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幸運を招く木  作者: 彼岸花


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3/4

飽和する幸運

「という感じで、なんかすごいついてるんだよ!」


 そうして精密検査も終えて無事退院した沙綾は翌日の放課後、友人二人にこれまで経験した『幸運』の話をした。

 夕暮れを迎えた住宅地の道すがら。沙綾は友人二人の前を歩く形で、家路に就いていた。周りに沙綾達以外の姿はない。わいわい騒いでも、そこまで白い目では見られないだろう。


「……………」


「……………」


 なのに話を聞かされた由香と千歳は、黙ってしまう。

 由香は無表情で何か考え込んでいて、千歳は苦笑い。二人とも、沙綾の話に納得していない様子だ。

 思ったのと違う反応に、沙綾は首を傾げる。


「いや、なんで黙るのさ。すごーいとか、羨ましーとか言ってよ」


「へ? あ、えと、す、すごーい?」


「あからさまに気持ちがこもってない!」


 千歳のぎこちない褒め言葉に、渾身のツッコミ。言い方はふざけたが、どうにも納得出来ない。

 別に、真面目に受け取ってほしかった訳ではない。

 しかしこうもぎこちないと、話題に出したこちらに問題があるような気がする。神社で幸運をもらったやったー! というだけの話なのに。

 戸惑っていると、由香が小さくため息を吐いた。それから沙綾の方を見据える。


「……あのさ、前から思ってはいたんだけど」


「え。何々?」


 由香からの話に真剣味を感じ、振り向いた後に足を止めた

 瞬間、背後からグシャアッと派手な音が鳴る。

 驚き、恐る恐る後ろを見れば……大きな木の枝が、道を塞いでいた。

 どうやら近くの家の庭木から、枝が落ちてきたのだろう。枝は中々の大きさで、頭を直撃すればそこそこの大怪我になりそうだ。

 立ち止まらなければ、程度の差はあれ怪我をしていたかも知れない。由香が話し掛けてくれなければ、きっとそうなっていた。


「へ、へへへ。これも幸運ってやつ? すごくない?」


 余計な心配をさせたくない気持ちもあって、沙綾は自分の幸運をアピールする。

 由香と千歳は、黙ってしまった。由香など思いっきり苦々しい表情を浮かべ、千歳からも笑みが消えている。何故そんな顔になるのか、させてしまったのか分からなくて、沙綾も顔が強張ってしまう。


