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第29話

「リオが語ったことは全て嘘だよ」

 私の心中を悟ったのか、ジェラールが厳しい表情を浮かべて言った。

「どうして嘘なんか……」

「本人に直接聞いたほうがいい、俺が話すよりもね」

 きっと今、ジェラールに何を話されても私は信じないだろう。

 それが分かっているから、ジェラールは話さないのだろう。

「ありがとう、ジェラ。話を戻してくれる? えっと、なんだっけ」

「そうだね。俺も長くはこの姿ではいられないから」

「どういうこと? また、子供の姿に戻ってしまうの?」

「そうだよ。俺が急速に成長していくことにあかりは不思議に思っていただろう? それはあかりの愛の力があったからなんだ」

「へ? 愛?」

 突拍子もない言葉に私は目を剥いた。その単語はこっぱずかしくて、普段から用いらない言葉で、それだけで私は動揺してしまった。

「愛だよ。あかりから受ける愛の力で俺の魔力は少しずつ戻って来てるんだ」

「愛って言ったって」

 私は愛なんて大それた力を使った覚えはない。

「あかりが俺のためにしてくれること。その全てに愛が詰まってるんだよ。最近は、俺にキスをしてくれていたでしょう? だから、力が急速に増えている。あっ、でも勘違いしないで。俺はその力があるからあかりを好きなんじゃないからね。一目惚れなんだ」

 恥ずかしそうに一目惚れなのだと告げるジェラールを見ていると、こちらまで恥ずかしくなってしまった。

「も、元の姿に戻るってことは、力が足りてないってこと?」

「うん。まだ足りない。ねぇ、あかり。俺を好きになって? 俺に溺れて?」

「そっ、そうしたら元の姿に戻れるのね?」

 こともなげにぶつけられる直球に私は怯んだものの、それを気取られないように懸命に平静を保った。

 返事を聞かなくても、答えは分かっていた。

 私が心の底からの深い愛を与えれば、ジェラールは元に戻るのだろう。

 でも、私の心の中にはリオがいた。なぜリオが嘘を吐いたのかは定かではない。そもそも、どちらの話が事実なのか今の段階では判断が出来ない。

「ジェラ。私の愛は兄弟愛、うーん親子愛? みたいなものなんだよ。そういう愛ならいくらでも与えることができるよ。でも、ジェラが望んでいる愛はきっと与えてあげられない」

 それが私の真実。

「今は、だよね? 俺、諦めないよ。どうしてもあかりが欲しい。だから、覚悟してて」

 真っ直ぐな瞳からつい目を逸らしてしまった。焦った。どうにもこうにも大人版ジェラールに慣れることが出来ないのだ。

 逸らした目を戻した時には、ジェラールの顔が間近にあって、固まった。

「ちょっ、ジェラ近いよっ」

「だってキスは近づかないと出来ないでしょ?」

「ダメっ」

 両手をクロスさせて顔を覆った。

「どうしてダメ? いつもしてるでしょ?」

 それはジェラールが子供の姿をしているからだ。大人版のジェラールとのキスは、浮気をしているような気にされる。

「むーりー」

「無理でもしたい。あかり」

 きっと大人版のジェラールは私がその声で名を呼ばれることに弱いことに気付いている。ひょろひょろと力が入らなくなってしまうのだ。

「あかり」

 両手首を捕まれ、安易に下におろされ、大人版ジェラールの顔がゆっくりと近付いてくる。

 咄嗟にギュッと目をつぶると、ふんわりと唇が触れ合った。当たり前のことだが、子供の唇とは違う。いつもより少し固めの唇は、驚くことに、イヤ当然かもしれないが、巧みに私を翻弄していく。可愛らしいチュッとするキスじゃない。私の力が入らないのをいいことに、もさぼるように唇を堪能していた。

