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第31話

 緊張、イヤ警戒している私に苦笑を漏らす目の前の男を、実のところ決して嫌いではない。

 時として、常識はずれな行いをすれものの、悪い人でないのは分かっていた。

「嬉しいなぁ。あかりが訪ねて来てくれるなんて」

「王様は私に秘密ばっかりしてましたね。もう、バレてるんですからね。これ以上ないでしょうね」

 昼食の食器をメイヤと片付けたあとに、王の執務室を訪ねた。

「もうないと思うよ? ジェラールにかけられた魔法のことも、魔力を取り戻すことも知っているのでしょ?」

「はい、知っています。リオは……、私たちの婚約を解消すると言いに来ましたか?」

「イヤ、来ていないよ」

 私の暗い表情に気付いたのだろう。申し訳なさそうな顔をした。

「リオがあかりを傷付けたんだね?」

「そうですねぇ、ええ、傷付いたのかもしれません。でも、思うほどには傷付いていないのが現状です。恐らく私は知っていたのだと思います。彼が私を本当には想ってくれていないということに」

 リオが私を本当には好きではなかったように、私も本当には好きではなかったのかもしれない。だって私は笑っていられるのだから。

 あの日から幾日しかたっていないのに、私の心は痛んですらいない。

「あの子の王妃への愛は崇拝に近い。そういう、人を惹き付ける力を彼女は持っている。だが、彼女の魂は美しくなどない。皆外見に惑わされているんだよ」

「王様は、王妃が好きじゃないんですか?」

 王から、王妃への愛情は見受けられない。

「私たちは政略結婚だからね」

 寂しそうに語る姿に、王が決して努力を怠らなかったのが分かる。それでもどうにもならなかった関係だったのだろう。

 決して嫌いではなかったはずだ。

「会った当初から彼女の魂は濁っていた。それと反比例するように彼女の国民からの人気は上昇したよ。彼女は国民の人気を得るために魂を汚しているのかもしれない。その代償としてね」

「それも一種の魔法なんでしょうか?」

「そうかもしれないね」

「王様はリオが私と婚約すると言った時、なぜ反対しなかったんですか?」

 リオが唯一愛する人が王妃なら、私と婚約するというのはおかしいと思わなかったんだろうか。

「君の魂の美しさがあの子を目覚めさせたのではないかと思ったんだよ。私の考えが甘かった。君を傷付けてしまってすまない」

「いえいえ、私こそ力不足ですみません。それに、私はこんなことでは傷付きませんから、大丈夫ですっ」

 力瘤を見せて、逞しさをアピールすると二人同時に吹き出した。

「エロイがジェラよりも私が狙われるかも……なんて脅すんですけど、大丈夫ですよね?」

「私もエロイの意見に賛同するよ。ジェラールの魔力を戻す存在さえいなければ、ジェラールの力はまだ驚異ではない。今現在、王妃にとって一番邪魔な存在があかりなんだよ。それにね、ジェラールの命を狙うことは出来ないが、王族ではないあかりの命を狙うのは容易なんだ」

 今、ジェラールの存在が一部にしか知られていない今、命を狙うのは非常に危険だ。限られた存在の中で唯一ジェラールを憎んでいるのは王妃しかいない。手を下したら、自らが犯人だと宣言しているようなものだ。たとえ白を切ったとしても、疑いは深まるだろう。そんな危険を払うなら、私を消したほうが早い。

「王妃の望みは一体何なんでしょう? エロイを次期国王にたてて一体何がしたいんでしょう?」

「私にもよく分からないんだ。彼女が何を望んでいるのか」

「あの、ジェラの出自のことなんですけど……、本当に王妃は神官だった男に……」

 気になっていたことだった。とてもナイーブな問題であるのだが、聞ける相手が他にはいないように思えた。

 さすがに直接ジェラールに聞くことも出来ないし、エロイはあまり事情を知らない風だった。ましてやリオに聞くわけにはいかなかった。

「リオに王妃は襲われたのだと、聞いているんだね?」

「はい」

「真実はその逆だよ。王妃が神官だった男を襲い、襲われたと嘘を吐き、国民に男を始末させた。何故王妃が神官を襲ったか分かるかな?」

「いえ、分かりません」

「じゃぁ、その当時国一番の魔力の持ち主がその男だと言ったら?」

「王妃はその男との間なら魔力の強い子供が生まれてくると思った……ですか?」

「そうだね。一概に魔力の強い親から必ずしも魔力の強い子供が生まれるとも言えないが、魔力のない親よりかはその確率は上がる。王妃は魔力の強い子供を手なづけ、操ろうとしていたのかもしれないね。だが、実際は手なづけるどころか反抗的な子供に育ってしまった。そして、三歳児のジェラールが生まれることになったんだよ」

 王妃は魔力の強い子供を操って、一体何を掌握しようとしていたのだろうか。禁忌まで犯して授かった子供に一体どんなことを望んでいたんだろうか。どんな汚いことをやらせようとしていたんだろうか。

「使えない駒はもういらないということですか? 王妃にとってジェラは不要物だと言いたいんですね?」

 体の底からふつふつと煮えたぎるような感覚に襲われた。体が震えるほどの怒り、自分では制御出来なくなりそうなほど強い怒りに私は身を沈めていた。

「あかり、怒りでジェラールは救えない。君に必要なのはジェラールを包み込む愛情なんだよ。気持ちを静めなさい」

 優しくしかりつける言葉に、私の怒りが少しずつ冷えていくのが分かる。怒りはある。だが、怒りがすべてではない。怒りに支配されるわけにはいかないのだ。

「あかり、ジェラールを好きかい?」

「好きです。男としては、うーんって感じだけど、とにかく好きは好きですよ。私の子供っていうか弟みたいなものですから」

 実質弟ではないし、ましてや子供ではない。でも、ここに来てから毎日顔を突き合わせている存在なのだ。とても家族に近い存在であるように思える。

 男として好きだと言ってくれるジェラールには申し訳ないけど、子供の姿のジェラールのが私の脳裏に深く刻まれているので恋愛対象には見れないのだ。

 いつか、ジェラールを男としてしか見れなくなる日が来るんだろうか。

 そんなことを考えていると、突然扉が叩き開けられた。

「このへんたいっ。おれのあかりに手出したら承知しないぞっ」

 勇ましく飛び込んできたのは、今しがた私の思考を独占していた人物で、王に牙をむこうとしても何だか可愛らしく見えてしまうジェラールだった。

「ジェラっ、一人で来たの?」

 開け放たれた扉の外にはメイヤの姿はなく、これから現われる気配もない。

「一人できたっ」

 なんて危険なことをしているんだ。頭にかつらもかぶらずに。

「ジェラっ。駄目じゃないの、かつらもかぶらずにこんな所に一人で来てしまっては。ジェラだって命を狙われないとは言えないんだからね?」 

 ジェラールの前にしゃがんで目線の高さを同じにし、両肩を掴んで叱りつけた。

「だって、あかりがおそいからいけないんだ。おれ、あかりがおうひに連れされたんじゃないかって心配したんだ」

 ジェラールは必死に訴え終えると私の首に抱き付いた。

「ごめんね、ジェラ。心配かけたね。王様からお話しを聞きたかっただけなの」

「あかりはおれからはなれちゃダメだ。おれが守るんだからっ」

 小さなナイトに守ってもらうのもいいかな、と叱っていたことなど忘れてメロメロにさせられている私なのであった。


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