「そ、そーだ! みんなもまた幸来神社に行こうよ! 今度こそ全員で触って幸運を……」


 それでもどうにか明るい話題を出そうと、三人で出掛けようと誘う。


「いい加減にして」


 由香の答えは、声色だけで分かるぐらい強い拒絶だった。


「え? えっと、由香……?」


「アンタ、本当に気付いてないの? それとも見て見ぬふり? 別に前者だとしても間抜けだとは思わないけど、友人がこうなると結構本気で苛つくわね」


 それに対する由香の返答は、本気で呆れと怒りが混じっていた。

 呆れるなら兎も角、怒られるとは思わなかった。沙綾は目を丸くして、キョトンとしてしまう。由香も、自分が思ったより感情を出した事に戸惑うように、少し目を逸らす。


「え、えと、由香ちゃん、落ち着こう? いきなり言われても、沙綾ちゃんも戸惑っちゃうから。ね?」


 千歳が間を取り持つように声を掛け、由香はまたため息を一つ吐く。小さな仕草だが、気持ちの切り替えは出来たのだろう。

 由香は沙綾と向き合い、今度はハッキリと告げてきた。


「アンタ、幸運どころか不運に見舞われてるって認めなさいよ」


 沙綾の認識が、間違っていると。

 言われたが、沙綾はその言い分を理解出来ない。

 だって、幸運なのは明らかなのだから。


「……い、いやいやいや? 何言ってんのよ。私、ちょーついてるじゃん?」


「何処が?」


「だってほら、今だって落ちてきた枝に当たらずに済んだし」


「枝で道が塞がって通れなくなっただけじゃない」


「え、英語の小テストの山が当たったし」


「本当に幸運なら抜き打ちテスト自体受けずに済んでるでしょ」


「通り魔に襲われなくて済んだし」


「それで遅刻したじゃない」


 反論しても次から次に否定され、沙綾はついに言葉を失う。

 そう言われたら、確かにそうかも知れない。

 そうかも知れないが、認められない。自分が不運だなんて思いたくない。


「わ、私が不運なんて、変な事言わないでよ! だって、幸来神社のご利益まで受けて……」


「そもそも、そのご利益が怪しくない? あの神社で御神木に触れた時から、露骨に不運じゃない。財布を落としたとか、なんだとか」


「そんな事ない! だって、じゃあ……」


 反論しようとして言葉に詰まり、そして沙綾は思う。

 なんで、こんな必死になって否定しているのだろうか。

 喚いて拒絶するような話ではない。由香の話は、ついてる訳じゃない、と言ってるだけ。確かにそうかも、と認めれば終わるだろう。

 なのにどうしてか認められない。


「……まぁ、だからどうしたって話ではあるけど」


 自分自身の内心に困惑している中、由香は話のトーンダウンを試みたのか。大した事ではないと、そんな物言いをする。

 そう言われて、沙綾は気付く。

 だからどうした。そうだ。だからどうしたなのだ。これが不運だったらなんだというのか。

 不運だったら、()()()()()()()()()()()()


「(あれ……?)」


 それでいいのか? 自分の考えが、何かおかしい気がする。

 おかしいと思うのに、じわじわと考えが頭の中を満たす。不運なら幸運になるべきだ。幸運になる方法は一つだ。幸運にならなければきっと不運に見舞われる。

 不運になったら、今まで経験した「不運にならなかった」事も、現実になってしまう。

 ――――それが本当に自分の考えなのか、自信が持てない。無性に心を掻き立てられ、不安で心身が押し潰される。どうにかしなければと思うが、どうにかする方法なんて一つしか思い付かない。

 幸運を呼ぶ木に触れる。それしか不運を帳消しにする『幸運』を得る方法は、ないではないか。


「そう、だ。不運なんだから、幸運を招かないと」


「沙綾? どうし……」


 声を掛けてきた由香を無視して、沙綾は走り出す。

 由香と千歳達は、追ってきているだろうか。

 後ろを振り返っていないから分からない。だがあの二人は沙綾と比べて、ずっと体力がない。普通に走っても二人を置いていく事は出来る。

 ましてや焦燥感に突き動かされる今の沙綾は疲れ知らず。今までにない速さで、今までにない時間走り続ければ、由香達なんてもう見えない。

 何時の間にか、沙綾は幸来神社に辿り着いていた。

 夕方を迎えても神社は盛況で、大勢の人が列を作る。並んでいられない気持ちになるが、どうにかそれを抑え込んで列に加わった。すぐに後ろに人が続き、沙綾は人混みの中へと入り込む。

 ぞろぞろと進む列。

 早く進め、急いで前に行け、ちんたらするな……心の中の悪態が止まらない。もしかすると声にも出ているかも知れない。普段らしからぬ気持ちだと自覚するのに、心の動きを抑えられない。

 そんな気持ちだからこそ、なのだろうか。沙綾は気付く。

 列を作る人混みの何人かが、自分と同じように焦りを感じさせる顔をしていると。


「(ああ、そう、なんだ。また、幸運になろうと、している人も、いるんじゃん)」


 自分だけではない。

 その状況に沙綾は安心する。自分だけではない、案外普通の事なんだと思う。

 思おうとしている、と言うべきかも知れない。

 途中何人かが、我慢出来ず列を無視して前に行こうとする。ただのマナーが悪い観光客ではない。一刻も早く幸運を得たい人々なのだと、今なら分かる。

 感情のまま行動した結果を目の当たりにし、沙綾の気持ちは少しずつ落ち着く。それでも駆け出したい衝動はゼロにならず、今にも走りたくなる。

 幸いにして、夕方遅くを迎えた今は、前回よりも人の数は少なめ。三十分もすれば御神木の近くまで来る事が出来た。前と同じように二人の巫女がいて、御神木まで来た人々を丁寧に案内していく。


「どうぞ」


「っ!」


 ついに沙綾の番が来れば、沙綾は飛び出すように御神木に手を伸ばした。

 あの時と同じ、ひんやりとした感触。前よりも冷たいのは、既に夕暮れだからか。

 巫女達に案内され、すぐにその手は引き剥がされた。だけど今度は物足りないと思わない。触れた時点で目的は達せられたのだから。手に残る冷たさを染み染みと感じながら、帰りの列の流れに乗って神社から出る。

 ……そうして一人家路に就けば、何をあんなに焦っていたのかと冷静になった。

 由香と千歳には心配を掛けた事も反省する。思い返せば、あの時の自分は随分と錯乱していた。由香の言い分には未だ納得していないが、そもそも幸運だの不運だのなんてオカルト、霊感商法の類ではないか。賢い由香はきっと、そういう事を気にしていたのだろう。

