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第18話

「メイヤ様、おかゆをお持ちしました。それと、ラクール様が昼過ぎに診察にくるそうですので」

 ジェラールを気遣ってか、寝室をノックしたあと扉は開けずにその場で私に呼び掛けた。

「ジェラ、メイヤを中に入れても構わない?」

 ジェラールは繋いだ手に力をこめたが、すぐに力を弛めこてんと頭を下げた。

「メイヤ。中におかゆを持って来てくれる?」

 メイヤの元気な返事のあと、扉が開かれトレイを片手に持ったメイヤが姿を現した。

「ありがとう。メイヤ」

「いいえ、礼など不要です。ノアンさんからあかり様の食事も受け取って参りました。この国の料理は口に合わないかもしれないけど、我慢して食っとくれ、といってました」

「そう。ノアンさんの料理が口に合わないわけないのにね」

 ノアンさんのあまりの言いぶりに吹き出してしまった。

「メイヤ、ここに置いてくれる?」

 ベッド脇の小さなテーブルにトレイを乗せてもらう。

「では、私はこれで。殿下、お大事にしてくださいませ」

 ジェラールに深々と頭を下げ、メイヤは寝室を出ていった。

 こんなに小さくても、王子様なんだな。

 などと、感心してしまった。

「ジェラ、おかゆ食べさせてあげるね」

 微量を匙に乗せ、十分に冷ましてからジェラールの口元に運んだ。ジェラールは素直にそれを口におさめると、美味しそうに咀嚼した。

 どうやら食欲はあるようだ。

 ジェラールの様子を窺いながら、口に運び、殆どおかゆをたいらげた。

 この調子ならすぐに治りそうだ。昨日は、ジェラールの辛そうな姿を見ていて、不安で不安でしかたなかったが、少しずつ快方に向かう姿を見て心にゆとりも出て来た。

 ラクールが置いていった薬は粉状のもので、指示どおり少量の水で溶かしてそれをジェラールの口に運ぶ。苦そうに顔を歪めるジェラールを気の毒に思うが、飲まないことには早くよくならないのだ。

「ごめんね。不味いよね。あと一口だから頑張ろう」

 涙目になりながらも最後まで飲み切ったジェラールは、心なしかぐったりとしている。

「さぁ、ジェラはもう少し寝ようか」

「ねむ、ない」

「眠くなくても寝ないと良くならないよ?」

「ねう」

 少し拗ねたように唇を尖らせて、でも、渋々ながら横になったジェラールににっこりと微笑んだ。

 ジェラールが寝息をたて始めたのを確認して、ノアンさんが作ってくれた朝食に手をつけた。だが、右手をジェラールがしっかりと握っているので、左手しか使えない。だが、フォークなので食べれなくもない。

「貸してください」

 突然フォークを奪われ、小さな悲鳴を上げたが、すぐに口をつぐんでジェラールが目覚めていないか確認する。すやすやと寝ている姿を確認して、胸を撫で下ろした。

「すみません。驚かせてしまいましたか?」

「うん、びっくりした。リオ、いつのまに?」

「一応ノックはしたのですが、応答がなかったので、勝手ながら入らせて貰いました」

 ノックなど全然聞こえなかったし、気配も全然感じなかった。

「あの、リオ。フォークを……」

「私が食べさせてあげます。さあ、あーんしてください」

 微笑を浮かべたリオは、有無を言わさぬオーラを纏い、口元にフォークを運んでいる。その微笑がとても優美で、眼鏡の奥に隠れている瞳はとても柔らかかった。

 日本でなら、絶対に拒否していたと思う。こんな羞恥プレイをさせられたら、恥かしすぎて逆上していたかもしれない。けれど、ここは日本ではなく、現実ではあるけれど、どこか非現実的な世界。そして、目の前にいるのは私が好いた男で、私を好いてくれる人。ここにいるのは私とリオ。ジェラールもいるけれど、今は寝ているから誰にも見られる心配はない。

 私は、自分に沢山の言い訳をして口を開いて、フォークを迎える。

 リオがこんな甘い行為をしてこようとは思いもしなかった。私が思っていたリオとは少し違うのかもしれない。私のイメージでは、恥かしくてこんな行為は考えられないというタイプだと思っていた。

 恥かしさより、リオの今の表情が気になって、視線だけを上げた。

「リオ……」

 リオは、自分の振る舞いを恥じているのか、悶絶していた。

「リオ、恥かしいならやらなくて良かったんだよ?」

「いえ、女性はこういう風にされると喜ぶと聞いたので」

「誰から聞いたの、そんなこと」

 喜ぶ女性がいないとは否定できないが、この行為はいわゆるバカップルがするような行為だ。バカップルを否定するつもりはないが、私が特別それらに憧れているかと問われればノーかもしれない。

「メイヤに。あかりは嬉しくないですか?」

 やっぱりリオだった。どこか抜けているというか、素直というか。メイヤが本当に私がそれを喜ぶかどうか知っていると思う。だから、メイヤはからかったのだ。そして、それを実行したリオはまんまと騙されたのだ。

「そうだなぁ、嬉しくなくもない……かな?」

「それは、嬉しいということですか?」

「あのね、嬉しいってよりも恥ずかしいって方が勝ってるかな。私にはちょっとハードルが高かったかも。でも、私が喜ぶんじゃないかって、その為にリオはしてくれたんでしょ? それは凄く嬉しかった。リオに想われてるんだなって思えた」

 恥かしくてもその手から食べさせて貰おうと思ったのは、そんなリオの気持ちが嬉しいと思ったからだ。そんなリオが可愛いと思ったからだ。

「私の気持ちは伝わっていませんか? どうすれば伝わるでしょうか」

 そんな風に真剣に悩んじゃう所が凄く可愛いと思う。真面目で不器用で、少しばかり要領が悪くて、それでも一生懸命なところが。

「伝わってるよ。うん、今、伝わってる。あのね、リオ。手を握ったり、抱きしめたり。言葉だってそうだし、態度でだって人の気持ちは伝わるよ」

 私はリオの手を取って、手のひらにキスを落とした。そして、その手を自分の頬に押しつけた。

「伝わった? 私の気持ち」

 顔をほおずきのように赤らめて、ぶんぶんと頭を上下するリオを私は愛しい気持ちで見つめた。

 他の人といる時のリオは言わばクールガイ、けれど、私と二人の時のリオはまるで純な男の子みたいだ。年上とは思えないその愛らしさに私はやられた。

 私はずっと精神年齢の高い落ち着いた大人な男性がタイプだと思っていた。けれど、実際好きになったのは見た目とは違う純情ボーイだったようだ。それを、可笑しく思うことはあっても、不快に感じることがない。

 少し情けないリオの姿も全然気にならなかった。私が包み込んであげたいと思うほどだ。

「ふふっ、良かった。じゃあ、リオ。折角だから食べさせて」

 少し甘えて見せると、リオはさらに頬を赤らめた。それでもいそいそとフォークを私の口に運ぶ。

「リオ、キスして」

 今、そんなことを私が言ったら、リオは茹で上がって蒸発してしまうかもしれない。言ってみたいと悪戯心に火が付きそうだったが、ジェラールが寝込んでいるのにあまりイチャイチャするのもどうかと思ったので止めておいた。

 いつか、リオにキスして貰おう。自分からおねだりするのがいいと思う。いいムードの時じゃなく、突然というシチュエーションがいいと思う。リオがびっくりして動揺してしまったところで、チュッとするのだ。

 いつか実行されるかもしれない計画を頭の中で思い描いて、くすりと笑った。

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