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第7話

 その赤い髪は兄ちゃんのことを考えて、ホームシックになりかけていた私には癒されるものだった。

 手触りが昔大好きだったぬいぐるみに似ている。もうそのぬいぐるみも今では手触りが残念なことになってしまっているが。

「おいっ、もういい加減にしろっ」

 イヤ、勿論私だって止めてあげたいのは山々だけど、あまりに心地好くて離れがたいのですよ。

 堪り兼ねたエロイが力ずくで私を離した。離れがたく名残惜しそうに見ていると、恨みがましそうにエロイが睨み付けてくる。

「ケチねぇ。ホームシックに苦しんでる女の子に少しくらい癒しを提供してもいいでしょぉ?」

「ホームシック……なのか?」

 エロイは、私が乱した髪を整えながら、遠慮がちに尋ねた。

 やな奴とばかり思っていたけど、ホントは良い奴なのかもしれない。

「私の家族は兄ちゃんだけだから、兄ちゃんがいなくなった私を心配してると思うとね」

「親が……いないのか?」

「うん。だいぶ前にね、お父さんもお母さんも死んじゃったよ。親が死んでから、兄ちゃんが私のお父さんでお母さんだった。だから私は、兄ちゃんに三役分の心配をさせてるんだ」

 私は何でこんな込み入ったことを昨日会ったばかりの、しかも第一印象最悪のこの男に話しているんだろう。

 ぽろぽろと素直な言葉が不思議と出てくるのだ。

「すまない。俺たちの勝手でこんなところに連れてきてしまって」

 しおらしく頭を下げるエロイを見ていたら、しんみりしていた自分がなんだか無性に恥ずかしくなってきてしまった。

「うっわ、素直すぎてキモい」

「キモい?」

「気持ち悪いってこと。なんで私たち二人がしんみりしなきゃなんないの。ガラじゃないでしょ」

「お前……。俺が素直になってやってるのに」

「はあ? なってやってるぅ? どんだけ上から目線なんだよ。私はこの国の人間じゃないんだから、あんたが王族だからってかしずくつもりはないんだよ」

 王族だからってなんだってんだ。地位があるからって人の運命狂わす権利はない。

「ところであんた、何でこんなとこにいんのよ。のぞき?」

「のぞきのわけがないだろう。本当にお前は性格が悪いな」

 ちくりと痛んだ胸に私は気付かないフリをした。

 こんな奴の一言に、私は傷付いたりしない。したくない。

「あんたのが性格悪いわよ。そんなのはいいのよ。私が聞いてんのは、何で断りもなくあんたがこの部屋にいるのかってこと」

 私の散々な物言いにうんざりしたようにため息を吐いた。

 そんなの見たって私は傷付かないんだから。

「俺は父上にお前をジェラールのところに案内するように言われて来た。ノックをしても応答がないから留守かと思って、一応中を覗いて見たら、お前の様子がおかしかったから……」

