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本当の自分

 リビングに残された私は、手元のカップに残ったコーヒーをすすりながら、カウンターキッチンの向こうにいる母さんを何とはなしに見ていた。

 …………似ているか、と聞かれたら、確かに似ていない。だが、昨夜も父さんに言った通り、私の両親は父さんと母さんで間違いない。養子であることを知ったときは――――まだ中学生だったあの頃には、もちろん悩みもした。でも今は自分なりにその葛藤に折り合いをつけることに成功している。

 そしてそれとは別の話になるが、おじの話を聞き、夢の中でおじと話したことで、また違った形で昇華されたことがあった。

 それが、今朝の私の変化だ。

 一人称を、「俺」から「私」へ。

 呼び方を、「親父」から「父さん」へ。

 服装を、これまでのような男性的なものから、女性ものへ。

 とは言っても、これまでは全く女らしくなかったのかというと、そんなことはない。家の外では普通に「私」だったし、なにか理由があればスカートも身につけていた。要するに、私の男っぽい行動は、普段の服装以外は家族の前だけだったのだ。一応、その程度の分別は持ち合わせていたつもりでいる。

 昨日の夜、夢の中でおじと交わした問答の末に私が得た回答が、「素直に現実を受け入れる」だった。私が家族の前限定とはいえ男のように振る舞っていた理由が、自分でもようやくわかったのだ。

 つまるところ、私はおじと対等になりたかったのだと思う。

 面倒を見てもらうだけの姪っ子ではなく、ともに語り、泣き、笑い合える友人――――は言い過ぎだが、とにかく並んで隣に立ちたかったのだ。

 年齢も、身体の大きさも、心も、全く届かないおじに対して当時の私が取った行動が、少しでも男らしくなる、という実に子供らしいものだった。

 私の中のかっこいい大人像というものが、父さんだったのではないかと今となって思う。それで父さんのしゃべり方を真似し始めたのだ、と。

 もちろん、当時は酷く注意されたのを憶えている。しかし、心配になった母さんが小学校の担任と話をしたところ、学校での私はそれまでと全く変わることない生活を送っているのがわかったことで、ある程度寛容にはなった。子供が内弁慶をこじらせただけ、という認識だったのかもしれない。私としてはおじの前でだけ「大人」でいることができればそれで良かったので、幸運と言えば幸運なことだった。

 とはいえ、おじがいなくなってからも、家では男言葉、外では女言葉というわけのわからない状態は直らなかった。むしろ、年齢が上がるに従って悪化したと言ってもいい。

 いつおじが帰ってきてもいいように、無意識のうちに準備していたのだと思えば、そんなに不思議なことでもない。…………結局はただ習慣化していただけで、おじが亡くなったあともそのままだったわけだが。

 その半分病気ですらあった私の悪習を、おじが正してくれた、ような気がする。本当のところはどうかわからない。ただ、私が成人をきっかけに悪い癖をどうにかしようと思い立っただけなのかもしれないし、それこそなんとなくかもしれない。だが、おじとの会話の中で私自身が紡いだ「現実を知る、知っていきたい」という言葉は、間違いなく本心だと断言できる。

 今ではもう並び立つこともできないが、それでも背中を目指すことはまだできるはずだ。私は私なりのやり方で、おじを追いかけていきたい。しかし、それにはまず邪魔なハリボテを脱ぎ捨てなければ。

 そう思い至り、できる限り年相応の女性らしくしていこうと決めたのだ。

 よし、と決意を新たにして一つうなずく。と、先ほどとは逆に母さんがこちらをじっと見ていた。

「どうしたの?」

 顔にご飯粒でもついているのかと思い、慌ててなで回してみるがなにもない。

 そんな私を眺めて、母さんはにこにこしながら皿洗いを続けている。

「ううん、なにがあったかわからないけど、嬉しくて」

 …………これはちょっと、ハードなパンチだなあ…………。

 私が相当な親不孝者だったと、改めて気づかされた一言だった。

「ごめん、母さん。これからはちゃんとするから」

 だから、素直に謝ることにした。

「いいのよ。あなたがあなたらしく生きてくれれば、それが私たちの幸せなんだから」

「うん、ありがとう」

 宣言通り決意通り、気合いを入れ直してがんばらなければ。

「じゃあ、そろそろ準備して学校行くよ」

 気恥ずかしさと情けなさのあまりに、そう言い残して今度は私がリビングをあとにする。

「そう。今日もがんばりなさい」

 ドアノブを握った私の背中に、母さんの声がかかる。

「ん、行ってきます」

 やっぱり親にはいつまでもかなわないのかもな、とそんなことを考えながら、私は部屋へ鞄を取りに向かった。

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