26 勇者様は囚人
「勇者さま、勇者さまー。起きて下さーい」
わたし、クリノは新緑の巫女を名乗っています。
銅の杖しか持てない未熟な身ですけれども、今回初めて勇者さまをお呼びしました。
でもこの勇者さま、全然起きません。
狭くて埃っぽい石のほこらの床に投げ出されているのに、痛くないのでしょうか。
「どうしましょう」
わたしの国は巫女への待遇が良いとは言えません。
立ち会ってくれる人や兵士の方がいないので、全て一人で何とかしなくてはなりません。
もし具合が悪くて倒れているのなら、町まで運ばなければ。
勇者さまに何かあっては巫女失格です。
「すみません、どこかお体が悪いのですか?」
木の枝を模した杖を床に置いて、揺さぶってみます。
ボタンの無いシマシマ模様の服は制服でしょうか。文字の様な物が縫い付けられています。
素足に鉄の輪っかがあります。首に縄も付けて、オシャレさんですね。
ん?ちょっと締めすぎじゃないですかこれ。顔色が悪いです。
縄の輪を広げてみようと手を伸ばした時、いきなりわたしは天井を見上げていました。
「あれ?」
さっきまで勇者さまを覗き込んでいたはずなのに、どうして上を向いているのでしょう。
何だか急に世界がひっくり返ってしまったようで。
ゴン。
「っー!!」
痛い!頭が痛い!
床に思い切り後頭部を打ち付けたわたしは、頭を押さえて転がりました。
「おい」
「は、はい!?」
呼ばれたわたしは飛び起きました。条件反射です。
よく妹に叩き起こされているので頭の痛みで錯覚してしまいました。
勇者さまが目を覚ましています。海藻みたいに黒くてもしゃもしゃの髪の間から、隈のある目が見えました。
ちょっぴり怖いけれど、格好いいお顔だと思います。
「ここは、地獄か?」
すみません。わたし、勇者さまに何か酷い事をしたでしょうか。
やっぱり、三つ編みでそばかす顔の地味な巫女はダメですか。
こんな巫女よりお姉さま達みたいに綺麗な女性に呼ばれたいですよね。
「う~!」
「何で泣くんだ?」
わたし、やっぱり巫女としてやっていく自信がありません。
怖い顔をしていた勇者さまも、呆れています。
でも、巫女として勇者さまをお呼びしたからには、きちんと役目を果たさなければいけません。
涙を拭ってしっかり立ったわたしは、何十回も練習した台詞を口にしました。
「勇者さまっ、お待ちしていました。わたしは新りょくもみ」
噛みました。もうおしまいです。