ある日の午後
ほのぼの? 少し不思議系です。
非日常が訪れるのはいつだって唐突だ。
その日、私は二度と会うことはないだろうと思っていた人物に再会した。それも、非常に不可思議な形で。今でも少し信じられないのだが、あの体験は心に強く刻まれている。
とある日曜日の昼下がり、俺は自室でやることもなくごろごろしていた。退屈しのぎに携帯電話をいじってはみたものの、今流行のスマートフォンなどとはほど遠い化石機種たる俺の端末ではロクなこともできず、ものの数分で放り出してしまった。
仲の良い友人たちは、やれ部活だ、それ予備校の模試だのと、大いに青春を満喫している。一方面倒くさがりな俺は、こうして部屋で暇を待て余しているというわけだ。
「なんかおもしろいことねーかなあ……」
六畳和室の中心で大の字になり、そんな益体もないことを口にする。見上げる天井には、往年の超有名女優のポスター。存命中には世界中にその名を轟かせ、今なお多くの根強いファンが残っているという。
その女優が主演している作品を見たことは一度もないが、こうして毎日顔を合わせていても飽きないことから、とんでもない美人だということは理解できる。
「…………ふぁーぁ……ねむ」
しかし、どんなに美しかろうと三大欲求の一つを妨げることはできない。俺は大あくびを一つして、うとうとと微睡みに身を委ね…………
ぴりりりりり ぴりりりりり
鳴り響いた携帯電話の着信音に、沈みかけていた意識を引き戻された。
「ん……? 誰だ、これ?」
引き寄せた携帯の画面を見ると、知らない……というか登録されていない番号だった。多少怪しくは思ったが、数コール悩んで結局着信ボタンを押し込む。
「もしもし」
『おお、なんだ、眠っていたのかい? 久しぶりだねえ』
電話の相手はやけになれなれしく話しかけてきた。
…………久しぶり? 誰だ?
『なんだい、僕の声を忘れちゃったのかい? 薄情だなあ』
一瞬、体中に電撃が走った、ような気がした。
その小説の台詞みたいな話し方は、忘れようにも忘れられない。あまりにも懐かしいその声に、俺はすぐには返事をすることができなかった。
「おじさん……なの?」
『よしよし、ちゃんと覚えていてくれたみたいだね。実は今、少し近くまで来てるんだけどさ、ちょっと寄っていってもいいかな?』
その言い方に、少しムッと来た。
「寄る、なんて言い方やめろよな。ここはおじさんの家なんだから」
『ごめんごめん、そうだね。じゃあすぐに向かうから、ちょっと待っててね』
そう言って、おじは電話を切った。
俺の方はというと、もうただ呆然とするしかなく、携帯電話を握ったまま立ち上がることもできずにいた。
ここで少しおじについて触れておこうと思う。
彼は俺の親父の弟、つまり叔父さんに当たる人物になる。
約十年前まで、この家には親父、母さん、おじ、俺の四人で暮らしていた。俺が今使っている部屋も、元々はおじが使っていた部屋で、天井に件のポスターを貼ったのもおじだ。
小さい頃から良く遊び相手になってくれていたおじのことが、俺は大好きだった。
体の弱かったおじは、物書きの仕事をしていた。時間にある程度の融通が利くため、忙しい両親に代わって俺の面倒を見てくれていたのだ。
作家としてもそれなりに売れていたようで、本が出版された後には町の本屋でそれを見かけた親父が買ってきて、ささやかなお祝いをするのが決まり事みたいになっていた。
わざわざ買ってこなくても、と照れ笑いするおじにむかって親父は、
「お前の一番のファンは俺だからな」
と、誇らしげに言っていた。本当に仲の良い兄弟だった。
母さんもそんな二人を見てにこにこしていたし、俺もすごく嬉しかった。
そんなおじの趣味は、映画だった。当時――――十二・三年前――――にはDVDなどというものは存在せず、ビデオテープが主流だった。だが、ビデオテープは劣化が早い、という理由で、おじは今ではもう見かけることも少なくなったLD――――レーザーディスクと呼ばれるCDの親玉みたいなやつで映像収集をしていた。
ろくに普及もせず、あっという間にDVDに取って代わられたその媒体を、おじは愛した。そして毎週土曜日の夜、俺はおじの部屋を訪れて、コレクションのなから一つを選び、二人だけの上映会を楽しんだものだ。
おじがいなくなった前後のことについては、良く覚えていない。
大女優のポスターを天井に貼り付けていたあの日、おじは彼女がどれだけすごい役者なのかを、俺に語った。そしてもう少し俺が大きくなったら、一緒に彼女が主演の映画を見ようと約束したのだ。
それから後、おじに関する記憶は残ってない。
「長い旅に出る」
という言葉を聞いた気もする。
でもそれが本当に旅に出たのか、それとも眠りについてしまったのか、それすらも曖昧だ。
両親は何も言わないし、おじの法事だという話も聞いたことがないので、真相はわからない。聞けば何か教えてくれるのかもしれないが、とてもそんな気にはなれなかった。
俺はこの部屋でおじのコレクションを守っていく、それでいいじゃないかと自分を納得させて。




