9 スカウト
小テストが終わった直後の教室は、ざわめきが大きすぎた。
私がリュカの机まで向かうだけで、これ見よがしに悪口を言われまくっていたのだから。
それは、後がないと意気込む私でさえ、心ない言葉に胸やけを起こし、歩みを止めてしまったほど。
なるほどね。
実力至上主義という世界において、成績不振者は、格好の攻撃対象になるのか。
この状況を知らなかったこともあり、面食らった私は、かなりメンタルに響いた。
一緒に落第点を取ったアルフォンスがいなければ、この標的が私一人だったのだ。
彼は実力を発揮していないと言ったのが、冗談なのか、真実なのかわからない。
だけど、こうして気持ちを持ち堪えられているのは、アルフォンスの存在があるからというのは、過言ではない。
「一緒にいてね」という願いが、はからずもこんな形で叶っており、驚いているけどね。
なかでも一際大きい会話が、教室に響いた。
「リリアーヌって、演習のグループはもう決まったのかしら?」
「まだ決まってないんじゃないか?」
「魔法を使えないなら、1人いないも同然なんだよな。そんな人間をメンバーに加えるなんて死活問題よね」
最後に放たれた一言で、クラス中から笑い声が上がった。
それは自分でも痛いほど理解している。
なんなら、どうしてこんなヒロインに転生させた神がいるのかと、恨んでもいるし、とんでもない設定を作った製作陣にも、文句を言いたいくらいだし。
誰が私とメンバーを組むのか? しばらく楽しそうな分析は続いていた。
この状況でリュカをスカウトに行くのは得策ではない。
一旦、リュカの元へ行くのを諦め、この話題から興味を失ってもらうのを待った。
3限目が終わってからの休憩時間。1限目の話を引きずっているクラスメイトは、いないようだ。さすが無関心枠。忘れ去られるのも早い。
よし! これなら行けるかもしれない。
リュカに声をかけるなら今しかない。そう考え、勢いよく席を立った。
リュカに近づきかけたころ、彼もちょうど席を立ち、廊下へ向かって歩き出してしまった。
用事があるときに声をかけられると、内容も聞かずに拒絶される可能性もある。
まあたまに、適当な相槌を打ち、承諾する人もいるけどね。
ぜひともリュカが、後者でありますように。そう願うばかりだ。
一応これでもゲームのヒロインである。
にもかかわらず、魔法が使えないうえ、クリアしないと死ぬという、どうしようもない境遇だ。ふざけてる。
せめてヒロインなら、何かしらの特典がなければやってられないし、メリットがなければ、お先真っ暗である。
お願いだからヒロインバイアスがかかりますようにと、心の中で何度も呟きながら、リュカの姿を追いかけた。
ほどなくして追いついた彼の背中を見て、拳をきゅっと握り、気合を入れた。
大丈夫。たぶんイケる。
そう言い聞かせ、小走りで駆け寄り、リュカに声をかけた。
「あ、あの~、待って……」
気合いとは裏腹に、弱々しい声だった。
もっと元気に声をかけるべきだったと反省した。
だが、拍子抜けするくらい普通に、リュカが振り返ってくれた。
真っすぐ私を見つめる瞳が、エメラルドのようにキラキラと輝いていて、思わず吸い込まれそうだ。
そんなことを考えて、ぼんやりしていると、リュカの方から声をかけてきた。
「僕はリリアーヌから呼び止められたんですよね?」
「あっ、ぼんやりしてしまい、すみません!」
まずいと思う私は、慌てて謝罪した。
「何かありましたか? 休憩時間が終わる前に行きたい所があるんですけど」
教室から出たのだから、当然だ。
煙たがられる前に急げ。そう思う私は、さっそく本題に入った。
それもド直球な誘い方で。
「演習のグループを私とアルフォンスで組んだけど、メンバーが1人足りなくて。なので仲間に加わっていただけませんか?」
「いいですよ」
顔色を一切変えない彼が短く返事をした。
あれ? 思っていた返答と違ったけど、本当に合ってる?
私は押し問答するつもりで声をかけたのだ。
だが今、あっさりとオッケーという返事をされたけど、聞き違いかな……?
