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玄関先の父娘

「行ってきます」

 キッチンにいる母さんに再度声をかけて家を出る。

 講義が始まる時間まではまだまだ余裕があるが、なんとなく家を出る流れになってしまったので仕方ない。

 我ながら、精進が足りないとは思うが。

「おう、出るのか」

 表に出ると、ちょうど父さんがポストから新聞を取り出しているところだった。

「うん、行ってくる」

 そう答えて門を抜けようとしたところで飛んできた思わぬ言葉に、つい立ち止まってしまう。

「送っていこうか?」

 …………むう。

 大学に入ってこの方、というか小学校から考えても、これまで父さんが私の登下校を送り迎えしたことなんて、数えるほどしかない。

 それも、台風が近いとか、近くで不審者が目撃されたとか、そういう場合のなおかつ母さんが動けない状況でしか、そんなイベントは発生しなかった。

「どういう風の吹き回し?」

 なので、悪いとは思いつつもそう聞き返してしまった。

「いや、さっきの話が聞きたくてな」

 さっきの話、というと、私がおじと交わした問答のことだろうか。

 まあ、気持ちはわからないでもなかったので、「夜まで待てないのか」という言葉は飲み込んでおくことにする。

「タクシー代としては割安かな」

 にやっと笑ってそう言うと、父さんも笑いながら言い返してきた。

「安心しろ。ちゃんとゆっくり走って遠回りしてやる。今日、二限目からなんだろ?」

 う、ばれてる。

 見てないようで、意外と娘のことは気にかけてくれてるのかな、と思えて、少し嬉しかったり。

「少し待っていろ。車の鍵取ってくるから」

 私の反論がないことに勝利を確信したのか、父さんは余裕の表情で家の中に戻っていった。

 やっぱり、かなわないなあ。

 胸の中でそうつぶやいて、肩をすくめながら私は車庫へと向かった。


 車のドアにもたれかかって、考える。

 やっぱり父さんも…………きっと母さんも、おじのことになると少し反応が過剰になる。

 無理もないことだと思うし、私に気を遣っているのもよくわかるのだが、今回の父さんに関して言えば、おそらくそうではない。

 というか、今朝の会話の感じから察するに、父さんは私に気を遣うのをやめたような印象を受けた。多分、私の変化や話の内容から、もう無用だと判断したのだろう。

 自身の成長――――になるのかどうかはわからないが――――を認めてもらったような気がして、少しむずがゆい。加えて、さっきのように私の時間割を把握しているのを気づかされたりしたものだから、なおさらだ。親は子供が思っているよりも、子供のことを見ているものだなと実感させられた。

 …………それにしても、遅い。

 鍵を取ってくるだけなら、玄関にあるキーボックスの中から取り出すだけなのだから、こんなに時間がかかるはずがないのだが。

 訝しみながらも待つこと五分。ようやく父さんがやってきた。

「おう、悪い悪い。ちょっと母さんに捕まってな。『どういう風の吹き回し』なんて、お前とまったく同じこと言われたぞ」

 苦笑しながら車のロックを解除する父さんに、ため息混じりに答える。

「それは仕方ないんじゃない? 普段しないことするからだよ」

「そう言うな。ほら、乗れ乗れ」

 なぜかご機嫌な父さんに急かされて、やれやれとぼやきながら助手席に乗り込んだ。

「じゃあ、行くぞ。忘れ物はないか?」

 子供じゃないんだから、と言いかけてやめた。

 それから鞄を開けて、中身を一通りチェック。必要なものはすべて揃っていることを確認する。

「ん、大丈夫。出していいよ」

 答えて運転席の父さんを見ると、意外そうな、嬉しそうな、変な顔をしていた。

「…………どうしたの?」

 不審に思って尋ねたが、返ってきたのは微妙な返事だった。

「いや、何でもない。今日は良い日だ、と思ってな」

「何それ。変なの」

 私のつっこみは父さんの笑い声でごまかされ、車が発進する。

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