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第16話

「気持ち悪い」

 開口一番そう言ったエロイを無視して、私はジェラールを膝の上に乗せ、絵本を読み聞かせていた。

「お姫さまと王子さまは末永く幸せに暮らしましたとさ」

 ぱたりと絵本を閉じると、ジェラールをテーブルに座るように促した。

 文字を読めたのは、私には嬉しい誤算だった。言葉は大丈夫だとしても、文字はさすがに読めないだろうと思っていたからだ。因みに文字も書ける。どうやら相当優秀な魔法使いなのだろう、色々と都合のいいオプションがついているようだ。

 それにしてもこちらのお伽話は日本のものと全く同じものと言っていいものだった。今日ジェラールに読み聞かせたものだって、『シンデレラ』だったのだから。

「今日のおやつは(なんちゃって)マドレーヌだよ」

 昨夜のうちに焼き、予め用意しておいたマドレーヌをテーブルの上に置き、つい今しがた侍女が届けてくれたミルクをコップに注ぎ、ジェラールの前に差し出した。

 自分には紅茶をいれ、ふと手を止める。

「エロイも食べるの?」

 エロイの存在を無視してしまってもいいのだけれど、一応この国の王子であるので仕方なく配慮したのである。

「食べるに決まってるだろう?」

「ならさっさとすわんなさいよ」

 エロイにも紅茶をいれてやり、ジェラールの隣に腰を落ち着けた。

「ジェラ、美味しい?」

「おいしっ」

 少しずつ言葉が増えてきたジェラールは嬉々として叫んだ。

 甘い物の大好きな(子供なら誰しもそうだと思うが)ジェラールは、おやつの時間が大好きで上機嫌だ。

「そっか、良かった」

 料理を褒められるのは嬉しい。

「あかり、ジェラール。ご一緒してもいいですか?」

 ノックのあと、ひょっこりと顔を出したリオが言った。

「リオっ。いいよね、ジェラ?」

「リーオっ。いぃっしょ」

 ジェラールはリオが大好きだ。部屋にこない日は少し拗ねたように見える。

 私とジェラールは好みが一緒なのだ。

 リオが来たことで自然とウキウキしてしまう私を見て、エロイが白い目をしてこう言った。

「気持ち悪い」

「うっさいわ。あんたは何度同じことを言えば気が済むんだよ」

 あんまりしつこいエロイにとうとうキレてしまった私は、慌ててリオを見た。

「また何か言われたんですか?」

 私の暴言を気にすることなく、クスクスと笑うリオが眩しく映った。

「んーん、何でもない。エロイがバカなだけ。こんなバカ放っておいて早く食べよう」

「あかり。今日も美味しいですね」

 リオに言われると格別に嬉しい。ふわふわと宙を漂っているような足元が覚束ない感覚。

「そうだ、リオ。私の部屋、この部屋の近くにしてもらえないかな? あんまりに遠いから、何かあっても飛んできてあげられないし……ダメ?」

 夜のジェラールが心配なのだ。一人で泣いていても私は気付いてやれない。

「隣りの部屋が空いていると言えば空いているのですが、贅沢な作りではないですし、なにより狭いですよ」

「私は贅沢な部屋じゃなくて十分なの。私一人寝るスペースがあれば問題ない」

 今の部屋は、日本で一般人だった私には、大分贅沢すぎて気後れする。ベッドが大きすぎて落ち着かないし、寝室だけで、兄ちゃんと二人で住んでいたアパートの広さなのだから。

