第3話 別の世界
◆
「何や?えらい上機嫌やんけ日和ぃ」
「まあな、ちょっと気になる新人がいてな」
「ちょ、え!?気になるやつって!!誰!?女の子!?」
「いや、気になるってそういう意味じゃなくて⋯⋯⋯なんだかまた会うことが確信できるというか⋯⋯⋯まあ期待してるってことっすかね?」
「ふーーーん⋯⋯⋯⋯で?男?女?」
「男っす男っす、だからそんな怖い顔しないで⋯⋯」
真顔で詰め寄ってくるサイドテールの女性を宥めながら、眼帯の少年は慌てて弁明する。
「まぁそうは言っても、まず死ななければの話やからなぁ」
「⋯⋯だからこそ期待してんだ。生き延びさえすれば会うことになる⋯⋯⋯ってな」
◆
──────やっぱりおかしい。
昨日の怪物騒ぎは、絶対に夢ではなく現実のはずだ。痛みもちゃんとあったし、何よりあの時感じた恐怖は未だに脳裏にこびりついている。
⋯⋯⋯⋯⋯にも関わらず、どこのニュース番組も、昨日の事を話していない。ネットニュースや、各種SNSの投稿を確認しても、やっぱり誰もあの怪物の話をしていない。まるであんなことなかったかのように⋯⋯
こんなこと、前にもあったような⋯⋯⋯?
頭の中を違和感と疑問がひしめき合い、自分の記憶がおかしくなっただけなのでは?なんて考えすらも出てきた。
だが、それでは納得できない。やっぱりおかしい⋯⋯⋯そう思いながら昨日の出来事を反芻する内に、昨日、眼帯の少年が言っていた言葉を思い出す。
「何か色々言ってたよな⋯⋯神隠しとか、鳥居とか⋯⋯⋯でもあいつの言ってたこと、どっかで聞いたこと後あるような?⋯⋯⋯⋯⋯気のせいか」
脳内に霧が掛かっている⋯⋯というより、頭の中からすっぽりと何かが失われているような気がするが、思い出すことはできない。
とりあえず、頭の中で自分が知っている情報を整理し、状況の理解を進めることにする。
あいつの言ってた"神サイト"、"赤い公衆電話"、"逆さ鳥居"、"神隠し"⋯⋯⋯⋯⋯そして昨日あの場にいた明らかにあの状況に慣れている奴らの存在。確かあの少年は自分の事もそっち側の人間だと勘違いしていたようだが、彼の言葉からして、やはり知っている側の人間がいるのは間違いないだろう。
この平和な国の裏側で、あのようなことが起こっているだなんて、にわかには信じ難い⋯⋯⋯しかし実際に体験した以上、もはや自分では否定のしようがない。
⋯⋯今まで普通に生活して、普通に学校に行って、普通に明日を迎えることができていた以上、昨日の出来事には秘密がある。昨日の出来事が全くニュースやSNSで取り上げられていないのにも、その秘密が関わっているのだろう。
情報と心の整理は済んだ。となればまずは情報収集だろう。早速ネットで教えられたキーワードを検索にかけてみる。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯試しに"神サイト"と検索にかけてみたが、わけのわからない記事や動画、意識の高そうな人の文章に安っぽいゲームの広告などなど、どうでもいい情報しか分からなかった。
(神サイトってアバウト過ぎだろ⋯⋯⋯こんなんじゃ調べようがない)
1つ目のキーワードはハズレだ。とんだ期待はずれだった情報にイラついたが、気を取り直して他の情報を検索にかけてみる。
赤い公衆電話⋯⋯⋯⋯これは実際に全国に設置されている電話らしい。なんでも、委託公衆電話といって、設置された施設に管理が任された公衆電話だそうだ。もう今はほとんど無くなっており、装飾として置かれているケースなどが大半を占めるらしい。
⋯⋯⋯⋯またハズレだ。こんな豆知識が知りたかった訳ではない。またもや、肝心の昨日の出来事に繋がる情報は何一つ得られなかった。
⋯⋯⋯⋯⋯次だ。
逆さ鳥居と神隠しについて調べてみる⋯⋯⋯もう結果言わなくてもいいかな?ご想像通り何も情報は得られなかった。神隠しに関してはあの国民的大ヒット映画しか出てこない。
(結局あのキーワード何の役にも立たねえじゃねえか⋯⋯)
ぶつくさ文句を垂れながら、行き詰まった調査を前に頭を抱える。
これだけネットが発展し、情報の溢れる世の中でここまで何も出てこないのは、かえって怪しいのかもしれない。そうやってポジティブに考えないとやってらんないのだ。何せ今日は、昨日のことが気になるあまり学校をサボっているのだから。勉強の得意でない大牙にとって、一日でも授業をサボるのは中々堪える。
ネットにまともな情報がないのなら残された手掛かりは────────
残すは実地調査の他ない⋯⋯⋯そう思って外出した大牙は、昨日の怪物が破壊した跡地に足を運んだ瞬間、愕然とした。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ない⋯⋯⋯⋯」
──────ない、どこにも破壊された跡がない。全くもって綺麗な状態だ。建物だけじゃない。道のアスファルトも、ガードレールも、歩道橋も、全てが無傷。何も変わっているところはない。
──────いや、違う。変わっている部分はあった。
店が違うのだ。昨日までそこにあったはずの店がない。代わりに知らない店が、何年も前からそこに存在していたかのようにそこにある。
店だけではない⋯⋯ガードレールの色も違う。歩道橋も変わっている⋯⋯⋯⋯
「あの、すみませんここにあったファミレスって⋯⋯⋯」
「あの、すみません」
「ちょっといいですか?」
「あの⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯やっぱり、待ち行く人達に聞いて回っても、何の違和感も持っていない。皆、元々ここにあったと答えるだけだ。むしろ、こっちがおかしな目で見られるだけだった。
やっぱりおかしい。疑問を確信に変えるため、昨日、眼帯の少年と出会ったあの路地裏へと走る。
──────やっぱり、元通りだ。綺麗さっぱり無くなって更地になっていた路地裏も、何事も無かったかのように変わらず元の姿へと戻っている。⋯⋯⋯⋯昨日あれだけこびりついていた、壁と床の血溜りの跡もまた⋯⋯⋯⋯ない。
しかし、元通りにはなっているはずなのに、自分はこの風景を知らない。路地裏だからあまり景色には変わりはないが、昨日あれだけ印象に残っていた、死体があったはずの場所の横にあった大きなゴミ箱が無くなっている。
⋯⋯⋯⋯間違いない。街が変わっている。自分が長年暮らしてきた街が、自分の全く知らない街に。
まるで違う世界に紛れ込んでしまったようだ⋯⋯⋯⋯⋯いや、もしかしてそうなのか?おかしいのは自分で、別の場所から自分がここに紛れ込んでしまったのだろうか?
