13 勇者様は高校3年生
「ようこそ勇者様っ!あの、朝顔の巫女のアリシアっていいます」
「へ?いや、その」
「お願いします。わたしだけの勇者様になって下さいっ!」
ぺこりと頭を垂れるお団子頭の少女。手には銅の杖が握られていた。
透けた薄布のローブで迫られたロン毛少年は、突然の出来事にすっかり混乱している。
「勇者って何の話っつーか、近いし!腕に当たってるし!」
しっかりと腕を掴んだアリシアは潤んだ瞳で少年を見つめた。
「助けて下さい!勇者様がいないとわたし、どうしていいか」
紅玉の瞳の少女に手を取られ、少年は息を飲んだ。
美少女だ。彼が今まで見た事も無い正真正銘の美少女。
こんな可愛い子に頼られるなんて、現実にはありえない。きっと夢だ。
「わ、分かった。俺で良ければ力になるよ」
「本当ですか!」
ぎゅっと両腕で首を抱かれた少年はいい夢だと顔をにやけさせた。
「賢者様、早速お願いします」
アリシアはパッと少年から離れ、待機していた人物に声を掛けた。重い腰を上げたのは紫のフードを被った老婆。
ジャラジャラと装飾具の音を立てながらゆっくりと近付いて来る。
「こんな所に呼ばれるとは、運の無い坊やだ」
老婆の声で夢心地から引き戻された少年は、辺りの様子がおかしい事に気付いた。
サークル状に設置されていたのは大岩ではなく、墓石。
ぼやけた明かりに照らされていたこの場所は、神聖なほこらではなく大きな墓場だった。
うろたえていると老婆に手を掴まれた。細い枝の様な腕からは想像出来ない程の力。
「勇者様に紫の賢者の」
振りほどく間も無く、手の甲に口付けされた。
「呪いを」
途端に指に黒い茨の指輪が絡みついた。中心には黒みがかった緑色の石、パイライトが鈍く光る。
「勇者様の命がある限り、儂とアリシアは」
「貴方にずーっと守って貰えるの」
極上の笑みを浮かべるアリシア。本当にあどけなく、美しい少女の笑顔。
「本当に困ってたんですよ。今までの勇者様は皆死んじゃったから」
アリシアがぐるりと墓場を見渡す。とても楽しそうに。
少年の背筋に寒気が走った。
墓場で笑う少女や、不気味な魔女のせいではない。
背後に感じたプレッシャーに彼は思わず振り向いた。
「朝顔の、魔女か」
立っていたのは眼光鋭い黒スーツ赤マフラーの男。
歳は20代後半だろうか、髑髏スーツから覗く鍛え抜かれた肉体。
一般人とは明らかに違うオーラを纏った男の手には一本の刀が握られていた。
「駄目ですよー、勝手にわたしの場所に入って来るなんて」
アリシアが銅の杖を振ると、墓石と地面がガタガタと音を立てて揺れる。
少年は腰を抜かした。
なぜなら、墓場から大量のゾンビが溢れ出したからだ。
「勇者様達、邪魔者を片付けちゃって下さーい」
一斉にスーツの男に襲い掛かるゾンビ集団。
しかし次の瞬間、全ての屍が一刀両断された。男が動いたようには見えない。
「あらら、ヤバイの引いちゃった?」
どうしようかとアリシアが賢者を見れば、とっくに老婆の姿は無かった。
「じゃあわたしも。さよならっ!」
危険を感じたお団子少女はあっさり逃げ出した。
男が振り返ると、少年は肩を震わせた。サラリーマンの視線は少年の手元に向けられている。
腰を抜かしたまま動けない少年に、刀を持った男が近付いた。
「いいか、これは悪夢だ」
少年の手に刀が振り下ろされた。
「指っ!俺の指がっ!!」
飛び起きた少年が慌てて自分の手を見る。
指輪は無かったが指はあった。
赤い線の跡が残る指が。