第1話 日常の終わり
◆
──────時は2025年、東京。
何の変哲もない都会の景色が広がり、いつも通りの平和なザワつきが街を覆う中で、現代日本に似つかわしくない金属音が、激しく⋯それでいて幾度もぶつかり合う。
「───ハハハハハハ!!久方ぶりの強敵!!ここまで骨のある奴だったとはなァァ!!」
肩にジャケットを羽織ったスーツ姿の女は、そう叫びながら嬉々として十字の槍を振り回す。
「そっちこそ。一撃でやられなかった奴は初めてだ!!いいなぁぁ、あんた!!もっと、もっっとやろう!!」
一方、対峙するのはノースリーブに短パンの男。
男も同じく嬉々として、女の十字の槍をオレンジ色の輝きを放つ───"肘"で、迎え撃つ。
両者の槍と肘は、鈍い金属音を響かせ、激しい火花を散らしながら、何度も、何度もぶつかり合う。その度に道路も建物も破壊しながら、両者縦横無尽に、戦場となった街中を広く扱う。
繰り返すが、この戦闘が行われているのは仮想空間でも、異なる世界でもなく、戦いとは無縁の君たちが良く知る現代日本の市街地である。それも真昼間。
ぶつかり合う二人の甲高い笑い声と、雄叫び、そして破壊音が混ざり合う雑音を遮って、女の方に向かって叫ぶ人影が1つ。
「瞳さん!!そろそろ"逆行"が始まる!!いつまでも戦ってねえでさっさとずらかろう!!」
「邪魔をするな土方!!こっからだろう!!」
「土方じゃねえ、土方だ!!あんた今日娘さんの迎え行くんだろ!?こんなことしてる場合じゃねえって!!」
それを聞いた槍使いの女はピクリと止まり、槍を下ろす。
「ぐぬぬ⋯⋯⋯⋯⋯致し方なし⋯⋯⋯」
「あぁ!?もう終わりかよオバハン!!」
「オバハンだと!?オバハンと申したか!?⋯⋯⋯貴ぃ様ぁ、次会う時覚えておれ。必ず我が愛槍・伽肌でその命、搾り取ってやろう!!」
「おぉ!!いいねぇ!!忘れねぇぜ?その言葉。次の"神隠し"で絶対ぶっ飛ばしてやんよ⋯⋯待ってろよ!!」
いくつかの問答の後、世界は再び普段通りの日常へと戻る⋯⋯⋯普段通りの、戦いとは程遠い平和な日常に。
こんな非日常な戦いなどなかったこととなる。───まるで世界が、この一連の出来事を、ぽっかりと忘れたかのように⋯⋯⋯
◆
──────2024年の日本における年間死亡者数は160万人を超え、その内半数以上が病や老衰での死であり、不慮の事故で亡くなる人間はたった4万5千人ほどである。
一方で、2024年の日本における行方不明者の数は8万人を超え、9万人を超える年もある程で、先程の事故死の人数を遥かに凌ぐ。
この事実を知った者は、行方不明者の数の多さに驚き、「それだけの人数が一体どこに行ったのだろう?」などと思い、怪奇現象や都市伝説のオカルトを連想するだろう。
しかし、実際にはそのほとんどを、認知症の老人がわけも分からず家から離れてしまうケースや、若者が親との縁を切る覚悟で家出や自立をしたケースが占め、そこにオカルト的要素は介在しない。
─────────本当に?
もし世界に認知されていないだけで、世界から居なくなっている・・・・・・いや、忘れられている人間がいるとしたら?
