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第6話

 足取りは軽く知らずスキップを刻んでいた。

 すれ違う者は異質な髪の私とその肩に乗る猿に驚き、不思議そうに見送っていたが、そんな視線はちっとも気にならなかった。

 ともすれば、鼻歌なんかを口ずさみつつ、思うままに城の中を歩いていた。チェスもまた私がご機嫌なのが嬉しいのか、飛び跳ねて喜んでいた。

 この国の人々は赤い髪が主流で、王妃や王女のような銀色の髪は見ることはなかった。勿論、黒い髪もだ。

 メイヤが迷子になると言っていたのは決して大袈裟ではなく、早々に迷子になっていた。だが、それを不安に思うことはなく、逆に楽しいことに思えるのは私の長所と言えるのではないだろうか。

 なるべく人がいない方へ通路を入って行く。その方が面白いものが見つかると知っているからだ。

 兄ちゃんと一緒によく遊びに行った佐々倉邸でもよく迷子になり、面白い骨董品やお化けが出て来そうな部屋を見つけた。

「そういえばあの宰相さん、佐々倉さんに似てカッコいいよねぇ。ね、チェス?」

 佐々倉さんと宰相のクラリスを思い出してにんまりと頬を緩めた。どちらも私のタイプだ。だが、チェスにはそれが不服なのかキーキーと喚き散らした。チェスはあまり佐々倉さんが好きではなかった。ヤキモチだろうか。

 妄想を膨らませながら奥へ奥へと歩いたその奥に怪しげな扉を発見した。どう見てもそれは怪しく、私を糾っているように見えた。その怪しげな扉の前に、一組の男女が佇んでいた。私は迷わず身を隠した。何故かその光景を私が見ていることを悟られてはいけないような気がした。しばらくするとその二人は私がいる方とは反対方向に歩き去った。

「ねぇ、今のって王妃とリオだったよね? あんなところで何してたんだろう」

 二人があんなところで一体何をしていたのか気になるところだったが、私にはそれよりも気になるものがあった。怪しげな扉。その扉を開けることが私の使命のように感じた。

 ドアノブに手をかけ、くるりと回す。そのあっさりとした手応えにこの世界に繋がっていたあの扉を思い出した。また、どこか異空間へ繋がっているかもしれないと思い至ると、体がブルりと震えた。

