第4話
突き付けられた現実はあまりに惨いものだった。
せめてそれが就職してから暫くして、安定した地位を手に入れた後だったなら何とかなったかもしれないのに。
とにもかくにも、この世界に高度な魔法を扱えるものは1人しかおらず、その魔法使いが地球とこの世界を繋ぐ道を施した。その魔法は私がこの世界に着くと同時に解かれるようになっていた。よって地球への道は塞がれてしまったのだが、その魔法使いに再びお願いすれば道は繋がれるだろうということ。だが、魔法使いは魔法を施したあとすぐにこの国をたち、その行方は分からないという。魔法使いは気配を消して移動するため追跡はできず、例え見かけたとしても口外することを禁じられているため情報が入ることはない。魔法使いがここに現われたことを王城の外に洩らすことは出来ないのだ。
探す旅に出てみようかという私の希望は早々に摘み取られた。
「それで、なんであんたらは地球とこちらを繋いじゃったのさ」
やさぐれた気持ちはどう頑張っても浮上しそうになかった。
「我々はあなたに末の息子の面倒を見てもらいたいのです」
漸く気を取り直したのかオジサンが口を開いた。さっきまで私を追い回していたために体力切れ、及びグルグルと回っていたため酔ってしまいぐったりとしていたのだ。
オジサンの口にした言葉に私は思案した。
末の息子……。
ぐるりと視線をめぐらせ、ある一点で止まり眉間に皺を寄せた。
「バカ、俺じゃねぇ」
ふぅ。ってこいつ私にバカって言ったね? バカって言う奴、バーカ。
幼稚なことを考えてみるが、決して口には出さない。また拳骨をくらいたくはない。先ほどバルコニーで叫んでしまった時に、うるさい、と拳骨をくらっていたのだ。それも容赦のないものだった。
「ここにはいないのです。まだ三歳の息子です」
「なんで私が他人の子の面倒見なきゃならんのよ。自分等で見ればいいでしょうが。そんなことのために私はここにいんの? 冗談止めてよね」
私、まだ結婚も出産もしてないんだよ? いきなり三歳の子供の世話なんか出来るわけない。
そもそも末の息子とらやが可哀相じゃないか。お母さんがいるんだから、お母さんが面倒見りゃいいのだ。
「ごもっともだ。だが、弟は私たち家族の誰一人にも心を開かない。もう、普通なら言葉を発してもおかしくはないのに、誰も弟の声を聞いたことのあるものはいない。私たち家族だけではない。何人もの優秀な乳母を雇ったが誰一人として聞いたことはない」
クールガイの長男坊が淡々とした調子で語る。
弟が心を開かないことに嘆いているという風には見えない。世間体が悪いから仕方なく、といった感じがどうも私を苛立たせる。
「本当失礼だと思うけど、言わせてもらうよ。その子は知的障害があるんじゃないの?」
「それはないのだ。その可能性を示唆して、医師に見てもらっているが、何の異常も見られなかった」
オジサンが断固した態度で否定の意を唱えた。
私にはこの世界がどれほどの医療技術があるのか、そもそも検査がどのようなものか知る由もないが、そんな問題のある子供が存在することを否定したがっているように見える。
誰もその子のことを本当には考えていないように見えて腹が立った。
私にその子への義理なんて何もない。とんでもないことに巻き込まれて迷惑している。でも、こいつらのその子への態度は我慢ならなかった。
「分かったよ。その子の面倒は見る。でも、私の行動には口出ししないでよ? それに、期間は魔法使いが地球への道を開くまで」
面倒なことを頼んでおいて、後で育て方が悪いだのの文句は受け付けない。私に頼むのがそもそもの間違いなのだから。
「引き受けてくれると信じていた。ありがとう。名乗り遅れたが、私はアルナボルディ王国国王、セシリオ・アルナボルディだ。隣に座っているのが、王妃であるファナ。第一王子であるブラウリオ。第二王子であるエロイ。第一王女であるディアナ。そして、あなたに面倒をお願いしたいのは第三王子であるジェラールだ」
なんとなく予期していたけれど、やっぱり王族なんだ……。そうだよね。そこまで偉い人じゃなきゃ、こんな変なお願いしないだろうね。
「どうも。辻元灯里、あかり……です」
「おぉ、あかり。なんて可愛らしい名前なんだろう」
このオジサン――国王なんだっけ――、また怪しげな雰囲気を醸し出してるよ。
狙いを定めたような視線は止めてくれ。大体なんだってこんな変態を野放しにしとくんだ。
そういえば、王妃はまだ一言も喋ってない。息子の面倒見てくれってんなら、それ相応の態度なり言葉があって然るべきなんじゃないんかいっ。
「とにかく、ここにいる間の身の安全と衣食住は保証してくれるんでしょうね?」
「勿論です。あなたは大切なゲストですから、希望があれば何なりと仰って下さい」
長男、名前はブラウリオとかいったっけ、名前長いからリオでいいや。
リオの喋り方って丁寧なんだけど、腹に一物も二物も持っていそうで、素直に喜べない。
「あのさ、リオのその喋り方どうにかなんない? もっとこうさ、柔らかい感じで……」
「……リオ」
「あ、うん。名前長いからリオでいいでしょ?」
リオは肩眉を上げ、さらに指で眼鏡をクイッと上げたが、異論を唱える気はないようだった。
「長男がリオで、次男は……」
「エロイだ」
「エロい? 確かにエロそうな顔してるけど……、ぶははっ、そのまま名前にすることないのに」
「うるさい、黙れ。俺はエロくないっ」
腹を抱えて爆笑する私にその怒声は届かず、いくらなんでもあんまりなネーミングに心行くまで楽しんだのだ。
「何はともあれあんたはエロイね。ぶぶっ」
「人の名前で笑うなっ」
どう考えてもツボな名前に私は、笑わずにはいられなかった。
「私はディアナよ。きちんとディアナと呼んでちょうだい」
王女のディアナは、少しツンツンしているが、それに迫力がなくて私には可愛らしく映るだけだ。
反抗期に入っているのか、それがまるで板に付いていないのだ。
「分かった。ディアナね」
極力笑みがこぼれないように注意したつもりだが、ディアナには感じるものがあったのか、ぷくりと膨れて顔を背けた。
そんな態度すら可愛らしいことに本人は気付いていないようだ。
「で、私が面倒を見るのはジェラールだから、ジェラかな。そのジェラにはいつ会えるの?」
「今日は疲れておるだろうから、ジェラールに会うのは明日にして今日はゆっくりと寛いでくれ」
王の有難い言葉に甘えることにした。
酔いはもう完璧に冷めたが、長時間歩いて、とんでもな展開に巻き込まれてしまって、もうクタクタだった。
「あかりを部屋に案内せよ」
と、王が言うと、ドアが開いて数名のメイドさんが部屋の中に入ってきた。
うわぁ、生メイドさんだ。
「姫様、ではお部屋に案内させていただきます」
王族ファミリーに一応頭を下げて、メイドさんの案内通りに部屋を出た。
メイドさんが案内してくれた部屋はあまりにも広くて、落ち着かないことこの上ない。きっとビップ待遇なんだろうけど、私にはいい迷惑でしかなかった。
私はメイドさんたちに丁重にお下がりいただくと、一人では大きすぎるベッドに飛び込んだ。
柔らかな質のいいベッドに横になった途端、私は疲れに引きづられて意識を手放した。