第22話
兄ちゃんがリオとエロイと共に城内見学をして帰った頃には、二人とも兄ちゃんとすっかりと仲良くなっていた。
万物にも好かれる絶対的な存在、それが兄ちゃんだ。同性からは憧れを抱かせ、異性からはとろけるような好意を向けさせる。
子供から大人まで、兄ちゃんを嫌いだという人に私はお目にかかったことがない。
私は本当に兄ちゃんと同じ血が通っているのかと、疑いたくもなる。高校生の時にたまたま目にした戸籍謄本には、きちんと血の繋がりがあることを示していて、漸く疑いを解いたのだ。
特にエロイが兄ちゃんに向ける眼差しは、崇拝に近いものがあり、私を呆れさせた。
兄ちゃんも兄ちゃんでエロイを弟のように扱うので、完全に図に乗っている。
「なんでお前があの素晴らしいお方の妹なんだっ」
ジェラールの部屋に入るや否や私に詰め寄るエロイを残念なものでも見るように眺めた。
単純バカだと思っていたが、ここまでバカだとは。
「さあね、そんなの知りゃしないよ」
「本当にお前は生意気だな」
「あんたは単純で、短気でどうしようもないバカだね。兄妹が同じ人柄だったら気持ち悪いだろうがっ。あんな完璧な人間は一人いれば十分なんだよ」
私は兄ちゃんとは違う。兄ちゃんが兄ちゃんだけに、他人が私に求めるものは自然と高くなる。そして、実物の私を見ては落胆するのだ。そう、今のエロイがいい例だ。
それを責めるつもりはない。だってそれが事実なのだから。
「まあ、確かにそうだな」
「でしょ? 特別な人間は稀少だからこそ特別なんだよ」
煩いエロイが納得したようなのを見て、気付かれないように小さく息を吐いた。
「兄ちゃん、ちょっとジェラ頼んでもいい?」
「いいぞ」
兄ちゃんは言わなくても分かってくれる。私がエロイのようなタイプをあしらう事を本当は苦手としていることを。
少し頭を冷やさないと、酷い態度を取ってしまいそうだ。
気分転換に散歩するに限る。
たまには一人で庭園を歩くのも良いかもしれない。いつも誰かいたから落ち着けなかった。それが、この世界に来た当初は救いであったけれど、それに慣れてしまった今は少し一人の時間も欲しい。
庭園の中には小さな噴水があり、そこにはベンチがしつらえてある。ベンチに腰をかけ、空を見上げた。今日は少し雲が多い。雲が風に流され少しずつ形を変えていく様はいくら見ていても飽きることはない。首は痛くなるけれども。
私はなんでここにいるんだろう。なんで私だったんだろう。
子守だって、それ以外のことだって兄ちゃんの方が上手くできる。それこそ兄ちゃんなら英雄にだって救世主にだってなれるだろう。
私が間違えて来てしまっただけで、兄ちゃんを喚ぶ予定だったんじゃないか。
私の居場所ってどこなんだろう。なんて私は宙ぶらりんなんだろう。
「あかり」
見上げていた顔を声のする方に向けた。
「リオ」
「隣に座ってもいいですか?」
「いいよ」
あんなに一人になりたいと思っていたのに、リオの顔を見たら、凄くホッとした。本当はリオに会いたかったのだと。
リオは私の隣に腰掛けると、私がしていたように空を見上げた。それに倣って私も空を見上げた。
「あかりは光殿が嫌いですか?」
隣に座るリオを窺い見たが、空を見たままこちらを見ることはなかった。
「ははっ、直球だね。……兄ちゃんのことは大好きだよ。嫌いとか憎らしいとか思ったこともない。だけど、エロイみたいなタイプって日本でもたっくさんいたんだよね。ああいうのは正直鬱陶しい。ほら、自分でも分かっていることを一々言われると気分が悪いでしょ? そんな感じ。私のことなんて放っておいてくれればいいのにね」
「私は、エロイを憎いと思ったことがあります」
リオがゆっくりと顔をおろし、私の瞳の奥を見つめた。
「それって……」
「私はエロイよりも劣っています。私には政治的な駆け引きをすることは出来ません。父上が私を見てがっかりし、エロイを見て満足そうにしているのを見ると、エロイが憎らしくてしかたなくなりました」
そうは言うものの、普段エロイといるときのリオからはそんな感情は見出だせない。
「今は大丈夫です。どう努力したところで人には向き不向きがあることを知っています。私が国王になれば、国が傾くのは目に見えています」
リオは噴水に視線を移してから、再び私を見据えた。
「なぜ、あかりがこの世界に喚ばれたか知っていますか?」
「ジェラの面倒を見る人が必要だったんでしょ?」
「それは建前です。実際は、父上が私を癒してくれる存在をこの世界に連れてきてくれるように魔法使いに頼んだんです。あ、誤解しないで下さい。私がそれを知ったのは、あかりを好きなのだと自覚したあとです。父上は私に負い目を感じていたようです。だから、せめて私が穏やかに暮らせるためにあかりを喚んだんです。父上には、感謝しています。あかりがいてくれるおかげで私の心はとても静かです。でも、それと同時にドキドキもしていますけど」
私はリオを癒すためにここに来た……。
「私がここにいる意味はリオなの?」
「それは分かりません。ここへ喚ばれた理由は私だったかもしれませんが、その先の意味はあかり自身が決めるものです」
リオのために私が喚ばれた。それが今はとても嬉しいことのように思える。
「リオが私を必要としてくれるなら、私がここにいる意味はリオのためだと思いたい」
「必要ですよ、間違いなく。私が光殿が現れる前の数日間、どれだけ苦しんだと思いますか? 何事かを思い悩むあかりを見て、向こうに帰ってしまうのだと思いました。引き留めたくて、別れたくなくて、でも、あかりがそれで幸せになるのなら、と何度も言葉を呑み込みました。あかり、もうあなたを放したくない。その命枯れるまで私と共にいると言ってはくれませんか?」
リオの瞳を見つめていた私は、目を見開いたまま固まってしまった。今、語られた事実を私は頭の中で整理する必要があった。
これは……、これって、そういう意味だよね?
「リオ、今のってプロポーズ?」
「はい。私の唯一の妃になってくれませんか?」
リオの傍にいたい。リオが私を必要としてくれているのなら、リオの傍に。
日本に帰れないとなった時、私なりに動揺した。もう二度と帰れないかもしれない私の故郷。故郷の風景をもう見ることが出来なくなるのは、そこに会いたい誰かがいなかったとしても辛いことだ。自分の体を構成する一部が抜け落ちたようなそんな気だってする。
けれど、リオの言葉を聞いて私の抜け落ちた何かが再び構成されようとしていることを知った。故郷にもう帰れないのなら、新しい故郷を作ればいい。その故郷として私はこの国を選んだ。リオと共に過ごすこの国を。
この郷愁のような寂しさはすぐには消えないだろう。もしかしたら、一生消えないかもしれない。だが、隣りにリオがいればそんな寂しささえ消えてなくなる気がするのだ。
リオが私といて癒されると言ってくれているように、私もまたリオに癒されている。あの魔法使いは、お互いにとって癒しになる存在として二人を出会わせてくれたのかもしれない。
「私、リオのたった一人の女性になりたい。私だけを愛してくれますか?」
「勿論です。あかりしか愛せません」
「私も、リオだけを愛します」