国が発表するデータは、所詮表面上のものに過ぎない。国が言っているからといって、それが正しいとは限らない。
この世界には、普通の人間はおろか、国ですら知らない──────いや、忘れている真実が存在する⋯⋯⋯⋯⋯
─────────────────
【管理番号】 FILE-GODKNOWS-J2024
【提出者】 HIYORI SOTOMICHI
【観測記録】
2024年の日本における、年間神隠し被害件数
──────15万件
【備考】神隠しによる被害は従来の行方不明とは異なる項目である。
─────────────────
───これは、俺が死ぬまでの物語である───
◆
「もう帰ろうよ、前もバレそうになったばっかじゃん」
「うるさい、こんな雨が強けりゃバレねえよ」
直後、ピシャーーンと大きな雷の音が耳を刺す。
「うぅ⋯怖いようぅ、帰ろうよぉ」
「帰りたいならひとりで帰ればいいじゃん、じゃあな」
「⋯待ってよぉ」
◆
──────雨が降っている。激しく雷が鳴り響き、空が一面灰色の雲に覆われた、あの日みたいな激しい雨。
窓に張り付いてぎりぎり零れ落ちずに耐えている雨粒や、他の雨粒を吸収しながらスルスルとこぼれ落ちている雨粒に思いを馳せつつ、教室の隅からぼんやりと窓の外を見つめる。
高校生になって尚、こんな雨の日は嫌でもあの日の思い出が脳内にこびりつき、意識しないようにしても抵抗することはできない。
何度思い出してもちっとも慣れない、自らの愚行により負った心と顔の傷の記憶。それがズキズキ、ズキズキと痛む。
そして、痛んではまた思い出す。その繰り返し。この苦しみから逃れる方法は無いものか⋯そう心で嘆きながら、再び窓の外を眺める。
───人は、昔のことを忘れるものだ。それがいい記憶でも、悪い記憶でも⋯⋯
それは人の脳にとっての自己防衛機能であり、生きていく上で当たり前に行われることだ。
忘却とは脳が容量の確保や情報の整理で、脳への負担を脳が自分自身で減らそうとすることで起きる。
そりゃそうだ。俺たちは毎日大量の情報を取り入れているのだから、いらないモノはどかしてかないと。あまり物を捨てずに何でもかんでも溜め込んでしまい、部屋で足の踏み場が無くなる体験をしたことがある人は多いだろう。
もちろん、神経の衰えや他の記憶との混同、及び他の記憶に吸収されてしまうことでの忘却もあるが⋯⋯⋯⋯⋯⋯俺別に専門家じゃねえからわかんねえや。
だが、俺はあの日のことを鮮明に覚えている。もう10年以上前のことで、物心がしっかりとついてなかった鼻垂れたガキの頃の記憶なのに、だ。
なんでも、過去の記憶ってのは何か手がかりやきっかけってやつがあると覚えやすく、また思い出しやすいらしい。だから英単語とかも、特徴的な物体を見つめたり握ったりしながらのほうが記憶に定着しやすいらしいよ。英語の中西先生が言ってた。
俺の場合、こういう雨が手がかりになってあの日のことがフラッシュバックしているのかもしれない。
その知識を踏まえても、俺があの日のことを忘れずに今でも鮮明に思い出せるのは、あの日の記憶が良くも悪くも俺という人間を構成する大事なパーツだからだろう。⋯⋯⋯⋯いや全然いい要素ないけど。
人にとって最も記憶に残っている出来事ってのは、魂みてぇなもんだと俺は思う。
その人の最も記憶に残っていることが、その人の人間としての部分を形成する重要なファクターとなると、俺は信じている。というか信じたい。信じてないとやってらんない⋯⋯⋯まじで忘れたいあの苦い記憶にも意味があるのだと。成長の糧であったと。
そういうわけであの日のことを俺は忘れないし、忘れられない。切っても切れない関係なのだ。もしあの出来事を忘れるとしたら、それは俺の心の死を意味するだろう。人は魂を抜き取られたら空っぽになってしまうのだから⋯⋯
───もしも、もしもあの出来事よりも心に残る出来事が俺の身に起これば話は別だが⋯⋯⋯⋯⋯⋯無理だろうな。そんないいことが俺に起きてくれるとは思えない。
そんなネガティブな思考になってしまうのも、全てあの日の失敗体験のせいだ。
実際、あの運命の日から俺は変わった。超変わった。540度くらい変わった。
小さい頃体格がデカかったためガキ大将気質で、周りにわがままを通し続けていたクソみたいなガキンチョだったあの頃と比べ、今の俺は全く違う。
一言で言えば謙虚で、周りに気遣うようになり、周りの嫌がることはしなくなった。全然一言じゃねぇ。
昔と違って周りを尊重し、自らが前に出ることは極力しなくなった。自主性がなくなってしまったとも言うが⋯⋯⋯⋯とにかく昔に比べてべらぼうにいい子になった。
こんな金と黒が混ざったロングヘアを後頭部でお団子結びにし、後ろに流しているファッションをしていて、筋骨隆々な上に顔の真ん中に大きな傷跡があるが、俺はいい子である。学校は校則が緩いのだ。
だが⋯⋯⋯⋯いい子になった今が楽しいかと言われればそんなことはない。周りへの配慮と気苦労に雁字搦めにされていて、毎日の学校生活が楽しく感じられない。それになんというか、"自分"というものがなくなってしまった気がする⋯⋯そう考えてみると昔もそんなに悪くなかったかも?
