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第2話

 薄闇の中進む通路にいい加減うんざりしだしたのは仕方ないこと思っていただきたい。

 私たちが歩きだしてからとうに30分は経過している筈なのだから。

「ああ、喉乾いたぁ」

 何も出てくるわけがないことは、百も承知だ。

 後ろをずりずりと移動する壁ちゃんから申し訳なさそうな気配を感じる。

「今ならワインがぶ飲み出来る自信があるっ」

 グラスがないなら、らっぱ飲みでも厭うまい。

 薄々、というよりも確実に行き着く先がワインセラーでないことは分かっている。わざわざこんな時間のかかる場所へワインセラーを作るはずもないのだ。

 チェスは騒ぎ疲れたのか、私の肩でスヤスヤと眠りについていた。

 出来ることなら私も寝たい。

「ねぇ、壁ちゃん。私の言ってることが正しかったら頷いてね?」

 壁ちゃんに向かい合い、後ろ足で歩いていた。この通路は恐ろしいほどに真っ直ぐで、跌く障害物もありはしない。もし、何が現われたとしても、事前に壁ちゃんが教えてくれるだろう。壁ちゃんが優しいのには、そうそうに気付いていた。

「私たちが向かっている先にワインセラーはある?」

 壁ちゃんが左右に波打った。自分で予期していたことといっても、事実を突き付けられるとへこむ。

「そっか。じゃあ、まあもはやこれは有り得ないだろうけど、佐々倉さん家のどこかの部屋に繋がる?」

 壁ちゃんの体が左右に揺れる。佐々倉さん家のあのドアから永遠真っ直ぐに進んでいるのだから、それが有り得ないことも百も承知だ。それでも聞かずにはいられなかったのは、自分を諦めさせる為だったのかもしれない。

「私、生きてるよね?」

 ハッとしてそんなことを聞いてみた。壁ちゃんに肯定されてホッと息を吐く。もしかして、アルコールの取りすぎで前後不覚になり、頭の打ち所が悪くぽっくり逝ってしまったのかと思ったのだ。死んでからこれだけ歩かされるなら、行き着く先は地獄。

 流石にそんな悪いことはしてないよ。

 壁ちゃんには、私が何を考えているのか分かるのか、戸惑いと励ましを感じる。

「地獄ではないんだね。天国でもないみたいだけど」

 はぁ、と息をついて振り返った。

 ビタン。

 恐らくそんな音がしていただろうと思う。イヤ、もっと濁った低い音だったかもしれない。

 顔面だけじゃなく、体の表面全部をしこたま打ち付けた。

「うぅ」

 壁ちゃん、行き止まりに近付いたならそう言ってよ。

 出て来そうになる愚痴を寸でで飲み下した。

 壁ちゃんが悪いわけではない。単なる私の不注意なのだ。

 扉への激突により、気持ち良く寝ていたチェスも目覚めた。

「とっ、扉だよ。チェス」

 可愛らしく目を擦っていたチェスに、目もくれずに呟いた。

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 後ろに控える壁ちゃんに目をやる。もう、退路は断たれている。この扉を開けるしか私に選択肢はない。

 ここで少し寝てみようか、と一瞬そんな考えが過った。寝て、起きた時には兄ちゃんか佐々倉さんの心配そうな顔が見えるんじゃないか。だが、きっとそれは有り得ないんだ。

 あまりに生々しくて夢だとは思えなかった。何度頬をつねっただろうか、自分の頬だけじゃ不安で、チェスの頬まで引っ張ってみた。痛さにキーキー呻くチェスは幻聴でも幻覚でもなかった。

