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第37話

「ねぇ、ジェラ。ジェラは王妃を憎いと思う?」

 私は隣を歩くジェラールに遠慮がちに問い掛けた。

 もう振り返っても王妃の私室の扉は見えない。

 王妃は最後までことごとくジェラールを無視していた。まあ、最後の方は取り乱してそれどころではなかっただろうが。

 あのダメージを見ると、王妃がどれだけ人から意見されてこなかったかが分かる。大抵の人は王妃の美貌に酔いしれ、言いたいことも忘れてしまうのだろう。

「憎んでないと言ったら嘘になる。けど、今の王妃を見ていたら憐れに思えてくる」

「そっか」

 殺したいほどに憎んでいると言われたらどうしようかと思った。

 すぐには無理かもしれないけれど、きっと王は王妃の心を変えてくれる。

 そうしたら、ジェラールは王妃を受け入れられるだろうかと心配だったのだ。

「俺にはあかりがいるから、憎しみって感情が抱けないんだ」

「そうなの?」

「ああ。……あかり、少し庭園に寄って行かないか?」

「いいねぇ」

 子供の姿の頃はよく行っていたが、最近は私の身の危険やジェラールの訓練なんかでなかなか外に出して貰えなかった。

 久しぶりに芝生の上で寝っ転がるのもいい。


 久しぶりに庭園に足を踏み入れると、久しぶりな顔と遭遇した。

「あっ、チェスっ」

 すっかり野性生活に馴染んでしまったチェスは、私を捨てて森を選んだ。いつの間にか可愛らしいガールフレンドまで作って……、イヤ奥さんだったようだ。チェスの肩ごしから小さな存在がよじ登って来て、それから私の腕の中に飛び込んだ。

「ちっちゃ〜い。いつの間に子供まで作って。ちゃっかりお父さんになったわけだ」

 満足気にキッと鳴くチェスは、私の肩の上で跳ねていた小猿ではなく、立派な親猿で、誇らしいやらちょっぴり寂しいやらで涙が零れた。

 私に巻き込まれてこの世界に来た小さな存在が、今幸せだということが嬉しかった。

 子猿が私の腕からチェスの元に戻ると、チェスは子を連れて森の中へ姿を消した。

「チェスはもう森の住人なんだね。もう帰ってこないんだね」

 ぽつりと呟くと、ジェラールの手が私の肩を摩ってくれた。

「別れは辛いけど、チェスが幸せなら……」

「うん、そうだよね」

 ずびずびと鼻を啜り上げる私をジェラールは胸の中に納めた。

「あかり。俺、ずっと考えていたことがあるんだ」

「ん、なに?」

 胸から顔を放して、見上げた。ジェラールの優しい瞳が私を受けとめてくれていた。

「あかりのいた世界に行こうか? 向こうで結婚しよう。俺の魔力が完全に戻ったら、可能だと思うんだ」

「日本に? 日本に行ったらジェラは家族と離れることになるんだよ? それにジェラの魔法で帰れるの?」

 突然の話に頭の中が混乱していた。なにせ、もう二度と日本には帰れないと諦めきっていたのだから。

「俺にはこの国は過ごしにくいんだ。あかりが住んでた国を見てみたいし、あかりが一緒ならきっと幸せになれると思う。元々持っている魔力が戻れば、異空間を渡ることも可能だと思う」

「もう一度日本に行けたらって思わなくもなかったけど、本当にそれでいいの? ジェラは後悔しない?」

 日本に帰れるなら嬉しい。親も家もないけど、故郷はやはり日本なのだ。この世界は平和でいい国だと思うけど、城の環境は私には馴染めないのだ。所詮庶民ということなんだろうけど。

「後悔なんてしないよ」

「それならいいんだけど。ジェラは私が幸せになれるようにって考えてくれたんでしょう? でもね、それがジェラにとって不本意なことだったり、嫌なことだったら無理はしないでね。私はどこでだって生きていけるだろうし、ジェラがいてくれればいいんだから。ね?」