懐かしい⋯⋯⋯⋯昔は今みたいにビクビクして周りに怯えていなかった。自分は無敵だという自負があった。全然そんなことないのに。自分は弱くなってしまったのか?⋯⋯⋯いや、弱いのは昔からだ。弱さが表に出てきて自分で見つけられるようになっただけだ⋯⋯⋯⋯⋯俺は昔からちっぽけで弱い人間だった。段々とそんな自己嫌悪に苛まれる。
(誰か俺を変えてくれ⋯⋯⋯⋯何か変えるような出来事が起こってくれ⋯⋯⋯)
と心の中でボヤいていると、なんだか俺へと叫ぶ声が聞こえる⋯⋯⋯⋯ていうかうるせぇな
「おい大牙!!聞いてんのかよ!!」
「なんだよ⋯さっきからうっせーな」
「いやうっせーって、俺ら話してた途中だよな?!なんで俺がおかしいみたいになってんの?!」
このうるさい天パは同級生の益永、入学したての頃、席が近いから仲良くなった。確か消しゴム貸してやったのがきっかけ。高校二年生となってからもクラスが同じで、変わらず仲良くしている。
「悪かったって⋯で?何の話だっけ」
「聞いてなかったのかよ?!あんだけ話してやったのに⋯仕っ方ねーな、もっかい言う⋯いや、見てもらった方が早いな!!ほれ」
───驚愕?!怪物に変貌する人間!?あなたの大事な人もいつか化け物になってしまうかも!?───
そう言った益永に、いかにもしょうもない都市伝説系YouTuberの胡散臭いサムネとタイトルの動画の映るスマホを差し出される。なんでもこの動画によると、最近人がとんでもない怪物へと変貌してしまうという噂や報告が相次いでいるらしい。証拠の動画もあったがいつの間にか消えてしまったとか。その出来事も陰謀論と結び付けて紹介している。自分は知りすぎたため証拠を国に抹消されたと⋯⋯⋯⋯⋯そう言い張っている。
⋯⋯⋯何これ?こいつ高校生にもなってまだこんなの見てんのか、てか信じてるのか⋯まず内容が意味わからんし根拠がないしくだらない。第一、これが真実だとして自分達になんの関係があるのだろうか。心の中ではそう思った俺だが、そのまま正論とマジレスで突っぱねる俺でもない。
「へぇ⋯⋯ロマンあるなぁ⋯」
などと、思ってもないこと浅すぎる感想を言って誤魔化してみる。⋯⋯⋯むしろそんな非日常的な出来事が都合よくあるんなら、是非とも出会ってみたいものである。そうすればこの退屈な日常や凡庸な俺の精神も変貌するのかもしれない。
「だろ?!やっぱりお前は話がわかる!!これだけじゃなくてな、他にも新月の時にのみ現れるお台場の幽霊船とか!!入ったら出られなくなる世田谷の商店街の話とk」
「益永、お前また教室でそんなこと言ってんのか?いい加減大人になれって」
「そーそー笑、少なくとも教室でそんな大声で話すことじゃないよねー」
飲み物を買って帰ってきた木村と守隆が話に混ざる⋯というか割り込んで突っかかってきた。この二人は二年生になってから仲良くなった二人で、学年が上がってすぐ絡むようになった。
「な、なんだよ、別にいいだろ⋯オカルト好きで何が悪いんだ?!」
「あーいや悪かねぇけどよ⋯俺らまでそーゆー話好きだと思われるだろ?」
「益永女子からの評判悪いしな笑」
「なんだよ!!それは関係ないだろ⋯⋯バカにしやがって!!」
「まーまー、確かにガキ臭いとは俺も思うが今のイジリはよくないと思うぞ?」
慌てて止めに入る理解者のような雰囲気を出すが、正直俺も同感である。
「なんだよ⋯大牙までそんなこと言いやがって、あんまりオカルトバカにしてると痛い目見るぞ?!」
「へー例えば?」
「それは⋯⋯そうだな⋯⋯⋯⋯あっ!!あれだ!!知ってるか?神隠しの話」
「神隠し?」
「神隠しってのは知ってるだろ?それが最近頻繁に起きてるらしい⋯なんでも逆さ鳥居のマークのある場所に近づくとどっか連れていかれちまうんだってよ!!」
「へー、神隠しねぇ、これも根拠ないなぁ」
「な!!それにだからなんだって話だし」
「そんなことより明日の小テストのがヤベーわ笑」
「てかお前の話オカルトにすら満たないくらいレベル低いぞ⋯⋯⋯⋯」
「ロマンのない奴らだな!!だからなんだなんていったらそこでおしまいだろ?!それに、神隠しに遭ったら帰って来れないんだぞ?!」
「「「へいへい」」」
「てか見てこれ。SSR当たった!!」
「おぉすげぇ⋯⋯⋯いいなぁ」
「俺も最近似たような性能の引いたけど、多分そっちのが強いな⋯⋯⋯」
「聞けよ!!!!!!
