たなくてはいけない。
自分が手本になるのだとセティラは気持ちを引き締める。
「それが生き残ったわたくしの使命ですから」
大切な物を失わなければ、きっと自分は何も考えないまま召喚を続けていた。
呼ばれる側の事情を知ろうともしなかっただろう。
「地上に戻ったら色々な国を回ろうと思っています」
微笑んだ彼女の瞳には強い意志と希望が宿っていた。
「カルムと一緒にだか」
「あれは間違いなんです!やめて下さい賢者様」
からかわれたセティラは顔を赤くして弁明する。
あんな事をするつもりはなかったんだと。
ぽかぽかと叩かれたネルグイは笑いながら謝った。
「仲が良いねー」
穏やかな声にセティラは振り向いた。
見れば日本の代表者の老人がニコニコしながら立っている。
「す、すみません!お見苦しい所を」
失態を見せてしまった彼女は慌てて頭を下げた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
謝るセティラに老人はにこやかに語り掛ける。
彼女はおっとりした老人の雰囲気に、なぜか既視感を覚えていた。
今日初めて会ったばかりだというのに。
「智さん、緊急の連絡が入ってます」
「あ、一ちゃん」
携帯端末を持ってやって来たのは先程彼の横に立っていた人物だ。
老人の言葉を聞いたセティラは一瞬考え、驚きのあまり声を詰まらせた。
「・・・!!?」
声にならない叫びを上げた彼女の前には、引き締まった肉体の五十代くらいの男。
端末を持つ手にはプラチナの指輪があった。
「はいはい。えっ?うっそー!?」
老人は女子高生ばりの高いテンションで何やら騒ぎ出し、急いで通信を切る。
彼はスーツの男を見ると胸ポケットからペンを取り出した。
「急いで出動だよ!一ちゃん」
「分かりました」
老人の声に応え、男も一枚の名刺を取り出す。
「プリティチェンジ、カグヤ・ガール!」
「サムライ・リーマン」
ハゲ老人はピンクのペンを掲げ、中年ヤクザは名刺を水平に持つ。
一方は一瞬で若返り、赤マフラーと漆黒の髑髏スーツ姿に。
もう一方は魔法少女のお約束な変身シーンを老人のまま炸裂。
擬似ヌードを経て可憐な少女へシフトチェンジした。
「じゃあまた今度ねー」
変身した二人は髑髏ゲートをくぐり、彼らの世界へと帰って行った。
セティラとネルグイは目を見開いたまま固まっている。
「ニホンジンには勝てねぇだ」
「わたくしもそう思います」
彼らの心にまた一つ、日本人への恐怖が刻まれた。