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第9話

「そんじゃ、突然邪魔しちゃってごめんね。また昼くらいにお邪魔します」

 すっかりと仲良くなった人々に片手をひらひらさせて調理場を出た。私の肩にチェスはいない。調理場に動物を入れられないからだ。

 エロイが方々に話を通してくれたお陰で、調理場の一角を借りることが出来るようになった。

 私のことは、王によって知らしめることになり、私がジェラールの家庭教師であることが既に皆に共通の事実となっているようだった。

「今度、暇なときにお嬢ちゃんの料理を教えておくれ」

 ほんのわずかな時間で気のおけない仲になったオバサン。料理長なのだが、見た目は恰幅のいい陽気な下町のオバサンにしか見えない。この料理長、名をノアンさんと言った。

「オッケー、任しといてっ」

 私がジェラールの朝食に作ったのは、日本で普通に食べられているもの。

 卵焼きと味噌汁、野菜のお浸しとご飯。味噌汁とはいったものの、この世界では味噌という調味料はなかったので、それに似たものを代用して作った。なので、正確にはなんちゃって味噌汁だ。

 準和風の朝ご飯だ。

 二人分の食事を持って、嬉々としてジェラールの元に向かった。


「ジェラール、おはよう。今日もいいお天気だよ。昨日は少ししかカーテンあけなかったけど、今日は半分の半分開けよう」

 四分の一開けただけでも、大分明るくなる。

 昨日のうちにエロイに大きなテーブルを用意してもらっていた。

 そこに二人腰掛けた。チェスは、もう既にバナナに似た果物をテーブルの上でモシャモシャと食べている。

「じゃあ、食べよう。いただきます」

 私が手を合わせる姿を不思議そうに見ていた。

「いただきます。ご飯を食べる時の挨拶だよ」

 それをジェラールに強要するつもりはない。そのうち真似するようになるかもしれないし、しなくても別に構わない。そもそもこの国にはそんな挨拶はないのだから。

「さあ、食べてごらん。私のいた国の料理なんだ。ジェラの口に合うかな?」

 ジェラールは、初めて見る日本食をジッと見ていたが、卵焼きをフォークで指すと口に運んだ。

 卵焼きを咀嚼するジェラールの頬が僅かに弛んでいるように見えるのは、私の希望的観測だろうか。

気に入ってくれたと信じたい。

「それは卵焼きって言うんだよ。卵焼き」

 ジェラールは小さな口にご飯を頬張り、なんちゃって味噌汁を啜り、卵焼きや野菜のお浸しをポイポイと入れていく。

「ジェラ。ご飯はゆっくりと落ち着いて食べよう。たくさん噛んで食べるんだよ。モグモグモグ。こんなふうにね」

 私が言っていることは、理解できているようで、注意された点をきちんと守ろうとしている。

 その姿が可愛くて、無性に抱き締めたくなった。

 朝食のあと、私はずっとジェラールの傍にいた。まだ私を警戒しているジェラールにとにかく慣れてもらいたくて。

 ジェラール、きっと怖いんだ。みんなのことが、それは家族であっても同じことなんだと考えている。昨日エロイに呼ばれたときも、素直に従うものの、体が強張っていたように思う。

 私がジェラールにとって害をなさない存在であることを、理解させるしかない。

 あんまり話し掛けすぎるのもジェラールのストレスになってしまうので、適度に距離を保ちながら、無理なくお近付きになれたらいいと思っている。

 私はジェラールの部屋のテーブルに、メイヤから借りた本を広げていた。この世界のことがかかれている本で、一番はじめに世界地図がついている。

 エリアスフィアは、二つの大きな大陸に分かれている。西部に広がるのがブルーレイク大陸、東部に広がるのがクリムゾンレイク大陸である。その二つの大陸は左右対称のようで、真ん中に大きな川が流れている。

「ドクロみたい……」

 二つの大陸をくっつけるとまるでドクロのように見える。ちょうど目の位置に大陸の名にもなっているクリムゾンレイクという名の湖があるのだ。

 それぞれの大陸には、三つの王国があり、それも面白いことに左右対称なのである。しかも、国名が一文字目と三文字目を逆にしただけなのだ。例えば私が今いるアルナボルディ王国の対になる王国は、ナルアボルディ王国となるわけだ。因みにアルナボルディ王国は、クリムゾンレイク大陸の中部に位置する王国である。北部のボスコスクーロ王国と、南部のカルファーニャ王国に挟まれている。

「ジェラも見る?」

 私がぼそぼそと呟きながら真剣に見ている本に興味があったのか、気付けば凝視されていた。

 ジェラールは無言で私の隣にちょこんと腰掛けた。

 その可愛らしさに、頬をすりすりしたくなったが、そんな奇行に走ったら仲良くなろう計画が台無しになってしまう。なくなく諦めたのだ。

「この世界のことを勉強していたんだよ。ここが私とジェラがいるアルナボルディ王国だよ」

 私が指差す地図を見て、こくこくと頷いている。そして、ドクロの目を小さな丸っこい指で指し、私を見た。

「これはね、クリムゾンレイクっていう湖だよ。きっと大きいんだろうね。見てみたいね? どんな湖なんだろう。どこかに写真が載ってるかな?」

 ぺらぺらとページを捲り、案の定写真を見つけた。イヤ、厳密には写真ではなく、限りなく写真に近い絵なのだ。よくよく見ないと絵だと分からないほどの高い技巧だ。

「あったよ、ジェラ。凄い。湖の水が赤いね」

 実際は湖の水が赤いわけではなく、水の透明度と湖の底の赤土、これが湖の水が赤く見える仕組みだ。水がこんなに綺麗じゃなきゃ、赤くは見えなかっただろう。泥沼のように汚ない色だったかもしれない。

「エロイの髪の色みたいね?」

 こくりと力強い頷きを見せる。ジェラールもそう思っていたのだろう。

 ジェラールは、話すことは出来ないようだが、きちんと私の話を理解しているようだ。ここに来ていたであろう侍女が話している内容を聞いていたから、聞くほうの能力は発達していた、ということか。ならば、私が思ったよりも早く言葉が出てくるかもしれない。

 それは大きな希望だった。

 そのあと、私とジェラールは二人で本を見ながらお勉強したのだった。

「そろそろお昼の用意してくるね。チェスと待っててね。本、見てる?」

 こくりと頷く。

 昨日出会った時は、何を話し掛けても頷きさえしなかったところを見ると、飛躍的な一歩と言えるだろう。廊下を一人歩きながら、知らず笑顔がこぼれる。

 私はもう既にジェラールの可愛さにやられてしまっているのかもしれない。決して笑顔を見せてくれるわけじゃない。ただ、そのちょっとした仕草が何とも言えず可愛いのだ。

 思い返せば、私は子供好きだったかもしれない。自覚したことは全くなかったが、よく友達に子供好きだねと言われていたことを思い出す。わけも分からず、そう? などと答えていたけど、そうだったのか。

 弟や妹が欲しいとは思っていたが。

「ぶわっぷ」

 考え事をしていたせいで、前方不注意で何かにぶつかった。

「すみません。大丈夫ですか?」

「いえいえ、こちらが悪いんです。すみません。……あの、リオ。近いです」

「ああ、君に怪我がないかと思いまして」

「人とぶつかったくらいじゃ怪我はしませんよ。大袈裟ですね? それじゃ、私は急いでいますんで」

 すたすたと歩きだすその背中を見送る眼鏡の奥の瞳が、切なそうに濡れていたことに、私が気付くはずもなかった。


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