二十年後の真実
おじの死から数年が経ち、俺は大学生になった。
と言っても特別変わったことなんて何もなく、キャンパスも地元にあるため、実家暮らしも相変わらずだ。
おじのコレクションの横には、俺が買い漁った中古LDやDVDが際限なく積み上がりつつある。他にもお金を使ったら? と言う母と、趣味を持つのはいいことだ、と言う父。そしてマイペースに生きる俺。実に幸せな毎日だった。
そんな日常に波紋は突然やってくる。
そう、あの日のように。
俺が二十歳になった日の夜、家族に祝ってもらった席でのことだった。
初めて口にする酒の味に目を白黒させる俺を見てひとしきり笑ったあと、親父がえらく神妙な顔つきで口を開いた。
「せっかくの成人祝いにこんなことを言うのもなんだが…………お前に話しておきたいことがある」
その言葉に、不謹慎だと思いつつも内心で少し笑ってしまった。……まあ内容が薄々わかっていたから、そんなに動じなかった、というのもある。
「それって、俺が養子だ、ってこと?」
「やっぱりというか何というか…………知っていたんだな」
両親がそんなに驚かなかったところを見ると、二人の方も俺が知っているということに感づいてはいたんだろう。
ともあれ、これで妙な話はさっさと切り上げられる、と思ったのが甘かった。
「なら、手間が省けるな。本題に入るか」
へ…………?
面食らっている俺を無視して、親父は続ける。
「俺がこんなこというのも変だが、お前、自分の実の親について気になったことはないか?」
その言葉に、カチンと来た。
「ない、って言ったらそりゃ嘘だけど、今となっちゃあ関係ないよ。俺の両親は、親父と母さんだけだ」
「そうか。嬉しいことを言ってくれるが、話したい内容はそこなんだ。まあ、お前がどうしても聞きたくないというのなら無理強いはしない。自分で決めろ」
…………このクソ親父、また嫌な選択肢を…………。
でも、ちょっと待てよ。そんな話の振り方をしたってことは、二人は俺が本当のことを知った方が良いかもしれないと思ってる、ってことなのか?
隠し通したければずっと黙っておけば良かったことをわざわざ確認までとるってのは、そういうことなんじゃないのか?
しばらく悩んだだ末に、結局聞いておいたほうがいい、と判断した。
「うん、決めた。教えてくれ」
そうか、とつぶやいて、親父は話し始めた。
「まず父親についてだが…………」
俺の部屋の方へ視線を向けて続ける。
「あいつだ」
え………………?
「おじさんが…………?」
「そうだ。あいつの妻――――お前の母親は、お前を産んですぐに交通事故で亡くなった。その後、あいつはお前を一人で育てるつもりだったらしいが、元々身体が弱かったこともあって、俺にはそれがとてもじゃないが不可能なことに思えた。だから、俺はあいつをこの家に呼んだ。少しでもあいつの力になるために」
「あの頃は、私も仕事をしていなかったしね」
母さんが、親父の言葉にそう添える。
「うちにきて二、三ヶ月ぐらい、お前はまだ一歳にもなっていなかった頃に、あいつは突然こう切り出してきた。『この子を、兄さんたちの子にしてくれないか?』と。もちろん断ったし、叱りつけようとも思った。だが、あいつはその時にはもう自分の身体のことをわかっていたんだろうな。己の寿命がそう長くないだろうことを話して…………口には出さなかったが、俺たち夫婦が不妊で悩んでいたことも、おそらく知っていたんだと思う。一月以上も三人で毎晩話し合って、俺たち夫婦はお前を受け入れることに決めた」
「正直に言うとね、嬉しかったわ。もしかしたら子供は望めないかもしれない、って診断されていたから。たとえお腹を痛めて産んだ子じゃなくても、あなたは私たちにとって大切な存在だった」
もう、あれだ。
何というか、頭が現実になかなか追いついていかない。
親父の声も母さんの声も、聞こえてはいるがまったく頭に入ってこない。
ショックを受けた、というのはこういうことを言うのだろうか。
「…………い、おい、大丈夫か?」
気がつくと、親父が肩をつかんで揺さぶっていた。
「しっかりしろ、平気か…………おい、なにをにやにやしているんだ?」
にやにや?
あれ、俺笑ってんのか?
「どうしたの? 本当に大丈夫?」
なにやら母さんまで心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
「ん、大丈夫」
そうか、俺は嬉しかったのか。
考えてみれば、子供の頃の俺には親が三人いたのだ。
その、俺が感じていた『三人目の親』も、現金な話だがこうやって真実を知ることで、より近い存在として捉えられるようになったのかもしれない。
もはや話すことも触れることもできないが、おじに対して新しい絆を確かめられたことが、単純に嬉しいのだろう。
「うん、この話、聞いて良かった」
なにやらまだ不安げな顔の両親に満面の笑顔でそう告げると、二人はようやく安堵のため息をついた。
「まったく、驚かせないでよ」
母さんからそんな非難めいたことを言われるが、気にしない。
今の俺は非常に気分が良いのだ。
「ははは、まあいいじゃないか」
親父は俺の笑顔の理由を察しているのかどうか知らないが、こちらもえらく上機嫌になっていた。
「よし、もう一度乾杯しよう」
そしてそんなことを言いながらグラスを持ち上げ、俺と母さんもそれに倣う。
「かわいい私たちの子が無事に成人を迎えられたことを記念して…………」
『乾杯』
チン、と澄んだ音をたてて、四つのグラスが合わせられた。