 これ以上の移動は避けたい。だが、押し開けた扉を再び閉じるわけにもいかなかった。

 私の不安は空振りに終わった。

 その扉の内側にあったのは、何の変哲もない部屋だった。基本的に何にもないただの空き部屋。

 ただ一つ普通じゃないのは、その空気だろうか。負の空気といえばいいだろうか、とにかくどんよりとそしてひんやりとしていた。

 チェスが私の肩の上でキッと鋭く、短く鳴いた。

 チェスが凝視している先を見ると、そこには小さな物影があった。ぼんやりと浮かぶあがる塊がゆっくりと僅かに動いた。

「ひっ、お化けっ?」

 だが、よくよく見てみれば、それはお化けではなかった。

 小さな男の子だったのだ。

「ねぇ、もしかしてあんたジェラール?」

 男の子は私が声をかけると、びくりと飛び上がった。返事はないが、この子がジェラールであることは間違いないだろう。

「私はね、これからあんたの面倒を見ることになった、あかりっていうの。よろしくね?」

 答えは期待してはいなかった。ジェラールが誰とも話さないことを知っているし、私を警戒しているのがぴりりとした空気が現われている。

「あんたいっつもこんな暗いところに一人でいるの? 暗闇ってさ、たまにある分にはいいけど、ずっとそんなところにいると病んじゃうんだよ、心が……」

 この部屋には窓はあるようだったが、その窓にはカーテンというよりも暗幕といった分厚いものがかかっている。

「一気に明るいところに行ったら目を悪くするから、少しずつ慣らしていこう」

 カーテンをほんの少しだけ開けた。日の光が雲間から覗くように一筋の光を照らしている。たった一筋光が入っただけで、空気が少し和らいだ。

「日の光はね。何でも明るく照らしてくれるの。ほら、見て。まるでステージに立つ歌手みたいでしょ?」

 ほんの少し開けたカーテンから覗くスポットライトを一身に浴び、私は歌いだした。


 絶望の暗闇の中でも

 君は笑いかけてくれた

 その笑顔に会うたびに

 胸が温かくなった

 僕の心を君の笑顔が

 明るく灯してくれたんだ

 生きていこうと決めた

 君という希望とともに

 暗闇がしつこく僕を追い縋っても

 君という灯りがその先へ導いてくれるから


 この曲は兄ちゃんが私のために作ってくれた曲だった。確かいつかのバースデーだったと思う。拙いギターを弾きながら、私のためだけに歌ってくれた。

 まだまだ甘えたい盛りの頃に突如命を落とした両親の死を受け入れられなくて塞ぎ込んでいた私に贈ってくれたものだ。

 何故今、この曲を歌ったのか……。ジェラがあの頃の私のように見えたからだ。

 歌い終わったあと、ヒュッと息を吐いた。

「光はいつだって導いてくれるんだよ、正しい道へ。光を見つけなきゃ、自分だけの光を」

 私にとっての兄ちゃんのように、兄ちゃんにとっての私のように。

「あー、ごめん。三歳児にはちっと難しかったね。今はとりあえず戻るよ。また、今日のうちに誰かに連れられて来るかもしれないけど」

 ただジッと私を見ているだけのジェラールに一方的に話をした。

「チェス、行くよ」

 カーテンによじ登って遊んでいたチェスは、ぴょんと飛び降りるとすばしっこい動きで、再び私の肩の上に収まった。

「またね」

 何かを言いたげにも見えるジェラールだったが、私が笑いかけると俯いてしまった。

 仕方ないかと、私は部屋を出る。

「チェス」

 あの子の傍にいてあげて。

 私の心の声が聞こえたと言うように、キッと短く鳴いて扉の隙間からするりと入っていった。

「さて、そろそろ戻りますか」

 あまり長く部屋を留守にしていると、メイヤにばれてしまうだろう。

 その後、私は帰巣本能と思われる動物的な驚異のパワーを発揮して、一度も迷うことなく自室へと戻って来た。私は迷子になっても必ず戻りたい場所に戻れるので、兄ちゃんが私を心配することはなかった。幼い頃からデパートに行けば必ずはぐれる私を、始めは心配してくれていたが、兄ちゃんの心配をよそににっこりと笑顔で何事もなかったように戻って来る私を見て次第に心配することもなくなっていた。

 今回、私がいなくなったのにちっとも帰って来ない私を兄ちゃんはどう思っているんだろうか。どんなに遅くなっても、絶対に兄ちゃんの元に戻るだろうと思ってくれるだろうか。

 一度でいい、会えなくてもいい、ただ兄ちゃんに私が無事であることと、必ず帰るということを伝えられればいいんだけど。

「おいっ、どうしたんだ。ぼんやりして? おいって、大丈夫なのか?」

 ぼんやりとソファに座って考え事をしていたので、誰かが入って来たのも話しかけられていたことにも気付いていなかった。気付いた時に間近に見えた赤い髪があまりに奇麗で、思わず手が伸びてしまった。

「奇麗な髪……。ふわふわだ」

 その赤い髪は柔らかくてふわふわで、まるでぬいぐるみみたいだったので、私はそれを抱きよせた。ギュッと抱き締めて、ぬいぐるみにするようにてっぺんにキスをした。

 ああ、癒される。

「ちょっ、おまっ、何してんだっ」

 慌てる声が聞こえたので、顔を覗き込んだ。

「あら、顔も赤い」

 その相手がエロイだと分かっていても、何故だか争う気持ちにはならなかった。

「もう、離れちゃダメっ」

 私の腕の中で暴れて離れようとするエロイを、窘めてさらに強い力で抱き締めた。

「ああ、この髪の毛、ぬいぐるみみたいで癒されるぅ」

 私はエロイの髪の毛に自らの頬を擦り付け、その柔らかさに酔いしれた。エロイの呻く声を聞こえないふりをして。

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