325 勇者の戦い編その25
「ちょっ!?無視しないでってば!!」
ウサ耳賢者の登場に構わず男は手を振り下ろし、魔物と液体生物が押し寄せる。
「ストップ!ストーップ!」
手を広げて間に入ったリリィに急停止する魔物達。
人間と言葉が通じた事に戸惑っているのか、液体生物までもが攻撃の手を止めた。
「こっちよ!」
敵が躊躇しているうちに賢者達はバニーの後を追って包囲を抜ける。
先で待ち受けていたのは茶の賢者ヤシュウだ。
彼の横には真っ赤な鱗を持つ巨大なドラゴンが控えていた。
『どうぞお乗り下さい』
上品な口調で乗るよう促すドラゴン。
動き出した魔物達を目にした賢者達は、言われるままに赤い竜へ乗り込んだ。
『わたくしは枯鳥と申します、以後お見知りおきを』
「挨拶とかいいから!早くここから離れるの!」
バニーに急かされ竜は賢者達を乗せ、立派な羽を広げて飛び立つ。
追い付いたリリィと共に彼らは花の国の上空へ逃れた。
「逃げられるとお思いですか」
黒の賢者が禍々しい絵柄のカードを取り出し、魔物達の元へ飛ばす。
すると分裂した液体生物と魔物が混じり合い、不気味な蠢く黒い塊へと変貌。
ミチミチと不快な音を立てて小さな手足と巨大な羽を生やした。
「エグい事するわー」
チェッツは不吉な黒い生物にドン引きしている。
「しかしどうして分かった?」
助けに来た理由を問う赤の賢者に、バニーとヤシュウがそれぞれ答えた。
「早く終わったからギルドに戻ったのよ。で、あんたに連絡しようとしたら全然通じないじゃない」
「それで心配になって、お婆ちゃんに水晶玉で見てもらったのよ」
ヤシュウの言葉にチェッツとミルテーゼはポンと手を打った。
「「その手があったか」」
うっかり者の魔女達に白い視線が向けられる。
「とにかくまかせて!後は汰郎ちゃんが何とかするから」
「何をしようと無駄ですよ」
「!!」
声に振り向けば、空を飛ぶ黒い化け物がすぐそこまで来ていた。
黒の賢者はシールドに包まれた状態で蠢く生物の背に乗っている。
「恐らくサムライとの決戦に向けて準備していたのでしょうが、私には通用しません」
森の国を実験場としている黒の賢者は、監視システムで全てを記録している。
汰郎が召喚を行おうとしている事も彼は知っていた。
「例えこの生物を倒されようとも、代わりはいくらでも用意出来るのですよ」
黒の賢者は彼が絶望の表情を見せるだろうと予測していた。
しかしヤシュウは絶望するどころか笑みを浮かべている。
「その様子じゃ、何を呼び出すかまでは知らないのね」
「負け惜しみですか」
「負け惜しみかどうかは自分の目で確認しなさい!」
彼はパイプから大量の煙を吹き出し、上空に狼煙を上げた。
「汰郎様、合図です」
ほこらの上から超人的な視力で狼煙を察知した雉香。
知らせを受けた汰郎は内部に張っていた結界を解き、中心へと立った。
地面には複雑な模様と文字が刻まれ、周りには巫女達の三本の杖が突き立てられている。
「彼には絶対的な支配者の存在と、己の愚かさを思い知ってもらいましょう」
悪役の台詞を吐きながら汰郎は刀で地面を叩く。
術が込められた文字が強い光を帯びて模様へと伝わる。
光る地面に照らされた杖が、銅のメッキを剥がし輝く金の杖へ変化する。
目を焼くような金色の光の柱が、森の国より天高く昇った。