将来の夢
コンビニに寄って飲み物を買ってもらってから、車は再び走り出した。
せっかくなので、普段自分で買うことはない少し高いカップ飲料を選んだのだが、若干ハズレ気味なのが残念だ。
「ところで、さっきの話の続きって訳じゃないんだが」
どういうつもりか私と同じ飲み物を選んだ父さんが、それをストローで一口すするなり変な顔をして口を開いた。もう四十五にもなろうかという男が『練乳イチゴ』なるピンク色の液体を飲んでいるのは、何とも微妙な光景である。
「お前、将来のこととか考えてるのか? もう二回生だろ」
…………む。さっきまでやや非現実的な話をしていたと思ったら。
もちろん、何もないわけではない。それどころか、むしろやりたいことはある。だが、それを今口にしても、あまり現実味がないというか、反対されたらどうしよう、という思いがある。
とはいえ、親としてはやはり気になるだろうし、まあ夢を語るのに恥ずかしがる年齢でもない。ここは素直に答えておこう。
「一応、なりたいものはある」
「ほう。なんだ?」
「…………文章を書く仕事に就きたい」
「文章を書く仕事か。なるほど。しかし、物書きといってもたくさんあるぞ。記者やら作家やら雑誌のライターやら…………作家にしたってジャンルも多いだろう。その中で、何の物書きになりたいんだ?」
さすがに突っ込んでくるなあ。
娘の将来がかかっている、と言っては言い過ぎかもしれないが、親としては当然かな、とも思う。
「笑わないでよ」
「子供の夢を聞いて笑う親がいるか」
「脚本家になりたい。映画の」
自分で言っておいて何だが、狭い門だということは理解しているつもりだ。作家と違い、映画脚本家は脚本を書いたからといって作品をすぐに作り出せるわけではない。そもそも、仕事があるかどうかもわからない。自由に、とは言わないが出版するのに制限の少ない本に対して、映画という少ないリソースをどうしても奪い合う形になってしまう。
「あいつと同じ、作家じゃ駄目なのか?」
もちろん、その道も考えた。考えたし、脚本家を目指す道中では必要かもしれないとも思った。
しかし、やはり作家と脚本家は違う。もちろん両方こなす人もいるかもしれないが、今はただ一つだけを目指すべきだと考えている。
「私は、脚本家になりたい」
父さんは息を一つ吐き出すと、そうか、とつぶやいた。
「お前の目標が決まっているのなら、俺は応援する。もちろん、母さんもそうだろう。だから、決めたのならちゃんと突っ走れ。躓いてもいいから」
「うん。ありがとう」
反対されなかったのは、意外…………でもないかもしれない。高校時代、国語がそれほど得意じゃなかった私が文学部を受験すると言ったときも、両親は反対するどころか応援してくれていたし。
下手をすれば、その時点で私が物書きを目指していることに感づいていたとしても、おかしくはない。
そのまま二人ともしばらくの間はなんとなく無言で飲み物をすすり続け、やがて時間も良い具合になった頃、ちょうど車は大学の近くまでやってきた。
「この辺でいいよ。門の近くまで行くと混むから」
講義が始まるまではまだ少し余裕があったので、門から少し離れたところでそう言い、車を止めてもらう。
「そうか。…………なあ、これあまりおいしくなかったな」
ドアを開ける私に、さっきまで飲んでいたカップ飲料の容器を軽く振りながら、父さんが真面目な顔でそんなことを言ったので、思わず苦笑してしまった。
「そうだね。それはハズレだったかな。じゃあ、行ってきます」
「ああ、がんばってこい」
父さんの激励を背に受け、私は大学の門へと向かった。
さて、今日も張り切っていきますか。




