車内での一幕
「それで、あいつとはどんな話をしたんだ?」
車が道路に出るなり、父さんは待ちきれない、といったように口を開いた。
「さっき問答って言ってたな、確か」
まあ、せっかちだな、などとは思わない。あの夜の一件ですら、父さんは私のことを疑ってなかったのだから、今回の夢の話も当然――――百パーセントではないだろうが、ある程度信じてくれているのだろう。
単なる好奇心、という線も捨てられないが。
「うん。そんなに大げさなものじゃなかったけど」
「あいつとの問答っていえば、あれだ。昔話かなんかをテーマにしなかったか?」
え? なんで父さんがそんなこと知ってんの?
意外そうな顔をする私に、父さんはああ、とうなずく。
「前からそうだったんだよ、あいつは。なにか大事な話をするときなんかは、そういう例え話みたいなものから入ることが多かったな」
「へえ。そうだったんだ」
しかし、昨夜のはあくまで夢の話だ。この話を聞いたのは今が初めてなので、私がおじの癖について知っていたはずがない。
つまり、あの夢もやはりただの夢ではなかった、ということか?
…………まあいい。これ以上考えていても、どうせわからない。私の成人を祝うためにおじが来てくれた。もうそれで行こう。父さんもなんだか納得しているみたいだし。
「父さんの言う通り、昔話で例えられたよ。浦島太郎」
「浦島太郎、ねえ」
「うん。竜宮城で遊び暮らしていた浦島太郎は、このまま竜宮城で楽しく暮らしたかったのか、それとも故郷のことが気になったのか、どっちなのか、って聞かれた」
「それで、お前はなんて答えたんだ?」
「故郷のことが気になる」
私の答えに、父さんはふうんと興味深そうな笑みを浮かべた。
「どうしてそう思った? 浦島太郎は自分の話のオチを知らないが、お前は知ってる。知っててなお、その結末を選んだ理由はなんだ?」
むう、言ってることはおじと同じだが、意地の悪い聞き方だ。
私はため息を一つ吐いて、夢の中と同じ答えを口にした。
子供時代はいつか終わり、人は大人になっていく。辛かろうが楽しかろうが、自分の生きている現実は覆せない、と。
それを聞いた父さんは、納得したようなしてないような顔で質問を続けてくる。
「なるほど。つまりお前は、現実を受け入れることにしたわけだ。その結果が、今朝の変化だと、そういうことだな?」
「うん、まあ」
「じゃあ、ここで一つ聞きたい。お前が男っぽく振る舞っていた理由っていうのは、いったいなんなんだ? 意味もなくそんなことはしないだろうし、ましてやお前はそれを十年も続けていたわけだ。何かあるんだろう?」
…………察しが良いのは、ありがたくないこともあるんだなと今ほど感じたことはない。
別に話すのはかまわないのだが、やっぱり少し恥ずかしいし。
「言いたくないのなら言わなくてもいい。ただ少し気になっただけだからな」
そういう風に言って私を煽ってるのか、本当に気を遣ってるのかが微妙なところではあるが、まあ特に隠すこともないだろうし、もう今さらだ。ここまで話してしまったのなら、全部ぶちまけてしまおう。
「おじさんと」
「あいつと?」
「おじさんと、対等になりたかった。単なる子供の背伸びだったかもしれないけど、おじさんと並んで立ちたかった。だから…………父さんの真似をした。とりあえず、見てくれだけでもと思って」
言ってしまってから気づいたのだが、このセリフ、父さんに直接言うのはなかなかに照れるものがある。
さて、言った方もだが、言われた方もそれなりに――――
「俺はかっこいい大人だからな。見本にするのも当然だ」
イラッときた。
確かにその通りではあるのだが、本人から言われると腹が立つ。
「…………そうだね、かっこいいね」
しかしまあ、ここで何か言うのも馬鹿らしい。父さんと言い合いになると、たいていやりこめられるのは私の方なのだ。朝から無駄なエネルギーを使うのは控えよう。
「とはいえ、娘からそんなことを言われると悪い気はしないな。コンビニで何か買ってやろう」
あれ? もしかして父さん、本当は照れてるのか?
ちらりとハンドルを握る父さんを伺う。
表情はいつもの飄々としたものだったが、人差し指でとん、とん、とリズミカルにハンドルを叩いている。
たまになら褒めてもいいかな、と思った。




