あなたが落としたのは
俺は夜の森で木にもたれかかり、目の前の池に小石を投げた。ぽちゃりと音がして小石は池に吸い込まれる。
「はは……やっぱなんも起こらねぇよなぁ……」
俺は自嘲気味に呟いた。
俺には幼稚園の頃、仲が良かった奴がいる。
そいつは泉に斧を落とした正直者が幸せになる童話が好きだった。二人でよくこの池に小石なんかを投げてごっこ遊びをしていた。
俺はそいつのことが好きだった。このままなんとなく一緒にいて、なんとなく結婚するものだと思っていた。
けど、そのなんとなくは未来永劫来ることは無かった。そいつは俺が風邪をひいた時、一人でこの池にやって来て誤って落ち、溺れて死んだ。
遺体が上がっても、葬式に出ても、俺はその事実が受け入れられなかった。俺は池に行っては女神に願った。
「寧々(ねね)を返してくれ!」
何度も、何日も、何年も繰り返し叫んだが、何も起こることはなかった。
俺は寧々が好きだった童話が大嫌いになった。
そして俺は荒れた。学校にも行かなくなり、家族との喧嘩を繰り返た。生きてる意味がわからなくなった。
そして今も家から飛び出してきたところだ。
俺はまた池に小石を投げる。何故、未だにこんなことをしてしまうのだろう。そんな事を考えていると……。
パァァァ……。
「ん? え?」
池が突然輝きだした。混乱していると、池の中から明らか『女神です』という風貌の者がすーっと出てきた。女神は言った。
「あなたが落としたのはこの金の小石ですか? それとも銀の小石ですか?」
「は……は……」
これ、現実か? でも、俺がずっと願っていたのは……。
俺は地面に頭をつけて叫んだ。
「大嘘つきでもなんでもいい! 寧々を……寧々を返してくれよぉ……!」
俺の慟哭が森の奥に消えた頃、女神は静かに言った。
「あなたは嘘つきですが、心は正直者です。正直者には褒美を与えましょう」
そうしたら、声が聞こえた。
「勝(しょう)くん」
その声は……忘れかけていた……けれど焦がれていた……。
俺は頭を上げる。
「久しぶり」
そこには寧々がいた。あの時のままの寧々。
「寧……々……?」
「そうだよ」
俺は立ち上がって池にふらふらと歩き出す。すると寧々は言った。
「おっと、ストップ。そのままじゃ池に落ちちゃう」
「そんなことどうだっていい……。俺は寧々と一緒にいられれば……」
俺がそう話すと寧々は顔をしかめた。
「わたし、勝くんがそんな風に生きてるの悲しい」
俺はその言葉に歩を止める。
「勝くんがおじいちゃんになるまで頑張って生きたら……その時はまた遊ぼ」
寧々はそう告げて微笑んだ。
ああ……そういえば寧々はこういう奴だった。俺は泣きながら笑った。
「うん」
目が覚めた。
辺りを見回すと池も光っていないし、女神も寧々もいない。
「夢……?」
自分の顔を触ると涙のあとがあった。そして反対側の手には小石が握られていた。
「……」
俺は小石を投げることはせずにその場に置いて立った。
まず、家族に謝って、それから学校にも行こう。そうじゃないと……寧々に呆れられちまう。
俺は池を後にした。
あの池で落とした大切なものが返ってきた気がする。
寧々が好きだった童話が、また好きになれたかもしれない。




