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おじの帰還

 数分後、本当におじはやってきた。

 顔を見るまで半ば夢じゃないかと思っていた俺は、おじの姿を見た途端思わず目頭が熱くなってしまった。

「…………おかえり、おじさん」

「ああ、ただいま。大きくなったね」

 十年前と変わらない優しい笑顔を浮かべるおじは、少しやせた気がした。

「今日は、泊まってくんだろ?」

 おじはまったく荷物を持っていなかったのだが、希望混じりにそう尋ねてみる。やはりというか、返事は芳しくなかったが。

「うーん、そうしたいのは山々なんだけど、他に行かなければいけないところがあってね…………兄さんと義姉さんは?」

「二人とも出張中。今日中には戻ってくる予定らしいけど、夕方は過ぎるかもな」

 時計を見ると、まだ二時過ぎだった。

「そうか。じゃあ時間厳しいかもしれないなあ」

「会っていかないのか?」

 困った顔をするおじにお願いするように言ってみるが、返事は曖昧でどうにも要領を得ない。

「うーん、そうだねえ…………」

 物腰の割に結構ずけずけとものを言うおじが言葉を濁すのは珍しい。何か理由があるんだろうと思い直して、話題を変えることにした。

「まあいいや。ところでおじさん、昼飯は?」

「ん? ああ、食べてきたよ。一緒に、とも思ったんだけど、ちょっと時間がもったいなくってね」

 そう言っておじはにやりと笑い、言葉を続けた。

「今日は、約束を果たしに来たんだ。覚えてるかい?」

 約束。

 おじが残していった約束は、一つだけだ。あの大女優の……

「…………彼女の映画を、一緒に見ること」

「うん。ありがとう、覚えていてくれて」

 今度はにっこり微笑み、俺の頭に手を乗せてくる。

 不思議だった。

 もう会えないかもしれない、と覚悟していたし、もし会えたのなら言いたいこと、聞きたいことは山ほどあったはずだ。

 でも実際に再会してみると、話す内容はごく自然なことばかりだった。

 まるで、これまでの日常にもおじが存在していたかのように。

 そのことに気づいて、思わず苦笑を漏らしてしまった。

「ん? なんだい?」

「なんでもない。じゃあ部屋に行こうか。すぐ準備するから」

 今更ながら二人して玄関に突っ立っていたことに再び苦笑し、俺はおじを促して部屋へと向かった。


「驚いた。あの頃とほとんど変わってないんだね」

 部屋に入ったおじの第一声は、そんなものだった。

 実際、十年前と比べて変わっているのは、おじが使っていた文机の上と中身、あとはタンスの中の衣類ぐらいだろう。

「まあ、なんというか、そんなに趣味もないし」

「なんか嬉しいなあ。あ、さすがにテレビは新しくなってるね」

 そう。つい昨年、おじが長年愛用し、俺が受け継いだ木製ガワの手回しチャンネル式という年代物のテレビが壊れてしまったのだ。

 ちょうど地デジ化が終わって少し経った頃で――――俺はそのテレビを映画再生専用機として使っていた――――格安で売られている商品が割とあったため、バイトで溜めていた金を放出して40インチの良いテレビを買った。

 ブルーレイ再生ドライブやら、録画用に外付けハードディスクを設置出来るやらといったオプションを一切無視し、開封早々にLDプレイヤーだけを接続した俺は、一抹の寂しさを覚えながらも新しいテレビを使い始めたのだった。

「それで、なにを見ようか?」

「んー、何でも良いよ。おじさんのお薦めを選んでくれて」

 悪戯っぽい笑顔で問いかけるおじにそう答えると、おじの目が一瞬見開かれた。

「まさか、一つも見ていないの?」

「出演してない作品は、全部見たよ。彼女出演の映画を見るの、一番最初はおじさんとって決めてたからな」

 そう言うと、おじは申し訳なさそうに

「そうかあ…………僕は君の邪魔をしちゃってたんだね…………」

 そう漏らし、続けて

「うん、やっぱり今日は来て良かった」

 などとつぶやいた。

「おじさんが気にすることじゃないだろ。俺が勝手に決めてただけなんだから。で、どれを選んでくれるの?」

 妙な気遣いをされるのは嫌だったので、催促する。

 おじは、うん、と一つうなずくと、棚の中から迷うことなく一つのパッケージを取り出した。

「これかな。せっかくだから、メジャーデビュー作品から見ていこうか」

 おじが選んだのは、彼女の存在を世に知らしめた記念すべき作品。

 その辺歩いている人を適当に捕まえて聞いてみても、十人中八人ぐらいは、見たことがある、と答えるだろう。

 俺も見たことはないが、大筋ぐらいは知っている。

 とある新聞記者の前に世間知らずの美しい少女が現れて、次々と騒動を巻き起こしていく、というものだ。

 慣れた手つきでディスクをセットするおじと、部屋の窓に暗幕をかける俺。キッチンから飲み物を運び込んで、完全に準備は整った。

 十年前の空気がよみがえる。

 時間が切り取られたかのように、部屋の存在が遠いあの日へと変わっていく。

 おじは文机から引き出した座椅子に、俺はタンスにもたれかかって、お互いに顔を合わせてうなずく。

 リモコンの再生ボタンをおじが押した瞬間、この六畳間の映画館は十年ぶりに俺の貸し切りではなくなった。

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