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あなたが落としたのは

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/10/01

 俺は夜の森で木にもたれかかり、目の前の池に小石を投げた。ぽちゃりと音がして小石は池に吸い込まれる。

「はは……やっぱなんも起こらねぇよなぁ……」

 俺は自嘲気味に呟いた。


 俺には幼稚園の頃、仲が良かった奴がいる。

 そいつは泉に斧を落とした正直者が幸せになる童話が好きだった。二人でよくこの池に小石なんかを投げてごっこ遊びをしていた。

 俺はそいつのことが好きだった。このままなんとなく一緒にいて、なんとなく結婚するものだと思っていた。

 けど、そのなんとなくは未来永劫来ることは無かった。そいつは俺が風邪をひいた時、一人でこの池にやって来て誤って落ち、溺れて死んだ。

 遺体が上がっても、葬式に出ても、俺はその事実が受け入れられなかった。俺は池に行っては女神に願った。

「寧々(ねね)を返してくれ!」

 何度も、何日も、何年も繰り返し叫んだが、何も起こることはなかった。

 俺は寧々が好きだった童話が大嫌いになった。

 そして俺は荒れた。学校にも行かなくなり、家族との喧嘩を繰り返た。生きてる意味がわからなくなった。

 そして今も家から飛び出してきたところだ。

 俺はまた池に小石を投げる。何故、未だにこんなことをしてしまうのだろう。そんな事を考えていると……。

 パァァァ……。

「ん? え?」

 池が突然輝きだした。混乱していると、池の中から明らか『女神です』という風貌の者がすーっと出てきた。女神は言った。

「あなたが落としたのはこの金の小石ですか? それとも銀の小石ですか?」

「は……は……」

 これ、現実か? でも、俺がずっと願っていたのは……。

 俺は地面に頭をつけて叫んだ。

「大嘘つきでもなんでもいい! 寧々を……寧々を返してくれよぉ……!」

 俺の慟哭が森の奥に消えた頃、女神は静かに言った。

「あなたは嘘つきですが、心は正直者です。正直者には褒美を与えましょう」

 そうしたら、声が聞こえた。

「勝(しょう)くん」

 その声は……忘れかけていた……けれど焦がれていた……。

 俺は頭を上げる。

「久しぶり」

 そこには寧々がいた。あの時のままの寧々。

「寧……々……?」

「そうだよ」

 俺は立ち上がって池にふらふらと歩き出す。すると寧々は言った。

「おっと、ストップ。そのままじゃ池に落ちちゃう」

「そんなことどうだっていい……。俺は寧々と一緒にいられれば……」

 俺がそう話すと寧々は顔をしかめた。

「わたし、勝くんがそんな風に生きてるの悲しい」

 俺はその言葉に歩を止める。

「勝くんがおじいちゃんになるまで頑張って生きたら……その時はまた遊ぼ」

 寧々はそう告げて微笑んだ。

 ああ……そういえば寧々はこういう奴だった。俺は泣きながら笑った。

「うん」


 目が覚めた。

 辺りを見回すと池も光っていないし、女神も寧々もいない。

「夢……?」

 自分の顔を触ると涙のあとがあった。そして反対側の手には小石が握られていた。

「……」

 俺は小石を投げることはせずにその場に置いて立った。

 まず、家族に謝って、それから学校にも行こう。そうじゃないと……寧々に呆れられちまう。

 俺は池を後にした。


 あの池で落とした大切なものが返ってきた気がする。

 寧々が好きだった童話が、また好きになれたかもしれない。

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