「本当にいいのですか? あかりが望むのでしたら、部屋を整えさせます」

「ありがとう、リオ。ねぇ、そういえばメイヤがここに近付くことは禁止されてるって聞いたんだけど、私がこっちに来たら私の侍女って違う人に変わっちゃうのかな?」

「選ばれた侍女しかこちらには立ち入ることは禁じられていますが、メイヤなら大丈夫でしょう。ですが、あかり付きの侍女は一人だけになりますが、いいですか?」

 そもそも私はまだメイヤとしか会ったことがないのだ。私は朝起きたらすぐに厨房に行き、そのままジェラールと共に一日を過ごし、夜また戻ってくる。朝も夜もメイヤしかおらず、メイヤの言によれば、昼間私の部屋を清掃してくれたりしていたらしいのだが。

 会わずままお別れみたいでなんだか申し訳ないけど……。

「私は問題ないけど。メイヤ一人で問題ないならいいんだけど」

「それは大丈夫でしょう。あかりはあまり侍女に頼らないようですし、部屋も小さくなりますから、負担はないでしょう」

「そっか、ならいいんだ。ジェラ。私、お隣に引っ越してくるからね」

 がむしゃらにマドレーヌを食べていたジェラールは、きょとんと首を傾げた。

「引っ越し」

「ひこし?」

 引っ越しの意味が分からないのだろう。今度は逆に首を傾げた。

「引っ越し。近いうちに私のお部屋がジェラの部屋の隣になるの」

「となり? となり、いこと?」

「うん。すぐにジェラに会いにこれるから、淋しくないでしょ?」

「あぁり、となり。さみしないっ」

 私の言ったことを理解してくれたのか、嬉しそうに私に抱き付いた。あまりに愛らしいジェラールの頭を丁寧に撫でてあげると、嬉しいのか私の腕の中でキャッキャッと笑っている。

 勿体ない。こんなに可愛らしい時期を共に過ごさないなんて。

 王妃が受けた過去の事件を考えれば、ジェラールを良く思えないのは仕方のないことなのかもしれない。その辺は人の感じ方によって違うのだろうし、その事件の記憶があまりに酷く心に残っているのなら、それも頷ける。でも、ジェラールは王妃の血が繋がっている子供だとは思えないだろうか。例の神官の血を継ぐ子供ではなく、自分の血を継ぐ者だとは思えないだろうか。

 子供の一番可愛い時期に一緒にいれなかったことをいつか後悔しやしないだろうか。

 王妃と話したことがないので何とも言えない。王妃がどれほどジェラールを悪しく思っているのか。王妃と話がしてみたい。ジェラールのことを話しに上げることさえ良しとしない王族を抜きにして二人きりで話せないものだろうか。話が出来ないほどに、王妃は病んでしまっているのだろうか。


 私がジェラールの隣りの部屋に引っ越してきたのは、それから約1週間後のことだった。

 リオによって整えられたその部屋は、今までお世話になった部屋よりはよっぽど狭かった。けれど、庶民の私には申し分ない広さで、私の希望通りシンプルにまとめ上げられているので私は大満足だった。リオはいつまでも、狭いことを気にしていたようだが、私が頑なにその部屋に移るというので最後には諦めていた。

「ここが私の部屋だよ。ジェラの隣り。ねっ、近いでしょ?」

 ジェラールの手を引いて私の部屋を案内する。

 ジェラールは私の手を離れると、嬉しそうにあちこち見て回っては、ぴょんぴょんとはしゃぎ跳ねまわっている。

 いつもとは違う部屋に興奮しているのか、今日のジェラールはいつにもましてハイテンションだった。

「あぁりのえやっ、えやっ。となり、となり、ちかいっ」

 ジェラールがでたらめな節をつけて、走りながら歌っている。そんなに嬉しかったのかと、呆れてしまうほどに今日のジェラールは絶好調だった。

 走り回り、跳ねまわっていたジェラールは洋服が汗でびしょびしょになっていた。

「凄い汗ね、ジェラ。ジェラの部屋でお着替えしよう」

 走り回るジェラールを捕まえようと手を伸ばした私の視界からジェラールが消えた。びっくりして立ち止まると、ジェラールがその場に倒れている姿が目に飛び込んできた。

「ジェラっ」

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