 私は暫くぼんやりと扉を見つめ、思案したあとドアノブに手をかけた。

 ドアノブは何の抵抗もなく回され、思い切って扉を押し開けた。


 その光は、薄闇を歩き続け疲れ切った私にはちとばかし強いもので、すぐに周りの状況を確認することなど到底無理な話だった。

 よろめくように二三歩前に歩くと、後ろ手に扉がパタリと閉まった。

 後ろを振り返ると、今までそこに現実にあった扉が、ぼんやりと輪郭を薄め、仕舞には跡形もなく消えてしまった。

「なっ」

 強引に目を擦り、再びそこを確認するが、もう扉はない。何度瞬きしても、再び現れることはなかった。

 変哲もない壁と化したそれを手でなぞるも、その痕跡すら今はもうない。

「兄ちゃんっ。佐々倉さんっ。壁ちゃんっ」

 扉の向こうの遥か遠くにいるはずの人たちを縋るような想いで呼んだ。

 その手助けをするかのように、私の頭の上でチェスは飛び跳ね、騒ぎ立てる。

 無情にも返事はない。

「諦めが悪いな、女」

 何処からともなく聞こえて来た言葉にぎくりと体を強張らせた。チェスも何か異様なものを感じたのか、私の頭上で動きを止めていた。

 誰かがこの扉の向こうにいることを予想しなかったわけじゃない。だが、希望としては誰もいない方がいいに決まっている。それがいい人なら申し分ないが、それが望んでもいない人だったら、いくらここが地獄ではないにしろ、地獄と思わざるを得なくなってしまうのだから。

 ああ、振り向きたくない。その誰かが私にとってどんな影響を及ぼすにしても、誰とも接触したくない気持ちでいっぱいだった。

「おいっ」

「そんなに急かすんじゃない、エロイよ」

 馬鹿にしたような男の声の後に、その男を窘めるようなどちらかと言えば優しげな声が続いた。

 当初の光でかすんでいた瞳は漸く正常に戻っていた。振り返ればそこにどんな人物がいるのかはすぐに目に入ってくるだろう。

「姫殿。こちらを向いては下さらぬか?」

 優しげな声が私に向けて発せられた。

「はっ、姫ぇぇ?」

 現代日本において、姫などというものは存在しない。そんなものはおとぎ話の中だけでしかお目にかかったことがないのだ。

 私が姫じゃないことは自分がよく知っている。

 突拍子もないことを言い始めた優しげな声の主に詰め寄ろうと勢い良く振り返った。

「ちょっ、あんたたちなにその恰好。コスプレパーティーでもしてたの?」

 ざっと横に一列に並んだ男女6人。一番右に貫禄のある優しい笑顔のオジサンがいて、その左隣りにそれは美しい銀の髪をした女性、その二人の子供であろう三人の人物が並んでいた。長男であろう、眼鏡をかけた少し冷たそうに見える長身の男は無表情にこちらを見ていた。その隣りで次男であろう、私と同い年か少し下くらいのまだまだやんちゃさが残るこれまた長身の男は、私を見てニヤニヤと笑っている。先程の馬鹿にした声がこの男のものであることは顔を見ればすぐに分かる。一番左に立っているのは、母親と同じ銀色の髪をした美しい少女だった。少し気だるげに私を見る姿に、どうやら無理矢理ここに連れて来られた感が漂っている。男性陣は皆一様に赤い髪をしていた。その中でも一番やんちゃで馬鹿にした声を発した腹立たしい男の髪は透明感があって美しかった。

 けっ、髪だけ美しくて、性格は悪そうだ。

 そんな6人の人物たちは皆、ひと昔もふた昔も前の西洋貴族のようないでだちをしていた。その中にいては、私だけが場違いのような気がした。

「私、コスプレとか苦手で、てか興味ないんで帰りたいんですけど。帰り方知りません?」

 6人の12個の目にまじまじと観察されて、かなり居心地の悪い私はおずおずとそう尋ねた。

 どう考えても、お近づきになりたくない種類の人たちなのだから、早々に帰るに限るのです。

 初めにアクションを起こしたのは、優しげな声のオジサンだった。私に駆け寄ると力任せに私を抱き締めたのだ。

 お腹の締め付けにより、今まで忘れ去っていた尿意が再びよみがえる。

「無理ぃっ。放してぇ、取り敢えずトイレ行かして、マジ洩れるってぇっ」


御挨拶遅れました。こんにちは、読んで頂いて有難うございます。

新しいお話が始まったのですが……、少々この作品、苦戦しております。初めに大まかなプロットを作成したのですが、その通りには進んではくれない……。私が考えている結末へとどうやって転がしていけばいいのか、悩んでいる最中であります。もしかしたら、完結を待たずに終了なんてことも……あるかも? いや、頑張りますけどね。

更新はいつもどおり(平日投稿、土日祝日等休み)で頑張ってまいります。

お付き合い頂けたら、嬉しく思います。よろしくお願いします。

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