⋯⋯⋯お前らなぁ⋯もし神隠し似合いそうになったら赤い公衆電話で助けを求めるんだぞ!!お前らみたいなタイプが巻き込まれるんだからな!!」
ひとりヒートアップする益永を適当に受け流しつつ、俺たちは帰宅の準備をする。
「帰りカラオケ行くべ。俺最近練習してっからさぁ〜」
「あり。俺も最近ひとカラばっかだったから。」
「えー俺金ねー」
「こいつら⋯」
そうして教室を出ようとしたが、ちょうどドアのところで先生に呼び止められる。
「おぉ、小隈。ちょうど良かった。この荷物運ぶの手伝ってくれないか?」
「あー、別にいいっすよ。⋯⋯っつーわけでお前らちょっと待ってて」
えーと文句を垂れる三人をフル無視し、先生とダンボールを教室から運び出す。
教室から職員室まで運ぶ途中色々なやつから声をかけられた。
「大牙!!また部活の助っ人来てくれ!!紅白戦人数奇数になっちゃってさぁ」
「小隈〜今度数学教えて〜」
「大牙〜明日借りてた漫画返すから次は9巻貸してくれ」
「おっ大牙。昨日掃除やってくれたらしいな!!悪ぃ!!」
「小隈先輩、今度また絵のモデルやってください!!」
いや〜男女学年問わず声をかけられちゃって俺ってばモテモテ⋯⋯⋯⋯⋯なんていうのは冗談で、正直断れなくて色々請け負っているだけである。周りからは便利な奴としか思われてないかも⋯⋯⋯⋯でも断って嫌われたりするのも怖いのだ。
「いやぁ〜小隈は人望があるなぁ!!感心感心。」
⋯⋯⋯⋯本当に人望があると言えるのだろうか。適当に周りに同調していい顔をし、相手のやって欲しいことを打算でやってやってるだけなのに⋯⋯⋯そうしている内に周りからちょっと一目置かれただけだ。
───それを人望があるというのだが、大牙はそれに気づいていない⋯⋯⋯いや、ネガティブな思考になりすぎて自分を評価してやれなくなっているだけだが。
(⋯⋯⋯⋯正直、この生活はもう辞めにしたい。無理して善人になっているだけだし、ずっと学校生活中縛られているような気がしてならない。落ち着かない。だからもう人のことばかり気遣って勝手に生きづらくなるのは辞めたい)
だが、そう簡単に人は変われないものである。よっぽどぶっ飛んだ出来事でもない限り。あぁ、俺はどこまで弱いんだろう。
そうして、職員室から帰ってきた俺は、遅い とまた文句を垂れてきた益永にラリアットをキメる。
───なんだかんだ言って、益永、木村、守隆、そしてこの俺、小隈大牙の4人は仲がいい、だからこそ互いに雑に扱うんだが⋯俺もこいつらが好きだし大事だと思ってる。周りに気遣ってばかりの今の俺でも、こいつらの前では自然でいられる気がする⋯⋯⋯⋯あの時の無敵になった感覚を感じられる。こいつらと一緒なら!!来年も、卒業した後も、こんな何気ない日常が続いていくのだろう⋯漠然とそんな気がする。
「よし、じゃあ行くか!!」
いつも通り、俺たちはワイワイと帰り道を4人で歩き出す──────
────────────ん?あれ⋯⋯俺何してたんだっけ⋯
いつの間にか辺りが赤く染まり、太陽が沈みかけている。
「───確か、カラオケに⋯⋯⋯⋯誰と?ひとりで?」
違和感⋯⋯何かがおかしいような気がする。
「てか俺なんでひとりで帰ってるんだ?いつも帰りはみんなと一緒に⋯⋯⋯⋯みんなと⋯⋯⋯みん⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯みんな?⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いや⋯俺⋯いつも1人だったわ」
何か変な感じだが、気のせいか⋯と、帰路に着く。そう、何もおかしくはないのだ、これが日常なのだ。まるで自分にそう言い聞かせて、違和感を押し潰しているかのように心の中で唱える。
そうして、何気ない1日を終える。
翌朝、いつものように目が覚め、いつものようにひとりで登校、いつも通り静かな自分の机に座る。
こんな感じだったっけ?こんな静かだったっけ?何か、何か、何か、おかしいような⋯
一日中、そんなことを考えていた。今日も気づけば時が経ち、いつの間にか下校時間。静かに、帰宅の準備をする。静かに、教室を後にする。そしてひとりで、静かに帰路に着く。
「やっぱり、なんかおかしい⋯⋯ような?」
そんなことをブツブツ呟きながら、駅までの道を歩いていると、何やら前方に人だかりができているのが目に入る。
彼らはザワザワと騒ぎながら皆、上を向いている。
? 何かあるのか?
