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第39話

 翌朝目を覚ましたリオは、どこまで憶えていたのかは定かではないが、私に対して深く謝罪した。

 まだ思い出すと怒りが込み上げてくるのか、私の隣でジェラールが拳を握り締めていた。私がジェラールの怒りを抑えようと腕を掴むと、問題ないというように頭を振った。

「ジェラールが望むなら殴られても構いません」

「いや、殴らないよ」

「卑怯なやり方をしたと反省してはいますが、あかりに言った言葉は嘘偽りないものです」

 ジェラールはリオが言った言葉を全ては聞いていなかった。私に疑問を投げ掛けるように目線を送ってくるものだから、正直困ってしまった。

「ありがとう。でも……」

「分かってます。痛いくらい分かっています。ただ、勘違いされたままでは嫌だったので」

 私はどう返していいのか分からず、黙ってしまった。そんな私を苦笑を浮かべてリオが見ていた。

「もう、ジェラールやあかりの命が狙われることはなさそうですよ」

「それって、王様が上手いことやってるってことっ?」

 リオがにっこりと微笑んだ。

 そうか、王は王妃に伝えられたんだ。惜しみのない王の愛を。

「良かった」

「ありがとうございます、あかり」

 そう言って両手で私の手を取り、ぶんぶんと振った。

 隣から不機嫌なオーラがもんわりと漂ってくる。それを恐らく分かってやってるリオはことごとく笑顔だ。

「じゅあ、私はそろそろ行きます」

 リオは、私たちに背を向けた。去りぎわ、扉の前で振り返りこう言い捨てて。

「ジェラール。私はあかりを諦めたわけではありませんから、隙があればいつでも奪いますよ」

 にやりと笑って、言い逃げして出ていった。

 ジェラールが今にも追い掛けて殴り飛ばしてしまいそうな勢いだったので、必死で引き止めた。


 その日の午後、ジェラールが兄ちゃんと訓練中、ふらりと部屋を出た。

 リオはもう大丈夫そうだ、と言っていたが、兄ちゃんとジェラールは私の一人での外出を控えるようにと言い含めていた。が、窓から見える空があまりに美しかったので、誘われるように出て来てしまったのだ。

 気分よく歩いていると、見知った顔を見付けて、足を止めて、にやりと笑った。

 見知った顔が二つ、丁度別れるところだったようだ。スススッと近寄り、耳元で囁いた。

「まるで付き合い始めた恋人同士のようですね、王妃様」

「きゃっ」

 誰もいないと踏んでいたのだろうが、それは甘い。意味もなく歩き回るのが大好きな私がいることを忘れてはいけない。あ、王妃は私のことなんて知らないか。

「愛を知ったんですね?」

「……」

 恨めしそうに私をねめつけた。が、あんまり迫力がない。口元が緩んで締まらないからだ。

「良かったですね。これでみんな幸せになれます。もう、私やジェラの命を狙ったりしませんよね?」

「もう……、しないわ」

「それならいいんです。じゃあ、お幸せにっ」

 あんまり私が付き纏うのもイヤだろうし、私が聞きたかった言葉も聞けた。長居は無用だろう。

「あかりっ」

 振り返り次の言葉を待ったが、なかなか出てこないようだったので、頭を下げて再び歩きだした。

「ごめんなさい。あの子にも、そう伝えて欲しいのよ」

 振り返って大股で王妃の前まで戻って来た。王妃は私の行動に目を丸くしている。

「イヤです。本当にそう思うなら、自分で会いに行ってきちんと伝えるべきです。私は伝言しませんよ」

 同じ城内に住んでいるのに他人に伝言を頼むなんて馬鹿にしている。

 親子だから、今さらどんな顔をして会って伝えればいいのか分からないのだろう。でも、逃げたらダメなんだ。

「それでは、今度こそ失礼します。どうするのがいいのか、よく考えて下さいね。私たちが消える前に」

「消える?」

 私はそれには答えずにずんずんと歩き去った。

 よくよく考えるべきだ。王妃には今、それが必要なのだ。

 角を曲がるときにちらりと王妃を見たが、先ほどと同じ場所で考え込んでいるようだった。


「あかりっ。あの後リオに会わなかったか?」

 戻ってくるなり詰め寄るジェラールに苦笑を浮かべる。

「会ってないよ。心配しすぎ。でも、リオには会わなかったけど、王妃には会ったよ」

 兄ちゃんも私に詰め寄り、二人が同時に同じ言葉を口にする。

「大丈夫だったか?」

 綺麗にハモッたのが可笑しかったが、二人があまりに真剣だったので慌てて引き締めた。

「もう大丈夫だよ。私の命もジェラの命ももう狙わないって言ってたから」

「どういった心境の変化だ?」

 兄ちゃんが意味が分からんと言いたげに首を傾げた。

「たった一つの大きな愛に漸く気付いたってことだよ」

 兄ちゃんには、逐一報告しているので、王と王妃のことも話してあった。兄ちゃんは、すぐに合点がいったのか一つ頷いた。

「ねぇ、ジェラ。本当に日本に行くつもり?」

 私がそう尋ねると、返ってきたのはジェラのものではなかった。

「「どういうことだ(ですか)?」」

 重なった声は、エロイとメイヤのもので丁度部屋に入って来たところだった。

「うわっ。びっくりしたなぁ。そんな大きな声出さなくても……」

「そんなことはいいっ。どういうことだっ。ニホンというのは確かお前が住んでた国だったよな?」

「そうですっ。あかりは帰ってしまうんですか? 確かもう戻れないって言っていたじゃないですか」

「ちょっとちょっと、とにかく落ち着こうか」

 私が宥めていると、その答えはジェラールから発せられた。

「俺が提案したんだよ。俺の魔力が戻ったら日本に渡って向こうで暮らそうかって」

「本気なんですか、ジェラール殿下」

「うん、そうだね。それがいいかなって思ってるんだよ」

 本当にそれでいいんだろうか。私は、ここに留まった方がいいように思うのだ。事態は好転してきているのだ。ジェラールにとって住みづらい国ではなくなりつつあるのではないか。私の家族も家もない日本に帰るより、完全に修復していなくてもジェラールの家族がいるここに残るほうがいいように思える。

「ジェラ。まだ、もう少し考えてみようよ。もし、日本に行くにしても、私たちに待っている人はいないんだから、急ぐ必要はないんだからさ」

「うん。あかりがそう言うなら」

「うん」

 そもそもまだジェラールの魔力は戻っていないのだ。そう、リオの邪魔が入ったことにより、私たちはまだ……。

「とにかく今すぐ行ってしまうわけではないのですね? 良かったです。急にお別れだなんて悲しすぎますもの」

 メイヤが別れを悲しんでくれたことが、不謹慎ながら嬉しかった。

「まだ、しばらくはここにいるから、これからもよろしくね」

「はい。もちろんです」

 嬉しそうなメイヤと対照的に急に黙り込んでしまったエロイは険しい表情を浮かべていた。

「エロイ? どうかした?」

「イヤ。なんでもない」

 無愛想に辛うじてそれだけ吐き出すと、何も言わずに部屋を出ていってしまった。

「何よ、あれ? なんか感じ悪いな。もしかして、さっさと日本に帰れってことなのかな?」

「イヤ、違うだろう。我が妹ながら鈍感で気の毒になるな。まあ、その方がいいのかもしれないけどな」

「ええ? 言ってる意味が分かんないよ、兄ちゃん」

 そこにいる三人が私を呆れた顔で眺めていたが、私は首を傾げるしかなかった。


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