夢の中で
その夜、夢を見た。
昔、おじがまだ家で俺の面倒を見てくれていた頃の夢だ。
夢の中の俺は幼くて、おじの背中にくっついて甘えている。
俺は俺でありながら、観客のような視点でその光景を見ていた。
おじはワープロを打ちながら、仕事の邪魔をする俺を邪険にするわけでもなく、ただ優しく話しかけてくれた。
「今日は、どんなお話を聞きたいんだい?」
「んーとね、浦島太郎!」
こんな風に、おじは仕事をしながらも俺の相手をしていたのだった。
おじは様々な物語を聞かせてくれた。それは始めのうちは桃太郎やかぐや姫などのポピュラーなものであったが、やがておじの創作が混ざるようになっていく。
正式な、というか一般的なそれらの物語を話した上で、別の機会にはオチを少し変えたもの――――例えば、改心した鬼たちを桃太郎が連れ帰り、村で力仕事をしながら仲良く暮らす、だとか、月に帰ったかぐや姫は、一ヶ月に一度おじいさんたちに会いにやってくる、といったようなものへと変化していったのだ。
この『おじの創作昔話』が俺は大好きだった。
絵本で読んだものとは違う、おじが口から魔法のように出てくる物語に、毎度毎度わくわくしながら耳を傾けたものだ。
さて、夢の中の俺は浦島太郎を選んだようだ。
おじが慣れた口調で、件の物語を紡ぎ始める。
「むかしむかし、あるところに、浦島太郎という若者が住んでいました…………」
そして、物語は滞りなくクライマックスまで進んでいく。
浦島太郎が竜宮城での暮らしを楽しんでいる場面へと。
「…………さて、ずいぶんと長いこと竜宮城で遊び暮らしていた浦島太郎は…………」
おじはそこで一度言葉を切って、視線をこちらに――――夢を見ている俺の方に向けて、続けた。
「浦島太郎はどうしたかったと思う? 竜宮城で何も知らずに楽しく暮らしていたかった? それとも、やっぱり自分の故郷が気になったのかな?」
いつの間にかおじは立ち上がって、真っ直ぐにこちらを見ていた。
幼い姿の俺も消え、六畳間に二人だけで向かい合って立っている。
「…………そりゃ、故郷のことは気になったと思うよ」
「ふむ、どうしてそう思うんだい?」
なんとなく、おじの言いたいのことがわかったような気がした。
「楽しいばかりの日々、何も知らない日々っていうのは、子供の期間と一緒だ。それは、いつか終わらなきゃいけない。みんな大人になって、つらいこと、苦しいこと、本当のことを知っていくべきなんだ。…………もちろん、知らなくて良いことだってたくさんあると思う。でも、少なくとも自分に関することだけは知っておくべきだと思うし、俺は知っておきたい」
「故郷に戻った浦島太郎は、残酷な現実を見せつけられるんだよ? それでも、戻りたいと願うのかい?」
俺を試すかのような、おじの言葉。
即答する。
「ああ、願う」
「現実には、玉手箱なんかないし、ましてやリセットボタンも押せないんだよ?」
そう、その通りだ。
一度起きてしまったことは変えられない、なかったことにもできない。
俺は笑いながら、自信を持って答えた。
「だからいいんじゃないか。現実はやり直しがきかない。聞いた話を聞かなかったことにもできないし、俺が…………俺がおじさんの子供だってことも、戸籍が変わったとは言っても、覆らない真実だ」
俺の言葉を受けて、おじはただ優しく微笑んでいた。
「だから、俺はこれからも自信を持って生きていける。俺には自慢の親が、人よりも多くいるんだぞ、ってね」
「…………ありがとう。君は、本当に強く、良い子に育ってくれたね。僕の方こそ、君を誇りに思うよ」
おじは微笑みながら、俺の方に手を伸ばす。
「これから先、君の行く道にはたくさんの困難が待ち受けているかもしれない。躓いたり、大きな壁にぶつかってしまうこともあるだろう。でも、今の気持ちを忘れずに、どうか自分の道を歩み続けて欲しい。ありきたりな言葉かもしれないけど、僕はいつでも君のそばにいる」
そうして俺の頭をゆっくり撫でてくれた。
「うん、くじけそうなときは、おじさんを呼ぶことにするよ」
今度は俺の方からおじに近づき、背中に両腕を回す。
「だから、心配しないで。まだ頼りないかもしれないけど、俺は自分の足でちゃんと歩いていくから」
おじも、俺の身体を優しく抱きしめながら答える。
「それを聞いて安心したよ。じゃあ、今夜はこの辺で。…………そうそう、言い忘れてたね。成人おめでとう」
その言葉を最後に、俺の意識は遠ざかっていった。
そして、夢から醒める。