よく分からないが、興味本位で人だかりに体をねじ込む。一体何があるのk───
「キャアアアアア」「落ちた?!落ちたぁぁ!!」「ヤバイよ!!ヤバ⋯
人だかりをかき分けて前に進み、周りのどよめく声に合わせて上に目をやるその直後⋯⋯⋯⋯突如視界に影が下りる。
────────────グシャ
鈍い音を鳴らしながら、自分のすぐ前に何かが横たわる
あまりに突然で、脈略のない出来事に、理解が追いつかない。
──────何が起こった?
俺はただいつも通り帰宅していただけだ。しかし、目の前にはさっきまで何も無かった場所に横たわる少女が一人。いや、もうひとつという呼び方が正しいかもしれない。
──────初めはそれが何かなんて分からなかった。
でも⋯⋯すぐに分かった。それが人なのだと。たった今、目の前で飛び降り自殺をした人間なのだと。彼女の空っぽのような、まるでそこに何もないような静けさの亡骸がそれを物語っている。
───実物を見た後だと、亡骸という言葉はとてもふさわしい表現だな───
なんて、場違いな感想を抱いてしまうほどに、心の中が冷たくなり、雑音が引いていくような気持ちになっていく。
こんな出来事に遭遇したことは今までに一度もない。だが、不思議とこれがただの飛び降り自殺を目撃してしまっただけとは思えなかった。───何か、もっと現実離れした、ありえない出来事のような───
だからか知らないが、周りに悲鳴をあげている人はいない。周りの人間も何かがおかしい と感じているのだろうか?先程までの周囲のざわつきが嘘かのように、誰もが息を飲み、時が止まったかのような静寂が訪れる。これだけ人のいる街中で、各々の息遣いが聞こえてくるほどに。
怖い⋯⋯⋯怖いはずだ⋯⋯⋯衝撃と恐怖と困惑で、今にも目を背けそう⋯背けようとしたいはずだ。悲鳴をあげたいはずだ。
にも関わらず、何故か目が亡骸から離れようとしない。手足が正しくない向きになった、見た目自体はそこまで変わりない彼女の亡骸に、目が吸い込まれるかのように引き付けられるのはどうしてなのだろう。自分だけじゃない⋯周りの人も皆、固唾を飲んで、瞬き一つせずそれを見ている。
彼女を見続ける理由⋯⋯⋯それが我々の生存本能から来るものだとは誰一人、気づくことは出来なかった。
──────刹那 空っぽのはずの骸の首がほんの少し⋯いや確実に、こちらを捉えた。
来る⋯⋯⋯⋯ナニカが
そんな予感が、いや確信が大牙の脳裏を駆け巡った。恐らくその場にいる誰もが感じただろう、命の危険を。何かが来るという兆しを。死を。
そんな予感は見事にあたり、横たわる遺体に、辺りへ飛び散った血が逆行し、静かに、されど重々しく死体が立ち上がる。そして亡骸は黒き螺旋を身に巻きながら⋯⋯真っ直ぐと───こちらを見据える。
それは、明らかにただの死体から別のナニカになろうとしていた。
あぁ⋯⋯⋯日常が壊れる音がする。
作者はズブの素人なため、どんなご意見、ご感想も大歓迎です。なんでもいいので感想を頂けると嬉しいです。