 今からスマホでメッセージの一つでも、とも思ったが、ついさっきの事だけに些かバツが悪い。一晩置いて、明日の朝の学校で謝ろうと心に決める。

 その前に、家族に怒られそうだが。夕方遅くに神社に寄り道した所為で、帰りがかなり遅くなってしまった。今頃夕飯の時間だ。せめて一報入れていればよかったが、あんな精神状態で家族に連絡するなんて考えられる訳もなく。

 せめてもの足掻きと今更メッセージを送ったが、何時まで経っても既読にならない。もう知らないと、スマホなんて見ていないかも知れない。

 これは一刻も早く帰らなければ不味い。少しでも早く家に向かう。尤も、疲れ切った今の足では大した速さなんて出せない。

 家に着いたのは、二十時近くになってからだった。


「……………はぁー」


 かなり酷い怒られ方をしそうだと覚悟を決めて、鞄から鍵を出す。シリンダーに鍵を差し、くるっと回してからドアノブを引く。

 ガチャン、と音を鳴らすだけで、ドアは開かない。

 あれ? と沙綾は首を傾げる。シリンダーは二つあるのでもう一つも回したが、開かない。最初に回した錠前にもう一度差して回したがやはり開かず、二つ目を改めて回してようやく開く。

 二つの鍵を二回ずつ回して、ようやく開いた。つまり、最初から鍵は掛かってなかった。


「……………ただいまー」


 身体に感じる寒気を無視して、ドアを開ける。

 開いた扉の先には、リビングの明かりに照らされる廊下が続く。

 見慣れた景色。だが違和感がある。リビングがあんなに明るいのに、何故声の一つも聞こえてこないのだろうか。弟は何時もやたら元気で五月蝿いし、母も笑い声が大きい。この時間なら父親も残業でもしていない限り帰ってきている筈で、厳つい声で小五月蝿く話していそうなのに。


「た、ただいま!」


 もう一度、大きな声で帰宅を伝える。なのに返事も、無視するような団らんも聞こえてこない。

 何故? どうして?

 疑問から足は無意識にリビングへと向かう。リビングと廊下を仕切る扉は、なんの苦もなく開き、隠し事などないと言わんばかりにその中身を露わにする。

 リビングには家族三人、全員がいた。

 全員が、リビングの床に寝転がっていた。

 母は俯せに、父と弟は仰向けに倒れていた。父と弟の目は見開かれたまま、瞬き一つしない。口は半開き。手足を大の字に広げて、そのまま動かない。

 そんな父と弟の口からは、血が溢れている。

 三人とも服のあちこちに穴が開いていて、服全体が赤黒く染まっていた。リビングの床には大きな赤黒い水溜まりが出来ていて、足の踏み場がない。

 そして誰一人として、胸が全く動いていない。


「……………な、何、してんの? 冗談にしたって、たちが悪いって……」


 沙綾は手近な場所にいた、父親の身体を揺さぶる。

 揺れる動きに合わせて、胸の穴からどろっとしたものが噴いた。


「ひっ」


 思わず尻餅を撞き、沙綾の両手は床に触れた。赤い水溜りはさらっとしていない。ぬるりとしていて、ほんの少し生温い気がする。

 それに、顔の位置が低くなって気付く。

 鉄臭い。あまり嗅ぎ慣れない、だけど知った臭い。今になって部屋中がその臭いに満ちていると気付く。

 ここまで分かれば、沙綾も気付けた。

 家族全員、何者かによって惨殺されたのだと。


「い、いやあああああああああああ!? なんで、なんでぇ!?」


 気付けば、もう叫ぶ事しか出来ない。

 警察を呼ぶべきか。それとも救急車か。何をどうすればいいかも分からない。頭の中には家族の死と血ばかりが満たされ、具体的な行動なんて思い付かない。

 ましてやどうして殺されたなんて、探偵でもないのに考えてしまう。

 全員がリビングで死んでいるという事は、家族団らん中に殺されたのか。そんな時に殺人鬼が乱入してきたのか。だけどそれは何時? 自分以外の家族がいた時間なんて、普段父親が帰ってくる十九時過ぎから今ぐらいの間しかない――――

 そこまで考えたから、沙綾は気付く。気付いてしまう。

 これもまた幸運。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、類稀なる豪運の結果だと。


「は……はは、あは! あはははは! あははははははは!」


 自然と、沙綾は笑う。何故笑うのか、沙綾自身にも分からない。

 警察が駆け付けたのは、この狂った声を不気味に思った近隣住民が通報した後の、今から凡そ三十分後の事だった。

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