16 勇者様は乳幼児
「よくぞ我が声に応えた!我は氷塊の巫女ヨルン。勇者様を導く者なり!」
オーロラの下で威勢良く咆える銀髪巫女のヨルン。
雪も風も無い静かな夜にそれは呼び出された。
「なんもいねぇぞ。失敗しただか?」
「馬鹿な!我が失敗するなどありえん」
白の賢者とヨルンが辺りを見回すも、自分達と白熊以外の姿は見当たらない。
「はっ!もしや賢い者にしか見えない勇者様なのか?リューヤを呼ばねば!」
「そりゃ無いと思うぞ。ん?ヨルン、お前ん足元に何かあるぞ」
「何?」
賢者に言われて足元を見ると、大きなカゴが置いてあった。
「いつの間に!」
突然現れた物体にヨルンは咄嗟に飛び退き、金の杖を向けた。
「罠か!?」
賢者もランタンを構えて警戒する。熊の兵達もぐるりと周りを取り囲んだ。
少しの間見守っていると、賢者の耳に微かな音が入った。
「うん?こりゃあれでねぇか」
聞こえてきた音に賢者は緊張を解き、枝で編んだ大きなカゴに近寄った。
「おい、大丈夫なのか。我はともかくお前が死んだら洒落にならんぞ」
「平気だ。ちょい待ってろ」
賢者はランタンを地面に置いてカゴの上の布を取り払った。
「だー」
ヨルンの耳にもハッキリ聞こえた。赤子の声だ。
「赤ん坊だ。ヨルン、赤ん坊呼び出しちまっただよ」
「な、何いぃー!?」
驚いた銀髪巫女は白の賢者を突き飛ばしてカゴを覗き込む。
中に入っていたのは生後3ヶ月程の乳幼児。ヨルンと視線が合うとニッコリ笑った。
「か、可愛い。いや!そうではなく!すぐに戻さねば!」
いくら何でも赤子を勇者にしてしまう訳にはいかない。
早く親元に送り返さねばとヨルンは杖を振りかぶった。
「ヨルン、何かあったの?」
「わあ!」
いきなり声を掛けられた彼女は、すっ転びそうになるのを寸前で堪えた。
熊の兵達の間から出てきたのはペンギンを連れた聡明な勇者、リューヤだった。
「呼ばれた気がしたから急いで戻ってきたけど」
小型のソリから荷物を降ろした勇者は巫女の元へと駆け寄った。
毛皮のコートの中には黒のヘソ出し。まるでヨルンとペアルックのように見える。
「リューヤ、こ、これはだな!決して我が誘拐した訳ではなく事故というか油断というか」
「うん、ちょっと落ち着こう」
宥められて落ち着いた所で、二人の話を聞いた勇者はカゴを観察した。
「うう、我がこのような失態を犯してしまうとは一生の不覚!」
「赤ちゃんだと何か問題があるの?」
「巫女は祈りに応えた者しか呼んじゃならねぇ。親の祈りの方が強い赤ん坊は普通は呼ばれねぇはずだ」
ちゃんとした巫女ならありえないと賢者は呆れている様子。
熊とペンギンに慰められている巫女をよそに、勇者はひたすらカゴを調べている。
「ヨルンはそんな失敗しないと思うよ」
「全て我の責任だ。無理に慰めてくれなくともよい」
「そうじゃなくて、この子はきっとヨルンに助けを求めてたと思うよ。だから呼ばれたんだ」
リューヤの手には小さな紙切れがあった。赤子のカゴから見つけたものだろう。
「捨て子なんだよ、この子」