第28話
あんまりな発言を聞かされると、人って本当にくらりとするんですね……。
私の口からは言えないNGワードをけろりと、言い放ったジェラールは、ふらふらしている私をキョトンと見ていた。
「あのね、まだジェラは三歳だよね? だから、そういうのはまだ早いかなって私は思うなぁ」
「ぼく、さんさいだけどさんさいじゃないから」
今度は私がキョトンとする番だ。
三歳だけど、三歳じゃない? それってどういうこと? イヤ、確かにジェラールは三歳だけど。ああ、見た目が三歳じゃないって言いたいのかな?
「ぼくにねんれいはかんけいない。あかりがのぞむなら、いますぐおとなになるよ?」
え? え? 今すぐ大人にって、何言っちゃってるのかなジェラール君。
全然意味分からないんですけど。
私の戸惑いなどお構いなしで、ジェラールは突然立ち上がり、その場で目を閉じた。
私の目はもしかしたら、おかしくなってしまったのかもしれない。
目に飛び込んでくる光景は異様なものだった。
ぶちぶちとボタンが音を立てて飛び散って、ズボンがどんどん短くなっていく。現実とは思えないその姿に私は驚愕する。
「あかり?」
声さえもジェラールのものではない。はだけた胸は程よく逞しく、均整の取れた体をしていた。
顔は面影を残しつつも、大人の色香をただよわせていた。
下へ視線を向ければ、立派なものがっ。
私は慌てて視線を逸らし、頬を赤らめた。
まっ、まともに見てしまった。
「あかり。大人の俺はどう?」
ジェラールは言葉のとおり、大人になってしまった。
いつもの若干高い声ではなく、低い声があまりに私の好みで、体に力が入らなくなりそうだ。
「と、取り敢えずなんか羽織って」
ほぼ全裸を直視できる図太さは持っていない。
「そうは言っても、羽織るものがないよ」
声もそうだが、話し方も大人のそれになっている。「ス」や「ツ」もきちんと発音できている。
「だってそれじゃジェラのこと見れない」
「見ていいよ。あかりになら、いくらでも見せてあげる」
問題発言連発のジェラールを叱ろうとうっかり見てしまい、心底後悔した。
「バカ言わないで、とにかく私は何か羽織るものを取りに行ってくるから、ジェラは誰にも見られないようにしてね」
早口にまくしたてると、私はジェラールに背を向けて、逃げるように走りだした。
反則でしょ。
大人のジェラールは、私の知ってるジェラールとは、何から何まで異なっていた。
心臓がドキドキしているのは、大人のジェラールを見たためか、全力で走っているためか。
私は城に戻ると、メイヤに男用の服を頼んだ。突然の要請に驚いていたが、そこはプロ、何も聞かずに迅速な対応をしてくれた。
メイヤが用意してくれた衣服を持って、再び庭園へと走った。
ジェラールに会うことが怖いと思った。
ジェラールはジェラールだ。でもあのジェラールは、ジェラールであってまったくの別の男だ。
それでも、会って話を聞く必要がある。リオが隠していた何かはこれのことなんじゃないだろうか。
ジェラールの秘密。
それは一体なんだ。
「ジェラっ」
呼び掛けると、木の陰に隠れていたジェラールがひょっこりと顔を出した。
「そのままそこにいてっ。私がそっちに行くから」
こちらに来ようとしていたジェラールを素早く止めた。
不服そうに頬を膨らませるしぐさは、普段のジェラールの面影を残していた。
「はい。これ。そこで着替えて。着替えられたら出て来てね」
木の陰に隠れなきゃならないことにも不満を持っているのか、小さく何かを呟いている。
私はその木から離れ、なおかつその木を背にして芝生の上に座り込んだ。
ああ、心臓に悪い。なんだ、あの生き物は。私がこれまで見たどんな男よりも男前で、フェロモン出しまくってて、低い声もなんだか震えるほどいいし、笑顔になるとジェラールそのもの。
私は混乱していた。そうだ。だからこんなに胸がドキドキするんだ。そうに違いない。だって、あれはジェラだもの。
「あかり。何ぶつぶつ言ってるの?」
耳元で低い声が、そしてその後にフッと息を吹きかけられて、私は飛びのいた。
「ちょっ、何。止めてよ、ジェラ。着替えられたんなら、こっちに座って」
「えぇ、折角この姿なんだから、あかりともっとくっつきたいのに」
私は頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
「とにかくここに座んなさい」
これでもかというほどの低い声を出した。どすの利いた私の声に大人しく指定された(私の向かい側)場所へと腰を下した。
「よろしい。では、私からいくつか質問させて貰うね。まず、本当にジェラだよね?」
「勿論、ジェラだよ。分からない?」
「イヤ、分かってんだけど、戸惑ってるだけ。じゃあ、次の質問ね。ジェラは三歳なんだよね?」
向かい側に座ったジェラールは何故か正座をしており、その光景は一見私が説教をしているように見えるだろう。
「実際の年齢は三歳じゃない」
「えっ、どういうこと?」
「あかりは俺の出自の秘密しってるでしょう?」
私がこくりと頷けば、それを確認して頷き、再び口を開いた。
「本当の俺は、長男なんだ。リオよりも一つ年上。俺は王の血を引いてないからもともと次期国王になんてなるつもりもなかった。母上とはそりが合わない、というよりも疎まれていたからこの城を出て、ひっそりと暮らそうと思っていた。けど、王は次期国王に俺を選んだ。俺の実の父親はこの国髄一の腕前を持つ魔力とその魔力を扱うだけの技量を持っていた。俺にも十分な魔力と技量があった。だから、俺を指名したんだ。王は何故か俺を目にかけてくれていていた。こんな出自で普通なら殺したいくらい憎んでいても不思議はないのに」
ジェラールはそこで一息吐いた。
ジェラールの口から紡がれる事実を、私は心を無にして聞いていた。全ての話を聞き終えるまで、自分の感情を交えずにいたかった。
「母上にはそれが気にくわなかったんだ。母上は、エロイに次期国王になって欲しかった」
「どうしてリオじゃなかったの?」
「リオは母上の子ではないんだ。王には一人側室がいたんだ。体の弱い人で、リオを産んだ後命を落とした。母上にとって、自分の子供はエロイだけだと思っている。俺は自分の子供だと認めてもいない。忌々しい存在。だが、殺すことは出来なかった。王によって俺は守られていたから。苦り切った母上に力を貸したのは、あかりをこの世界によんだあの魔法使いだった。魔法使いが俺を三歳の子供の姿に変え、俺の魔力を封じてしまった。そして、俺はあの部屋に閉じ込められた。魔法使いの力は莫大で、誰も俺をもとには戻せず月日は流れた。そんな時、王の元に魔法使いが現れた。王は俺を元に戻す方法を問いただした。魔法使いは言った。俺を元に戻すことが出来るのは、ただ一人の娘だけ、その娘をこの世界によぶことなら出来ると。そして、この世界に現れたのがあかり、君だった」
「言葉を話せなかったのも、魔法のせいなの?」
「そうだよ」
「でも、私何もしてないけど……。それに、リオは王がリオの為に私をこの世界に呼んだんだって言ってたよ?」
ジェラールが言ったことが全て正しいのであれば、リオが言っていたことは嘘であったことになる。何故、嘘をつく必要があったのか。