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第19話

 見上げた空があまりに青くて、とても遠くにあるはずのそれが手の届くほどに近くにあるような錯覚を感じて手を上げた。

 誰もいないのを良いことに、庭園の芝生に横たわっていた。

 私がこの非現実的にも感じられる世界に迷い込んでから一月以上、まもなくふた月が過ぎようとしていた。

 少し考えたいことがあった私は、拗ねるジェラールをメイヤに預け、この庭園に一人で来たのだ。

「あの夢はなんだったんだろう?」

 誰に向けたわけでもないその問いは、誰に受け取られるわけでもなく、虚しく消えていった。

 私は昨日、変な夢を見た。


 どこからどこまで続いているのか判断できない、白い空間。手を伸ばせば白い壁に突き当たりそうでも、どこまでも続いてそうでもある広いのか狭いのか分からない不思議な空間。そこに存在するのは私だけ。

 右を見ても左を見ても出口を見つけることが出来ないことに不安を感じる。

 その白がいつか私に覆いかぶさり、引き込まれてしまうのではないかと思うといてもたってもいられなくなった。

 がむしゃらに走りだしてしまいたくなった。

「ここはあかりちゃんが不安になるようなとこじゃないぞぉ。安心してね」

 背後に気配を感じずに声だけが聞こえたことに私は体を奮わせた。

 恐怖を感じながら振り返った。

 だが、そこにいたのはあまりに軽そうな若い男であった。私と目が合うとぱちりとウィンクした。

「あなた誰?」

「あかりちゃんと会うのは初めてだったよねぇ」

 なにが可笑しいのかけらけらと笑いながら、私の反応を見ている。

「そうね。あんたなんか知らないからね」

 憮然と答えれば、そんな反応をする私が可笑しいのかとにかく笑いを堪える素振りもない。

 早くどっかに行ってくれないかな。

 さっきまではこの空洞のような孤独に耐えられなかったというのに、今はあの不安すら恋しいと思ってしまうほどだ。

「あははっ、ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎちゃったかなぁ」

 今まで意識したことはなかったけれど、初めて思い知った。

 私は軽い男が嫌いなのだ。今まで気付かなかったのは、私が暗にそういう類の男を避けてきた結果だろう。

「で? 私の質問に答える気あんの?」

「あーあ、すっかり嫌われちゃったねぇ」

 私ごときに嫌われたところで、痛くも痒くもないだろうに。

 私が無言で睨み付けていると、肩をすくめて漸く話す気になったようだった。

「僕があかりちゃんをこの世界に導いた、と言ったら分かるかな?」

「まさかっ、あんたがあの魔法使いなのっ?」

 そうだよぉ、と緊張感のない言葉を吐き出す。

 誰が魔法使いという言葉とこの男を結び付けて考えられるだろうか。

 こんな軽そうで、ふざけた男を魔法使いだなんて。黒いローブだって着てないし。

「なんかの間違いだと言ってよ。イヤ、もうそんなのはどうでもいいことよ。どうしてあんたがここにいんのよ。そもそもここはどこなの?」

「ここはね、あかりちゃんの夢の中だよぉ。なんで僕がここにいるかっていうと、あかりちゃんに会いたかったからさ」

 語尾をだらしなく伸ばすしゃべり方が不快で堪らない。ここに生卵があったら、間違いなくおでこに叩きつけていただろうと思う。

 そう思った途端に私の手の中に生卵が出現した。

 この非現実感はまさしく夢である。

 私が卵を持った手を振り上げて、魔法使いの方へ直進すると、ちょっと狼狽えたようだった。

 魔法使いの目の前に立って、どすのきいた声でこう言った。

「覚悟しな」

 さらに手を大きく振り上げると、魔法使いは反射的に目を閉じた。

「バーカ。本気でやるわけないじゃん。卵は食べ物なんだから、あんたのおでこでかち割るなんてもったいないことしないよ」

「冗談は止めてよ、あかりちゃん。ふふっ、でもあかりちゃんのこと気に入っちゃったなぁ。ねぇ、地球に戻るの止めてこっちにいてよ」

「やだよ。日本には兄ちゃんがいるんだから」

 ただ一人の私の肉親を安心させてあげたい。けれど、もうすでに日本に帰ることを手放しで喜べない私がいた。

 ここにはリオとジェラールがいる。ここにもまた大切な存在が出来てしまったのだ。

「それなら、あかりちゃんのお兄さんをこっちに呼んじゃえばいいんじゃない?」

 私の心を読んだのか、軽い感じでとんでもないことを事もなげに言う。

 そんな簡単な話じゃない。兄ちゃんにだって日本に繋ぎ止められるたくさんの要素があるのだ。仕事とか友人、聞いたことはなかったけど、恋人だっているかもしれない。

 私が、私のために兄ちゃんの人生を変えるわけにはいかない。

「じゃあ、聞いてみよう。あかりちゃんのお兄さんがこちらに来たいといったら、それを止める権利はあかりちゃんにはないんだからね。ああ、そうしよう」

 一人で納得したように何度も頷いた。私を完全に無視して。

「ダメだよ、絶対」

「どうして?」

 だって兄ちゃんだもん。兄ちゃんだから、後先考えずに私に会いに来ちゃう。

 笑顔で私に抱き付く兄ちゃんの姿が目に浮かぶ。

「それはあかりちゃんのお兄さんがそうしたいから、そうするんじゃない? あかりちゃんには、それが馬鹿馬鹿しい選択に思えるかもしれないけど、お兄さんにはそれが最善の選択なのかもしれないでしょ? あかりちゃんとお兄さんは別の人間なんだから、違う考えや想いがあるのは当たり前なんだよ。あかりちゃんの気持ちだけを押し付けたらダメだよ」

 こんなにチャラい魔法使いなのに、なぜか私は夢の中で説教されている。

「あかりちゃんはさ、こんなふうにおチャラけてる僕が本当の僕だと思う? 上辺だけで人を判断すると、そのうち痛い目にあうよ? それじゃ、またね」

 魔法使いは自分の言いたいことだけ告げて、私の制止など聞かずに忽然と姿を消した。

 その瞬間に私は目を覚まし、それが夢だったことを知る。


「本当に兄ちゃんがこの世界に来てしまったらどうしよう?」

 あの魔法使いは本物だったんだろうか。本物の魔法使いを目にしたことがない私に判別は出来ない。

「地球の女性はみなこんな無防備に身を投げだすのですか?」

「リオ。地球の女性だってしないかな。まれにいるかもしれないけどさ」

 リオに覗き込まれて慌てて私は身を起こす。いまさらリオにいいカッコをしても仕方ないが、少しくらいはよく思われたい。

「じゃあ、あかりは少数派ですね?」

「もうむやみにしないから言わないで、お願い」

 くすりと聞こえてリオを見れば、鮮やかにリオが微笑んでいた。クールに見えるだけに、そういう無防備な笑顔は人をひき付ける。

「分かりました。で、何がありました?」

 私はそんなに分かりやすかっただろうか。待つでもなく、リオがさりげなく待ってくれている。リオは無理矢理聞き出そうとはしない。ちょっと距離をとって相手が口を開くまで優しい空間を作りながら待っていてくれるのだ。

「何があったとかじゃないんだけど。……一つ聞いてもいい? 魔法使いってどんな感じの人? リオは会ったんでしょう?」

「ええ。魔法使いは見るからに軽そうな若い男でしたよ。一見魔法使いには見えなかったです」

「金髪で青い目、背は高くて、魔法使いらしい黒いローブなんか着てなくて、しゃべり方がだらしなかったりする?」

「なぜそれを?」


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