 されるがままに唇を重ねて、どれくらいそうしていただろうか。短いとは感じられない。相当長かったように感じた。

 解放された私は息を乱していた。

「ちょっ、とは手加減してよ、バカっ」

 ふと顔を上げた時には、もう大人版ジェラールの姿はなかった。

「ごめんね、あかり」

 ラブリーなジェラールが上目遣いに濡れた瞳をこちらに向けている。

「あぁ、可愛いっ」

 ラブリージェラールが恋しくて、思わずその体を掻き抱いた。

 あぁ、安心する。

 だぼだぼの服を身に付けているジェラールが可愛らしかった。

「あかりはぼくのほうがしゅきなの?」

「だって、大人のジェラは慣れないし……、それにちょっと怖い」

 大人版ジェラールは、私を翻弄しようとする。私はリオを好きなのだから、揺れる心なんていらない。


 最近、私はリオと話をしていない。というよりも、姿を見ていないのだ。

「ねぇ、エロイ。リオは忙しいの?」

 エロイの赤い髪をいじくり回しながら、尋ねた。

 ジェラールは、昼寝をしている。

 相変わらずエロイは、この部屋に入り浸っているのに、リオの姿を見ない。

 大人版ジェラールにリオが嘘を吐いていると知らされた私は、その真相を本人の口から聞きたかった。

もしかして私は避けられていたりするのかな。

「リオって私のこと好きなのかな?」

「そりゃそうだろ。何のために婚約してんだよ、バカか?」

 迷惑そうに頭をずらすけれど、私はそれを決して逃さない。

「そうなんだけどね。だって全然会ってない。エロイは毎日ここに来てるのに、リオだけ忙しいの?」

「知らねぇよ。俺はそんなに兄上と仲が良いわけじゃない」

「いつもここに一緒にいたじゃん」

 確かにこのテーブルを囲んで顔を突き合わせていたのだ。しかしながら、思い起こしてみれば、リオとエロイが直接話をしているのを見たことはなかったようにも思える。

「仲、悪いの?」

「悪いわけでもないけどな。兄上は俺なんかより母上と仲が良いな」

 リオと王妃。

 その二人が並んだ姿を思い描いて、すぐに頭を振ってその映像を振り払った。

 酷くイヤな感じがした。とてもイヤな感じが。その二人が私なんかよりお似合いに思えたから。

 リオと王妃に血の繋がりはない。その事実が私をとても不安にさせた。

「そうなんだ……」

「そんな顔すんなよ。俺が兄上を連れてきてやるから」

 自然と動きを止めていた手をもぎ取って、部屋を出て行った。

 エロイが出ていってからの時間の刻みが私には遅く感じられた。まるで時計は時を刻むのを忘れてしまったかのように、不自然なほどあたりを静けさが包んでいた。いつもは聞こえる人の気配も、いつも遊びにくる鳥の歌声も、昼寝しているジェラールの寝息さえも私の耳には入らなかった。

 会いたいと思った。でも、会いたくないとも思った。

 何か良くないものを突き付けられそうで怖い。恋とは人を強くも弱くもする。恋に翻弄された自分が恐ろしくて仕方なかった。

 やがて入ってきたリオの姿を見て、私は泣き崩れた。どうして泣いているのかも分からず、ただ涙だけがとめどなく頬を伝っては落ちていく。

「あかりっ」

 大人版ジェラールとは違う、私を安心させてくれる声。その声が私を更に泣かせた。

 リオは私に走り寄るときつく抱き締めてくれた。

「すみません、あかり。多忙であなたに寂しい想いをさせてしまいました。でも、私も寂しかったんですよ」

 その言葉は本当か。信じていいのか。そう思うそばから、私はリオを信じていた。

「リオに、聞きたいこと、があるの。……どうして私に嘘を吐いたの?」

 自分の声とは思えないか細い声が出た。リオには届いていないかもしれない。寧ろ届かなければいい。

「あかりは私を信じてくれないのですか? 私が嘘を吐いたと?」

 リオの瞳が私を食い入るように見つめていた。

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