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第12話

 うっかり発言が案外恐ろしいことに、私は初めて気付いた。


「ジェラ。このかつらをかぶってごらん」

 メイヤが変装用に作ってくれたそのかつらは、見事な黒い毛だった。

 リオにジェラールのことを色々と聞いたあの日から一週間ほどがたっていた。

 そのあとすぐにメイヤにジェラールに女装をさせてみようと考えていること、かつらを用意して欲しい旨を伝えた。

 いくら小さいとはいえ、ジェラールに女装をさせるのは、酷ではないかと意見を受け、結論として黒髪のかつらを作り、私の弟と名乗らせることに落ち着いた。まさかメイヤが手作りでかつらを作ってくれるとは思っていなかったが。

 その間、私はリオとは会っていなかった。恐らく避けられているんだろうと思う。私からも会いにいこうとは思えなかった。私は魔法使いが姿を現したら日本に帰るのだ。道が分かれると知っているのに、これ以上気持ちを肥大させるわけにはいかない。だから、私には都合が良かったといえる。

「うん。これなら大丈夫かな。ジェラ、お外に散歩に行ってみよう?」

 この一週間ほどでカーテンは完全に開けられるようになり、ジェラールは光にも慣れた。かつらも出来たことだし、外に出てみるのもいい頃だと思われた。

 ジェラールは一瞬キョトンとした表情を表面に張り付けたが、すぐに笑顔へと変わった。

 最近のジェラールは、私を害のない存在と認めてくれ、心を少しずつ開いてくれている。言葉はまだまだ出てこないが、何かを言いたそうに口を開くことがある。結局、諦めたように口をつぐんでしまうのだが、いい傾向だと思っている。

 私の料理を気に入ってくれたのか、がつがつと毎食残さず食べ、少しふっくらしてきたように見ている。とは言っても、初対面時がガリガリだったので、漸く見ていて痛ましくないほどになったというところなのだが。

 黒髪のかつらをかぶったジェラールと手を繋いで部屋を出た。扉をくぐるときに少し緊張したように私の手を強く握ったが、大丈夫という意をこめて握り還すと安心したように肩の力を抜き、一歩を踏み出した。

 私からしたら小さな一歩だが、ジェラールにとっては大きな一歩だった。

「あかり様。お出掛けですか?」

 声をかけてくるのは、大抵が顔見知りであり、信頼のおけるもの達だった。

「うん。ちょっと散歩」

 声をかけられるたびに萎縮するジェラールだったが、私が気軽に話している様をみると落ち着くようだった。

「気をつけて行ってらっしゃいませ」

「うん、行ってくるね」

 大抵の人がそんな好意的な会話を繰り広げるが、時折私に対し、胡散臭そうな視線を向ける。黒髪が珍しくて不躾な視線を向ける者もいる。だが、私はあまり気にしていなかった。

 それでもなるべくジェラールの負担をさけるため、人気の少ない道を選んだ。


 思えば私自身この世界に来てから外に出たことがなかった。

 室内からみる空と直接見る空はやはり新鮮さが違う。ジェラールは生で見た初めての空、外の空気、解放感、それらに感動しているようだ。

 肩の上に乗っていたチェスは、久しぶりの外にはしゃいで、どこかへ走っていってしまった。だが、私は焦ったりしない。チェスが私のところに必ず戻ることを知っているから。ふと、可笑しくなる。思っていることが、浮気な彼を信じて待つ女の心理に似ていたから。けれど、相手が彼なら恐らくこんなゆとりはなかっただろう。

 私はジェラールの手を引いて、庭園の奥へと進んでいった。メイヤに頼んで、庭園の人気のない穴場をリサーチして貰っていたのだ。そこなら存分に遊べると、太鼓判を押された場所だ。

 湖の近くではジェラールが落ちてしまいそうで、不安がある。森の近くはジェラールが迷い込んだり、獣が出没したりすると大変だ。地面は芝生で、草原のようにある程度開けた場所、しかし何かあった時に身を隠せる箇所があり、声を出しても届かないある程度城から離れた位置にある。私の条件に合った最適な場所だった。

 初めはジェラールが思いのまま体を動かすのを見守っていた。

 芝生の感触が良かったのか、座り込んで芝生を手で触れてみる。芝生に紛れて咲いている小さな黄色い花を見つけて摘んでみたり、ちょうちょを見つけて追いかけてみたり、バッタのようなものが飛んで来たのに驚いてひっくり返ってみたり。

 私には、よくある普通の芝生に見えるけど、ジェラールには全てが初めてで、全てが新鮮で、全てが発見で、全てがおもちゃなのだ。

 太陽の光の下で見るジェラールの頬はほのかに赤らんでいた。

 私が初めてジェラールを見た時、お化けだと勘違いしてしまうほどに陰に満ちていた。その面影は今はないと言ってもいいだろう。

 ジェラールは本当によく笑うようになった。

 母親が幼稚園の卒園式に子供の成長を見て涙を流す、そんな感情を私はこの時初めて理解した。恐らくその感情はもう既に兄ちゃんは知っている。私の高校の卒業式の日に、兄ちゃんは周りをドン引きさせるほどに泣きじゃくっていたのだ。あの時は、何をやっているんだと呆れていたけど、今なら少しは分かる。まだ、ほんの少しだけど。きっとこれからもっと知っていくことになるのだろう。

「ジェラ、ボールで遊ぼう」

 メイヤに貸して貰ったボールは、この世界では違う名前があったようだが、覚えていないのでボールとそのまま呼んでいた。少し硬めのボールだが、蹴ったり投げたりするのはまだジェラールには無理だと思うので、これくらいでも大丈夫だろう。

 ジェラールの方へころころと転がすと喜んでそれを追いかける。そのボールを投げようとするが、下に叩きつけるようになってしまう。

「ジェラ、ころんてしてごらん」

 身ぶりを交えて伝えると、どうにかボールが返って来た。ジェラールに少し運動をさせようと、今度はジェラールの前ではなく、少し外してボールを転がしてみる。タタタッと走ってボールを取りに行く姿は何とも可愛らしい。そして、ボールを取った時の誇らしげな顔に、頭を撫でくり回したくなる。

「上手だね、ジェラ」

 褒めてやると嬉しそうに、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 ああ、かわゆい。他人の子でこんなに可愛いんじゃ、自分の産んだ子ってどんなに可愛いんだろう。

 まだまだ小さいジェラールのこと、すぐに体力もなくなり、ボールにも飽きると思っていたが、いくら走っても疲れ知らず、おまけにボール遊びが気に入ったのか、何度も何度も転がせと促してくる。ほんの少ししか動かない私の方が疲れてくるってどういうことなんだ。

「ごめん、ジェラ。ちょっと休憩させて」

 芝生の上でごろんと横になった。

 この国の貴族の女が見たら、卒倒するようなこんな振る舞いをジェラールに見せるのは教育上良くないのかもしれないが、あんまりに疲れて横になりたかった。

 空はとても奇麗で。日本の空と何も変わらないように見えた。目を閉じて、パッと開ければ日本に戻れていたらいいのに、と思わないこともないが、今はジェラールを中途半端で投げ出すことは出来ないと思った。

「おい、疲れたのか?」

「うおっ、エロイか。うん、ちょっと疲れたから休憩。この国ではこんな風に寝るのはお行儀悪いんだろうけど、見なかったことにしてぇ」

 それには何も言わず、エロイが私の隣りに腰をおろし、一人でボールと戯れているジェラールから目線を逸らさずに口を開いた。

「お前、兄上と結婚するんだな?」


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