分からない⋯⋯⋯⋯だが、何となくその推察は違うような気もする。⋯⋯⋯何と言うか、別の世界、と言うよりも、雑に復元されて上書きされているような感じである。しかし真相は分からない。
─────────ただ、これで1つだけ謎は解けた。
なかったことになっているのだ。昨日起きた全てのことが。
通りでニュースにもSNSにも取り上げられていない訳だ。ないことを話題にすることはできない。他の人達の反応を見るに、記憶もなくなっているのだろう。跡もなければ記憶もないならば、誰も違和感には気づけない。当然だ。
⋯⋯⋯そういえば、昨日眼帯の少年が"逆行"と言う言葉を口にしていたが、これがそうなのだろうか?あの怪物による被害がなかったことになるのが逆行なのだろうか?
それだけじゃない⋯⋯⋯⋯何より大切なことは、自分もちょっと前まで違和感に気づけない側だったのでは?と言うことだ。
(今まで怪物の被害は数え切れないほどあったが、その度に自分が忘れていただけなのでは?)
(眼帯の少年がこっち側と言ったのはこの事を言っていたのだろうか?)
今まで忘れていただけで、日常の裏ではとんでもないことが起きていたと言う事実に、恐怖に、身体が震える
分からないことだらけだ。だが収穫はあった⋯⋯⋯⋯⋯これからどうしよう。しばらく考えながら、路地裏をみている内に、昨日の恐ろしい女性のことを思い出す。
(あの人も⋯⋯⋯この事実知ってる側だったってことだよな⋯⋯⋯⋯あの人だけじゃない、知っているであろう人はちらほら居た。)
─────────決めた。次の目標は知っている側の人間とコンタクトを取ることだ。出来ればあの眼帯の少年とも。
次いつあのような怪物が現れるのか、そもそもあのような怪物は再び現れるのかどうかは分からない⋯⋯⋯⋯だが、これからの為にも、人と関わって情報収集を行うことは必須であるだろう。⋯⋯⋯⋯そう思っていた矢先だった。
「──────やぁ、少年」
路地裏の光が差す入口付近に、スーツ姿のサラリーマン風の男が立っている。
「君ぃ⋯⋯⋯⋯⋯知っている側だろう?すぐわかったさ⋯⋯⋯⋯遠くから見ていても一目でね。」
(見られていた!?いつから⋯⋯⋯)
「あの狼狽え様⋯⋯⋯それに何度も人に話を聞いては路地裏を行ったり来たりする様を見れば、⋯⋯⋯⋯フフフハハ⋯誰でも気づくさ⋯⋯あぁ、素人だ。 とね」
なぜだか馬鹿にされているようだが⋯⋯⋯関係ない、知っている側の人間と出会うことが目下の課題だったのだから、あちらから来てくれたのはむしろ好都合だ。
「ってことはあんたもこっち側なんだろ?ならちょうどいい、俺も昨日知ったばっかで何も分からないんだ。情報交換を⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯ホゥ。昨日。⋯⋯⋯フフフ⋯⋯⋯ハハハハハハ!!そうか!!昨日か!!そこまでの素人だとは思わなかったよ。⋯⋯⋯フフフ」
男は突然興奮して、気持ち悪い笑い声を上げる。
「ふむ、そうか⋯⋯⋯素人か⋯⋯ということはこの"神隠しの儀も"、【記憶能力】のことも知らないのかい?⋯⋯⋯いや、知らないだろうねェェ!!フヒャハハハハ」
「⋯⋯⋯もちろん知らないけど⋯⋯悪いのか?随分と楽しそうだな。あんた。」
(きも)と思いながらも、腹立つ心を何とか鎮め、再び対話を試みる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いやぁ、何も悪くないとも。いや!!むしろいい!!まさか何も知らないとは⋯なんて運がいいんだろう!!素晴らしい!!」
「⋯⋯⋯そりゃどうも」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ああ、本当にボクは運がいい⋯⋯⋯まさに、素人がネギ背負ってやってくるとはこのことだね!!!!!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯それってどういうい」
「──────と、いうことで⋯⋯⋯⋯死んでくれ。」
─────────男の言葉を理解するよりも早く⋯⋯大牙の左肘より先が、どこかへ行ってしまっていた。