 心配してくれた、と。

 不器用ながら小さな優しさを感じる。

 まあ、性格は合わないけどね。

「ジェラに会いに行くんでしょ? 行くわよ」

 すくりと立ち上がり、すたすたと歩いていく。

 扉の前で立ち止まり、振り返った。

「ありがとう」

 それだけ言うと部屋を出た。

 部屋の中からエロイのバカみたいな笑い声が聞こえて、顔が熱くなる。

 ちきしょう、あいつ、笑いやがって。

 私は屈辱に震えた。

 行儀悪く足を踏みならしながら私は歩きだした。

「おい、待てよ。場所分からないだろ?」

「そうね。分からないわ」

 そう答えつつも早足を止めるつもりはなかった。

「なあ、笑って悪かったよ。機嫌直せって。なあ」

 懸命に私の機嫌を取ろうとするが、敢えてそれを無視した。

「なあってば。分かったよ。お前が触りたい時に俺の頭を触ること許すからさ」

 なんと、それは酷く魅力的な申し出。

 つい足を止めてしまった。

 後を追っていたエロイが私の背中にぶつかった。

「うぉ、悪い」

「今の言葉、本当?」

「え? あ、ああいつでもどんとこいだ」

「あ、そう。じゃあ許してあげるわ」

 振り返りにっこりと微笑むと、エロイは苦虫を噛み潰したような嫌な表情を浮かべた。

「おい、何でジェラールの部屋がこっちだと分かった?」

「え、ああただの勘?」

 実際はもう既にジェラの部屋までの道順は把握している。

「そうか」

 そう言ったきり、エロイは口をつぐんだ。

 行き交う人々が気さくにエロイに声をかけていく。その表情は皆嬉しそうで、エロイが王城の人々から慕われているのが分かる。そして、エロイににこやかな挨拶をしたあと、注がれる私への値踏みするような容赦ない視線。それは特に女性からの視線であり、エロイが女性から絶大な人気を誇っていることを表していた。

「けっ、エロなくせに」

「は? なんか言ったか?」

「べっつにな~んにもぉ」

 暫くすれば人気のない通路へと入って行く。

「あんた、人気がないからって私のこと襲わないでよねっ」

「バカかっ、襲うわけないだろうがっ。俺をなんだと思ってんだ」

「うん、エロ」

「俺はエロイという名だが、別に特別エロいわけじゃない。人並みだ」

 堂々と宣言するものの、人並みと言っているということはエロいということを肯定しているってことになるんだけど、分かってないんだろうか。

「はいはい。エロいエロい」

「お前ってホント、ムカつくな」

「それはお互い様だと思うけどね」

「勿体ない。顔は可愛いのに……」

「はあ? 何? あんた私に惚れたの?」

「違うっ」

「ああ、だよね。良かった。私には佐々倉さんって人がいるんだから、勝手に惚れないでよね」

 こんなところで恋愛なんかしたって結局向こうに戻らなきゃならないんだから、お互いに傷つくだけだ。ならば、いっそのこと好きな人など作らない方が身のためだ。お遊びの恋愛ならしてあげてもいいけどね。

「惚れないっ。ササクラって誰だよ。お前の恋人か?」

「何、あんた。そんなに私に興味があるんだね? 佐々倉さんは、恋人なんかじゃないよ。強いて言うなら心の恋人……とでも言うかな」

 心の友ならぬ心の恋人。心の中で恋人としてたまに妄想出来れば十分なんだ。まあ、ようは夢見るだけで十分なアイドルみたいなもんなんだろうと思う。

「なんだそれ、わけ分からん」

「あんた相当私に興味があるんだね。一晩だけなら付き合ってあげてもいいけど? 勿論後腐れなしでね。まあ、体の相性が良ければ一晩ならず相手してあげてもいいけどね」

「なっ、何言ってんだっ」

「バ~カ、冗談だよ。本気にすんなっての」

 お遊びの恋愛なんて言ったけど、私にそんな器用な恋愛が出来るわけもなく。身を焦がすような恋愛をするのが恐ろしい、臆病な人間だ。

「ごめんて、怒ったの? 私はそんな無責任に恋愛出来るタイプじゃないよ。そんな風に見えた?」

「イヤ、見えない。だから、驚いた。怒ってるわけじゃない」

「ただ、ちょっとからかっただけよ」

 正直に言えば私は恋愛に慣れていない。というよりも、男の人に慣れていない。こんなふうに人気のないところで二人きりになるのは、酷く不安で怖い。唯一大丈夫なのは、兄ちゃんと佐々倉さんだけだ。

 私がエロイをからかうのは、不安や恐れを一生懸命に隠そうとしているからだ。

「着いたぞ。ここだ」

 言われなくても、分かっている。この部屋の中にお化けのように影の薄いジェラールがいることも、ジェラールとともにチェスもいるだろうことも。


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