25 勇者様は執行人
「赤の賢者。貴様には危険因子として抹殺命令が下った」
屍を乗り越えて巫女達の目の前に現れたのは、髑髏を纏った黒いスーツの男。
血の様に赤い双眼で睨まれた賢者の弟子は、恐怖で固まっている。
清浄なほこらは一瞬で死の臭いがまき散らされた。
「出来れば話がしたい」
正面から向き合った赤の賢者は、金の杖を向け相手の挙動に備える。
油断すればあっという間に命を奪われてしまうだろう。
「必要無い」
「何故だ!共に歩む道もあるはずだ。種族は違えど同じ人だろう!」
男は無言で刀を取る。答えは決裂だ
「良かろう。異国人よ、貴様の凶行を今ここで止める」
赤の賢者は己のローブを脱ぎ捨てた。
露出した肩から腕、足には無数の傷が茨の様に走る。
杖には棘の生えた蔓が伸び、彼女の真の名を表す花を咲かせた。
「薔薇の魔女ミルテーゼが貴様を闇の果てへと葬ろう」
魔女の体に巻き付いていた傷が全て杖へと移動すると、彼女は杖を振った。
無数の棘の蔓が一斉に男目がけて放たれる。
魔法を帯びた薔薇の蔓は通常の武器では斬れない。
「陳腐だな」
迫る凶器の薔薇を前に悠然と立つ黒い男は、大きく刀を薙ぎ払った。
「この国の魔女の魔法は」
薔薇の鞭はいとも容易く切り裂かれた。魔女と一緒に。
弟子は時が止まったかのような錯覚を受けた。
刀は黒く変色し、鈍い光を放っている。
右手には指輪が二個あった。黒い木目の指輪と黒い宝石の付いた指輪が。
「貴方は、お逃げなさい」
全てがスローに見えていた弟子の時は、目の前の巫女によって動き出した。
片方の袖を赤く染めた金髪の少女が男の前に立ち塞がる。
「え?」
事態に頭が追いついていない。
「抵抗は死を招くぞ」
殺意を持った男の声が響く。
「貴方は赤の賢者を継ぐのでしょう。生きて役目を果たすのです」
殺戮者を前にしても、巫女の瞳には強い力が宿っている。
痛みも、死の恐怖も彼女の意志を止められない。
「や、やだ!」
賢者の弟子は震えながら首を振る。
「賢者と一緒じゃなきゃ、姫様も置いていけな」
「この馬鹿弟子がー!!」
ばこーん、と弟子の顔に皮の手帳が投げつけられた。
同時にほこら一帯を大量の薔薇の蔓が覆い尽くす。衝撃を受けた弟子は外に跳ね飛ばされた。
「さっさと行け!せっかくの死んだふりが無駄になったじゃないか!」
「い、生きてるんなら起きなさいよ馬鹿ー!!」
転んだ拍子にフードから顔を出した賢者の弟子。
片方しか無いウサ耳少女が泣きながらほこらの中へ叫んだ。
駆け寄りたくても増殖する茨で塞がれ、進む事が出来ない。
「いいから逃げろ!私の跡を継げるのはもうお前だけだ。死ぬのは許さん!」
「だ、だって」
「口答えはするなと言っただろうが!アホ弟子がー!!」
すぱーん、とミルテーゼの代わりに薔薇の鞭が尻を叩いた。
痛みと悲しみで涙目の彼女に、巫女の声が届いた。
「貴方にお願いがあります。もし、マイケルとジェームズという少年達に会う事があれば」
エーミットの声がバニーの片耳に優しく響く。
「私の事は気にせず、帰っても構わないと伝えて下さい」
皮の手帳を両手で抱きしめて俯く賢者の弟子は、深呼吸すると涙でボロボロの顔を上げた。
「し、死んじゃったら、恨んでやるんだからー!!」
叫びながら赤の賢者の弟子は、猛烈なダッシュでほこらから逃げ出した。
応えは、無かった。