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 静寂の闇。独り目を瞑る。


 上下左右、己を掴むものがないままに揺られる浮遊感。足の裏、これまで常に踏み締めてきた大地がない不安感。気管は噎せようとするし肺は縮んでいるしで息が苦しくて。身体中の隙間から入り込むしょっぱい水に鼻も目も痛くて。血が行き届かぬ末端の感覚が薄れていく。段々と周りの水にこの身の温度が馴染んでいく。自分が溶けて消えてしまうような。どこまでも落ちていくような。

 あまりにも、あまりにも、虚無。


 ――ビクリと身体を震わせて、目を覚ます。

 正面から己を押し付ける重力と、背に広がる大地。足の裏、触れる布団の感触。目玉を動かすと、闇の中、ぼんやりと浮かぶ部屋の天井が見えた。どくどくと心臓の鼓動。呼吸は浅い、でも空気がちゃんと胸に入ってくる。震える指先。痺れた時みたいにぴりぴりする。

 この身は確かに在る、生きている。

 足の裏を地に擦り付けながら、仰向けに寝ていた身体を横に転がした。拳を胸に押し付け、腹に押し付け、息をした。それでも堪らなくて、重い肉体をゆっくりと起こして座った。


 悪夢を見たのは、いつぶりだろうか。

 再来の予感は、心のどこかにあった。少なくとも、苦しみさえ忘れてしまうようなあの安寧が永遠ではないことは知っていた。それでも、時折襲い来るこの暗き影が、長いこと薄れていたのは確かだ。

 長いこと、といっても、たかだか二年くらいか。無限みたいなこの一生においては、ほんの刹那でしかない。百で割ったうちの一にすら満たないほどに短い。

 だからだろうか。穏やかなあの日々が急速に駆けていく。遠く遠く、もう手の届かぬ場所へ。あれは幻だったのだ、現実はこちら側だと、思い知らせるかのように。

 やさしくない世界。望んだ結末は訪れない。そして人生は続く。

 もういい、もういいよ。胸の空白の寂しさを埋めようと欲張ったのが間違いだった。ここには自分しかいない、自分しかいないのに。夢に惑い、誰かを求めてしまった。馬鹿みたい。

 でも、生きるしかない。自身の愚かさごと傷も孤独も抱えて、悪夢と戦いながら夜を超えて、死に怯えて生に苦しんで、そうやって生きるしかない。

 そうすることでしか、救われる術を知らない。


 闇を見つめる視界の端がちらついた。ベッドから足を下ろして地を踏みしめ、窓辺へと歩み、カーテンを開ける。

 勢いよく飛び込んできた光に目が眩んで、咄嗟に視界を遮断し手で目元を隠した。それでも入り込んでくる光に数秒間目を慣らして、ゆっくりと瞼をあける。

 遠く地平線の向こうで、朝日が微笑んでいた。赤くて、温かくて、眩しくて、強い。

 

 あぁ、と嘆息を漏らす。

 また一日が始まる。

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