永遠を誓った日
もう何日、彼を見ていない。
最後に見たのは、流し台で喘いでいる後ろ姿。血の匂いが鼻についた。かつてあれほど逞しかった背中は痩せ細り、先がそう長くないことを物語っていた。
扉の前、耳を澄ませる。生命の灯火が消えかかった弱々しい気配を察知して、鼻がツンとした。
やだ。
やだよ。
「死なないで……」
ひとりになるのは怖い。共に戦って生きた仲間がいなくなってしまうのは寂しい。
自分がここまで生きてきたのは彼がいたからなのに。これから先、何に縋って生きていけば良い?
衣擦れの音。引き摺るような足音。近付いてくる息遣い。
ゆっくりと開けられた扉の先で、青白い顔が笑っていた。
「やだよ。ようやく、重苦しい身体から離れられるってのに」
彼がそう言う理由も、よくわかっている。
本当、何度死にかけたことか。這いつくばって蹲って、血反吐を吐いて生き延びてきたボロボロの肉体で、命が尽きる最期の刻まで息をし続ける。
彼は善く生きた。もう、楽になっても良いはずなんだ。
わかっているんだよ。
「そんな悲しそうな顔すんなって」
穏やかな顔で彼はこちらの頭に手をおいた。堪えきれなくなって涙が溢れる。それにも、おいおいと笑って抱きしめてくれる。
「なー、お願いがあるんだけど」
「いやです、ききたくない」
「きかなくてもいいから、話だけさせて。
俺はいつか、生まれ変わってお前に逢いに行く」
信じられない、と思った。
しかし彼の腕に更に力が込もって、声に更に熱が灯って、その疑念を押しつぶす。
「いつかって、いつですか」
「そんなん知らねえよ。俺は生きてる間に結構やんちゃしたから、転生まで長くかかるかもな。
でも、世界の理として、魂の輪廻は絶対に起こる。それだけは間違いない。」
「生まれ変わったらもう、僕のことは覚えていないでしょう?」
「その人生で会えなきゃまた次を待つ。確率はゼロじゃないんだからさ、繰り返せばいずれまた巡り会えるさ」
なんて途方もない話をしているんだろう。そんなの、永遠に生きていろと言っているようなものじゃないか。
でも腹立たしいことに、この人は全て本気で言っているのだ。
「だからさ、お前は、生きろ。たとえ世界に失望しても、俺のこの誓いだけは信じてろ。
そしたらいつか、俺がそれを果たした時にお前は救われる」
未来のことなど断言できない。合理的な彼の口癖だった。だから常に様々な可能性を考慮して、先を見通して動くのだと。絶対に諦めたくないことは、あらゆる手段を用いて必ず叶えたいのだと。
誰よりも現実的で、なのに理想に生きる彼こそが、過去に出会った誰よりも眩しくて美しかった。
――だから、こんなにも愛されて生きたんだな。
「……嘘だったら死にますからね」
誓いの受諾を意味するこの嘘に、彼は「ばーか」と笑った。
約束は、生きる理由になる。