目を点にした私は、もう一度告げた。
「メンバーは私とアルフォンスですよ。それでもいいんですか?」
「そのようですね。僕はグループなんて、誰とでもいいと思っていますし、気にしませんが」
「え……?」
淡々と話す口調に深い心情は感じられず、本当に気にしていないようだった。
まさか2つ返事で承諾されたのか!?
いや……そんなわけないよね。
願い出たのは私だ。当たって砕けるくらいの気持ちで。
それなのに、なんの躊躇いもなく承諾されたため、逆にこちらの方が混乱してきた。
嬉しいのに、裏があるのではないか?
そう勘繰ってしまう自分もいた。
だって、落第点コンビに挟まれて、平気な顔ができるわけがないわよ。私なら絶対に無理。
快諾されたことが、あまりに衝撃だった。
あっけに取られ、次の言葉が出てこなくて、リュカを見つめたまま固まってしまう。
すると、訝しむリュカが私の言動を疑う質問をしてきた。
「困った顔をしているけど、もしかして、冗談で僕を誘ったんですか?」
こんなチャンスを逃してなるものか!
その一心でぶんぶんと首を振り、必死に事情を伝えた。なぜか私が言い訳してる感じで。
「い、いえ! 断られる気がしていたから、驚いているだけで」
「僕はどこのメンバーにも入っていないから、どこかに加えてくれるなら、好都合なだけですが」
やはりここはゲームの世界で、腐っても私はヒロインだと納得した。
こんな都合よく、ピンポイントでリュカがグループに入れず、溢れているなんて、超絶違和感案件でしかない。
これは、しっかりと準備されたヒロインバイアスだな。
つまり、失敗すればバッドエンドもちゃんと待ち受けている、という意味だ……。
このゲームの世界で、自分の置かれた状況を多角的に捉えておくためにも、もう少し踏み込んだ質問をした。
「本当は誰かとメンバーを組む約束をしていたんじゃないんですか?」
う~むと悩んだ様子のリュカは、歯切れの悪い感じで事実を教えてくれた。
「実は男4人でメンバーを組んでいて、外れる1人を勝負で決めたんだ。まあ、お察しのとおり僕が負けたってわけね」
「その勝負って、なんだったのか聞いてもいいですか?」
「1限目の小テストだよ。今朝登校したら、都合よく小テストって黒板に書いてあったからね。言い出した自分が負けたってやつ」
バツが悪そうなリュカは、肩をすくめて微笑んだ。
「それって、小テストの成績の順番ってことですか? リュカは確か5番目でしたよね」
「そうだよ。他のメンバーは1位から3位だったからね。全然敵わなかったな」
「そんなすごい人たちと組んでいたのに、メンバーに私がいて、残念だよね」
思わず、顔が引きつってしまった。
「リリアーヌだから嫌なんて思いませんよ。どこに入っても、自分の実力を発揮するだけですから」
すごい。私が魔法を使えない人間だと知っていても、ちゃんと受け入れてくれるなんて。
なるほどね。ここがラビリンス学園である以上、ちゃんとうまくゲームが進むようになっていたのか。
攻略キャラ4人でチームになっていた時点で、誰か1人が必然的に溢れてしまう。できた設定だ。
おそらくだが、私が誰を攻略するか決め、声をかけた時点で、彼らのやり取りが変わっていただけなのだろう。
もしも私が、他の攻略対象に照準を絞って声をかけていたら、「やりがいのあるグループに誘われたから、俺は抜けるわ!」とか言っていそうな気がする。
なんと言っても、彼らはハイスペックな野心家ぞろいだし。
ここに至るまでの状況をいろいろ理解できたが、形式上、最終の確認をしておく。あとでトラブルになっても嫌だからね。
「どこのグループにも入っていないとはいえ、私とアルフォンスがメンバーなのに、リュカは本当にいいの?」
「このタイミングで、どこにも参加してないのは僕だけだろうし、構いませんよ」
そう言い切ったリュカは、優しく微笑んだ。
「ありがとう! こんなに快くメンバーになってくれて、すごく嬉しい」
「こちらこそよろしくね」
差し出された手に、握手を返した。
よし! リュカを攻略する第1歩がうまくいった!
私にも希望の光が見えてきたかもしれないわね。
そんなことを考えながら、心の中で小さなガッツポーズを決めた。
課外活動で失敗しなければ、リュカルートに入れるかもしれない。
私が抱いた淡い期待を、まさか呆気なく阻止されるとは思ってもいなかったけれど。
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