01 勇者様は小学1年生
「ようこそおいで下さいました、勇者様。わたくしは泉の巫女セティラ。貴方をお待ちしておりました」
「ゆ、勇者様?ボクが!?」
澄んだ水色の綺麗な髪。紋章の入った白い服を着て、金色の錫杖を持った少女が泉の中に立っていた。
緑いっぱいの小さなほこらにはセティラと、鎧を着た兵士が四人。寝間着姿の小学生男子を取り囲んでいる。
「えっ、これって夢、だよね?さっきまでベットで寝てたのに」
男の子は座り込んだままキョロキョロと辺りを見回し、少女を見る。
問われたセティラは美しい顔を悲しみの表情へと変えた。
「勝手に呼び出してごめんなさい。貴方にはどうしてもこの世界の危機を救って欲しいのです」
「世界って、ここどこなの?」
「ここは」
セティラが答えようとした瞬間、轟音と共にほこらが揺れた。
「うわ!」
立ち上がろうとしていた男の子がよろけ、転びそうになるのを巫女の少女が受け止める。
「大丈夫ですか、勇者様」
「う、うん」
綺麗な顔を近付けられ、守るように支えられた男の子は赤くなって頷いた。
「セティラ様、お逃げ下さい」
「奴らに勘付かれました。ここもすぐに突破されます」
三人の兵士がほこらの入口を固めて一人が隠し扉を開ける。
「早くこちらへ!」
「分かりました。行きましょう、勇者様」
「えっ?なんなの?逃げるって」
男の子は困惑したまま手を引かれ、裸足で石の床から降りた。湿った土の冷たさで思わず足を止める。
「悪しき者の使いがすぐそこまで来ています。捕まれば勇者様の力を奪われ、闇の世界へ連れ去られてしまいます」
「やみの、世界」
「ええ、悪魔が存在する恐ろしい世界です。だから早く」
再び手を引こうとしたセティラの動きが止まった。
続けてドサリと、何かが地面に落ちる音。
「わっ!」
引かれていた力が急に緩められ、男の子はバランスを崩して転んだ。
水を含んだ土のおかげで痛くはなかったがパジャマは泥だらけになった。
「セティラ様!」
「貴様、よくも!」
頭の上で響く声は強そうな兵士達のものだ。ガチャガチャと鎧の音がする。
「泉の巫女か、新顔だな」
静かに、ゆっくりと呟いた低い男の声がほこらに響いた。
顔を上げた男の子が見たのは、巫女や兵士の様な非現実的な光景ではない。
身近で見慣れた格好をした人物。
赤いマフラーをしたサラリーマンが立っていた。
少し違うのはスーツを素肌に直接着ているのと、光沢のある漆黒のスーツに髑髏マークが入っている事。
逆光で顔が隠れているのに、男の子は背筋が寒くなる程の怖さを感じていた。
「未成年者略取及び誘拐、所在国外移送目的略取及び誘拐の罪により」
サラリーマンの伸びた影の中から、音も無く一本の刀が現れた。
「刑罰を執行する」
これから起こる事が恐ろしくて、男の子は思わずしゃがみ込んで目を閉じ耳を塞いだ。
どのくらい経ったのだろう。
次に男の子が目を開いた時、映ったのは。
見慣れた部屋の天井だった。