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第33話

 自分でも自分の気持ちを疑った。だって私は、少し前まではリオの婚約者だったのだ。

 もしかしたら私は尻軽なんじゃないか、移り気なんじゃないかと責めたりもした。

 熱の引きかけたダルい体をベッドに横たえて、一日そんなことばかりをぐるぐると考えていた。

 リオの時と決定的に違うのは、想いの重さだろうか。この胸に痛みすら感じる想い、気配を感じるだけで嬉しくて、声を交わせば涙が零れそうになる。彼が微笑めば自然と私まで笑みが浮かび、苦しそうな表情を浮かべていればこちらまで苦しくなった。傍にいればもっと傍に行きたいと思い、抱き締められれば触れて欲しいと思う。挙げだしたらキリがないが、全てにおいて違った。

 ジェラールが恋しくて、苦しい。

「ジェラが好きなのかな?」などと言っていた私が、自分の気持ちを認めた途端に、隠れていた想いが雪崩のように押し寄せた。

 気付いた気持ちはあまりに重く、その気持ちをぶつけていいものか悩んだ。あまりの重さに恐れおののかれるのではないかと不安になった。

「メイヤ。恐いよ。なんだろう、こんな感覚初めてだよ。私、ジェラのこと言葉に尽くせないほど好きみたい」

 自分でも信じがたい。リオのことを本当に好きで、こんなに強く人を好きになったことはないと思っていたのに。それよりも遙かに強い想いが私を包んでいた。

「それ、本当?」

 寝室の扉が開いた音に、当然ながらメイヤが現われたのだと思っていたのだ。

「ウソッ、ジェラ」

 まさか訪問者がジェラールであるなど思いもしなかった。

 飛び起きてジェラールを窺えば満面の笑みが私を迎えていた。

「ジェラ、また大きくなった?」

 大きくなった? よりも大人っぽくなった、の方がしっくりくるのではないだろうか。

「そうだね。あかりが俺のこと強く想ってくれたから、離れていても魔力が満たされていくようだったよ」

「もう、本当のジェラの姿に戻った?」

「ううん。まだだよ。あかりが俺に全てを委ねてくれた時、俺にかけられた魔法は完全に崩れる」

「それって……」

 ジェラールがにこりと微笑んだ。

 要するに私がジェラールに身も心も捧げればってことだよね。心はもう既に捧げているようなものだ、とすれば……。

「かけられた魔法なんてどうでもいい。俺はあかりの全てが欲しい。あかりを俺にちょうだい」

 最後に発した言葉に、子供のジェラールが垣間見れた気がして吹き出した。

「あかり?」

「ごめん。だってジェラがその姿で子供っぽいこと言うから」

 ジェラールは決まり悪そうに笑い続ける私を待っていてくれた。

「ジェラ。私、ついこの間までリオの婚約者だったんだよ。移り気な女だと軽蔑する?」

「しないよ。だってあかりは、俺を好きになる運命なんだ。俺が子供の姿だったから気付けなかっただけだよ。リオと俺が並んでたら絶対俺を選んだでしょ?」

「ふふっ、それはどうかな。分かんない」

 ジェラールの意味の分からない自信が面白かった。

 私の言葉に拗ねたジェラールはやはりどこか、子供な感覚を引き摺っているように見える。

「ウソでもいいからそこは、俺って言ってほしかった」

「嘘でいいんだ?」

「う、ウソはイヤだけど」

 やっぱりジェラールは可愛い。どんな姿になろうとも、私の心を揺らす存在ではあるけれど、私の心を温める存在でもあるのだ。

「ジェラが好きだよ」

 パッと広がるジェラールの笑顔に満足気に頷いた。

「あのね、ジェラは自分本来の姿に戻りたいよね? 私もそれがいいんだろうなって思うよ。でもね、そうしたら小さいジェラにはもう会えないんだろうなって思うと少し寂しい感じがしちゃうんだ。可愛かったもんね、小さいジェラ」

