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第41話

 オープンカフェを出た私たちは、別行動することになった。兄ちゃんとメイヤが私たちに気を利かせてくれてのことだった。

 別の方向に歩き出す二人の背を見てにんまりとする私を、ジェラールが温かい眼差しで包んでくれていた。

「あかり。行きたいところがあるんだ。いいかな?」

「うん。いいよ」

 ジェラールが自分から何かをしたいというのは珍しいことだ。まだ幼い姿の頃は我が儘も言ってくれたものだけれど、大人になったジェラールが我が儘を言うことはない。

 だから、私は嬉しかったのだ。嬉しくてつい抱き付いてしまうほどに。

 私の行動に驚きつつもしっかりと体を支えるジェラール。本当に幼いジェラールではもうないのだ。といっても、魔力が弱まれば少年の姿に戻ってしまうのだけれど。

「どこに行くの?」

「着いてからのお楽しみ。いいから着いてきて」

 ジェラールの手を引かれ、商店の並ぶ通りをずんずんと越えていく。興味のあるお店はどんどんと遠ざかっていく。

 一体どこへ向かおうとしているんだろう。

「あかり。疲れた? おぶろうか?」

「えっ、いいいい。全然疲れてないからっ」

 まだまだ人通りは激しい町中、そんな目立つことはしたくない。そうでなくても注目を集めてしまっているのだから。

「じゃあ、疲れたら遠慮なく言って」

「うん、ありがとう」

 やがてその通りに、人は見えなくなり、店の代わりに家々が建ち並ぶようになっていた。大分遠くまで来てしまったようだ。

 流石に疲れてきて、息も乱れてきた。それに気付いたジェラールにひょいと抱き上げられた。

「ジェラっ。重いでしょ」

「あかりは軽いよ」

 降ろそうなどと考えてもいないのだろう。幼い子供を抱くようにされ、私は恥ずかしさに耐えた。人影が見えないことが、せめてもの救いだろうか。

「ジェラは疲れないの?」

「俺は大丈夫。鍛えてるから」

 いつもとは違う上から見下ろすジェラールの表情が愛おしくて、知らず体が動いた。

 ジェラールの丁度こめかみのあたりに唇を落とした。ジェラールは、びくりと足を止めた。驚いた表情を浮かべて見上げ、その次の瞬間には破顔した。普段見られない美しい笑顔を間近に感じ心が震えた。

 そして、腰をまるめてジェラールの唇にキスをした。

「あかりって人前だからっていつも恥ずかしがるのに、たまに大胆だね? ここで俺が理性を失ったらどうするのかな?」

「だってつい……。ジェラが私の嫌がることはしないって分かってるし」

「ズルいなあかりは。そう言われたら俺は手出しできない」

 私は、ジェラールの頭を抱えるように抱いた。

「あかり?」

「好き」

 突然で驚いただろう。現にジェラールの纏う空気がぴしりと止まったのだから。

「へへっ。なんか無性に言いたくなった」

「あかりは俺を殺す気?」

「そんなつもりないよ」

「心臓が止まるかと思った」

 その言葉は大袈裟ではないのだろう。だって、私が好きと言った瞬間にジェラールはグッと息を詰まらせていたのだから。

「ごめんね?」

「謝る必要はない。心臓が止まったとしても聞きたい言葉だよ」

「そう?」

「そうだよ」

 ジェラールは再び歩みを進めた。

 ジェラールに運ばれているお陰で、町の景色をゆっくりと見ることが出来るようになった。

 先ほどの商店街を抜けて、今は民家が並ぶ地域。日本で言うところの閑静な住宅街といったところだろう。

 不思議なくらいに人影はない。その家々からも人の気配がしないのだ。

「ここって本当に人が住んでるの?」

「住んでるよ。昼日中は皆商店街で働いているからね」

「そっか」

 そういえば殆どの店で子供たちがせっせと働いていた。

「学校はないの?」

「学校に入れるのは身分の高い貴族の子息だけなんだ」

 日本では、子供が学校に通うことが義務付けられている。それが、少々鬱陶しいと思っていたものだが、所変わればそれさえも贅沢な悩みであったのだと突きつけられる。

「じゃあ、この辺に住んでる子は皆何も学べないの?」

「うん、そういうことになるかな」

 身分の高い貴族と平民の間にある貧富を失くすのは難しいのかもしれない。共存が難しいのなら、平民の間に学校を作ってみたらどうだろうか。貧しくてお金が払えないのなら、無料にすればいい。それだけの蓄えが王にはあるだろう。店の手伝いをしなければならないのなら、学校を三部制にしてどの時間帯に来てもいいようにすればいい。食事屋ならば昼間の忙しい時間を除いた時間帯に学校に行くという風に、それぞれに忙しい時間帯は違うだろう。比較的余裕がある時間を狙って学習に励めばいい。

 私がそんな話をすると、ジェラールは王に提案してみることを約束してくれた。

「さあ、あかり。着いたよ」

 ジェラールが連れて来たのは、開け放たれた草原。イヤ、それは広大な墓所だった。十字に形どられた石碑が立ち並んでいる。

「ジェラ、ここって」

「うん。俺の父の墓がここにあるらしいんだ」

 その口ぶりからジェラールがここを訪れるのが初めてであったことが窺える。これまでジェラールの口から実の父親について語られることはなかった。

 ジェラールが今、どんな風に感じているのか、墓所を見渡す横顔からは察しがつかなかった。

 私はジェラールの腕から降りると、石碑に刻まれている名前を確認していく。

「ジェラのお父さんって何て名前だったの?」

「ジェードという名前しか分からない」

 ジェードという名前が一つだけならばいいが、違う家名で何人もいるとどの墓石なのか分からなく可能性があった。

「探してみよう」

「ありがとう、あかり」

 なんの心境の変化があってここを訪れようとしたのか分からないが、ジェラールがジェードさんに会いたいというのなら、会わせてあげたい。

 その想いが形になったのかは分からない。私としても不可思議な現象だと思う。

 声を聞いた気がするのだ。ジェラールの名を愛しそうに呼ぶ声が。その声のする方へ導かれるままに歩を進めた。

 私の不可思議な行動にジェラールも着いてくる。

 そして、私の足が止まった目の前に立っていたのは、ジェードという名が刻まれた石碑だった。

 ジェラールのお父さんが眠っているのはここであるのに間違いないと思った。

「どうしよう、ジェラ。お花も何も用意してなかったよ」

「ああ、俺もすっかり忘れていた。どこか咲いてる花を摘みに行こう」

 墓所内に咲いている野花を摘み、墓前に手向けた。

「はじめまして、父上。あなたの息子のジェラールです。あなたにとって俺は憎むべき存在だったでしょうか。ここに顔を見せた俺に、早く帰れと思っているでしょうか。でも、俺はあなたに一度でいいから会いたかった」

「ジェラ、ジェードさん。そこに座ってるの。私には見えるんだけど、ジェラには見えない?」

 ジェラールは食い入るように私の指さした先を眺めたが、残念そうに首を横に振った。

「ジェードさん、笑顔なんだ。ジェラを見てとっても嬉しそう。ずっとジェラの名前を呼んでるんだよ」

「父上。あなたも私と会いたかったのだと思ってもいいのでしょうか?」

『私は父親として、お前を守ることができなかった。私がお前を連れて逃げたら、二人とも殺されることになった。それを避けるために私はお前を迎えに行くことができなかった。許しておくれ、ジェラール。愛しい私の息子』

 その声は私だけでなく、ジェラールにも届いたようだ。

 涙を溜めて声に聞き入るジェラールを私はただひたすら見守っていた。

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