「大丈夫だよ。無理なんてしていない」

 大人版ジェラールに慣れてきたとはいえ、ふと少年のように微笑まれると、つい見惚れてしまう。今、この瞬間もそうで、固まってしまった私をジェラールが覗き込んでいる。

 私が具合を悪くしたと勘違いしたジェラールは、芝生の上に胡坐をかき、その上に私を横抱きにした。

「ジェラ。別に私具合悪いわけじゃないよ?」

「具合が悪くないならそれでいいんだ。俺がこうしたいから、ダメだった?」

「いいけど。ちょっと恥ずかしい……かな」

 終始私の顔を覗き込んでいるジェラールの視線から、さりげなく逸らした。このままあの瞳に見つめられていたら、大胆にも自分から唇を求めてしまいそうだ。

 近くにいるともっと触れたいと思い、キスしてほしいと望んでしまう。その瞳に私以外を映せなければいい、なんて独占欲を感じることにも戸惑いを感じていた。

「どうして目を逸らすのかな?」

「だって……」

「ん?」

 こんな恥ずかしいことを私に口にさせるつもりか。

「だって、私、ジェラに触って欲しいって思っちゃうから」

「触ってもいいの?」

 大きく目を見開いたあと、嬉しそうに顔をくしゃりと崩した。

「恥ずかしいから聞かないで」

 もう目線を合わせることすら出来ない。自分が淫らな女になってしまったようで。

 ジェラールの子供じゃない大きな手が、私の頬に触れる。

 自分から望んでいたこととはいえ、実際そうなってみると気恥ずかしくていたたまれない。

 ジェラールの手は私の体の輪郭をなぞるように下へと下りていく。

「怖い?」

 ギュッと目をつぶっていた私を気遣うようにジェラールが問い掛ける。

 目を開ければ、あの瞳が私を覗き込んでいるだろう。怖いもの見たさとでも言うべきか、そろそろと目を開けた。心配そうにしていた瞳が安心したようにキラリと輝いた。

「あかり。可愛い」

 まさか、あのジェラールに可愛いと言われるようになるとは。

 可愛かったのはジェラールの方なのに。

「さすがにこれ以上触れるのは止めておくよ」

「どうして?」

「歯止めが利かなくなるよ。初めてが屋外なんて、あ、あかりがそういうのを望んでいるなら俺としては叶えるつもりでいるけど」

 子供の姿の時は、私が欲しいと、こちらが狼狽えるほどに積極的だったのに、今は一番に私のことを考えてくれる。

 きっと私には分からない痩せ我慢もしているんだろう。

 その優しさが心底胸に染みて、私はジェラールの唇に精一杯の愛を捧げた。

 ジェラールは、私を120%愛してくれる人だ。十年後の私は幸せにジェラールの隣で笑えているだろう。そんな未来が容易に想像できた。

「私にはそういう趣味はないよ」

「そっか」

 と、少し残念そうに頷くジェラールを見て、案外外でやるのが好きなのかもしれないと疑った。

「そうだよ」

 苦笑を浮かべるとその唇を素早く塞がれた。

「あかり。キスは許してくれるでしょ?」

 私の返事を待つこともなく、再び塞がれた唇は深く深く私を翻弄した。

 そもそも私には、屋外で(人前で)イチャイチャするという概念がない。手を繋ぐくらいはいいかもしれないが、人前でキスなんて恥ずかしすぎる。ここは、人は通らないし、誰に見られているわけでもない。ここでならいいではないか。と、自分に都合のいい解釈をしたが、ジェラールとならどこにいてもキスをして欲しいと考えている自分に少し驚いている。

「ジェラ。……今夜、部屋に行ってもいい?」

 唇を解放された私が言った言葉に、ジェラールは仰天しているようで、その顔が可笑しくて笑った。

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