 舌っ足らずで話すジェラールも、無邪気に走り回るジェラールも、小さいながらに私を守ろうとするジェラールも大好きだった。だから、少し寂しい。

「じゃあ、早く子供を作ればいいね? 俺たちの子供ならきっと可愛いよ?」

 そういう話でなくて……。イヤ、でもジェラールとの子供なら超可愛いんだろうなぁ。

「イヤ、子供は欲しいけど、まだ早いし……」

 それに、私はジェラールと結婚するなんてまだ決まってないし。何よりそんな言葉をジェラールから貰ってもいないんだから。

「俺は一生あかりを放すつもりはないよ。あかりが嫌がってもきっと放してやれない。今ならまだ間に合うよ? 俺に捕まえられていい?」

「望むところよ。私を決して逃がさないでよ?」

 言い切る前に私はジェラールの胸の中に包まれていた。

「俺はあかりをお嫁さんにする」

「何それ? プロポーズじゃなくて宣言じゃないの?」

「だって、あかりは断らないでしょ?」

「えぇ、どうしようかな……」

 返事を渋ると慌てたように私の顔を覗き込み、私の表情を見てむくれた。

「ちゃんと言ってくれなきゃ。私だって一応乙女なんだから、言葉が欲しいんだよ?」

「俺と独占契約してくださいっ」

 独占契約と言う言葉が、可笑しくてこんな時だというのに、爆笑が止められなかった。

「ちょっ、何それ。止めてよ。私を殺す気ぃ?」

 笑い過ぎてお腹が痛い。

「兄ちゃんがこう言えば即オーケーだって言うから、言ったのに……」

「兄ちゃんがそんなこと言ったの? 本気で言ってんのかなぁ。兄ちゃんがプロポーズする時その言葉本気で言うつもりなのかな。相手の人に引かれなきゃいいけど……」

 兄ちゃんの今後が少し心配になってしまった。兄ちゃんって全てが完璧な人なんだけど、こうここぞって時の決め台詞が残念なんだよね。そんなところも可愛いから好き、なんて言ってくれる人が現れてくれればいいんだけどね。

 考えにふけっている私を現実に戻すように、ジェラールが軽い咳払いをした。

 ジェラールを見上げると、真剣な眼差しとかち合った。

「あかり、俺の生涯ただ一人のひとになってください。絶対に幸せにする」

「うん。私もジェラを幸せにする」

 ジェラールにきつく抱き締められて、息がつまりそうになった。それは、抱きしめられて苦しかったからというのももちろんあるが、嬉しくて涙が零れそうになったからでもある。

 私が苦しくて腕の中でもがくと、ジェラールは慌てて開放してくれた。急激に大人の姿に近づいたから、普段の力の入れ具合が調節で切れていないのかもしれない。申し訳なさそうに苦笑している。

 ジェラールの顔を見ていたら、自然と頬に手が伸びていて、私はジェラールの頬を両手で包み込んだ。その輪郭を確かめるようになぞる。親指を唇に触れ、少し押してみると弾力で押し戻してくる。ジェラールのパーツの一つ一つを確認するように触れていく。その間ジェラールは私にされるがままで、瞳だけが私を食い入るように見つめていた。

「ジェラ。キスしてもいい?」

「俺も今、同じこと思ってたよ」

 二人見つめ合い、声を立てずに笑った。

 ほとんど初対面と言ってもいいその顔に、慣れてしまいたくて、どんな表情も見逃さないように観察していた。

 ジェラールの顔が近付いてくる。間近に迫るジェラールの顔はとても美しかった。瞳の閉じられた瞼の先から延びる睫毛は女性のように長く、女性的でありながら決して女性ではありえない男らしさを感じた。

「目を閉じないの?」

「見ていたいから。どんなジェラも見たい。見ないのは勿体ないでしょう?」

 視線に気付いたジェラールが瞳を開いてそう聞いた。

「じゃあ、俺も」

 私たちは見つめ合いながら深いキスをした。


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