8 実力確認小テスト③
イケメンは、なんでも卒なくこなせるという、勝手なイメージがある。我ながら都合がいい思い込みだが。
そのため、アルフォンスがクラスで一番の記録を作ってくれるのではないかと期待している自分がいる。
平民だと嘲笑われているアルフォンスが、能力は一番。そんな展開は、漫画や小説なら鉄板ものだろう。
そのうえ、この世界は乙女ゲームなのだから、その可能性は十分にあり得る。
平民だからということで無視されていたアルフォンスが、クラスメイトを見返せば、何より嬉しい。
それに、もしもクラスで一番の成績となれば、課外活動のメンバーとして、リュカを勧誘しやすくなるし。
私としても大変助かるわけだから、どうか特大のサヨナラホームランを打ってね、という自己都合な願いもある。
「アルフォンス、頑張れ!」
と、彼を応援する気持ちに自然と熱が入った。
私に背中を向ける彼の耳にも、その声が届いたようで、ひらひらと手を優雅に振ってくれた。
貴族に囲まれているというのに、少しも緊張している様子を見せず、彼は至って余裕のようだ。
こうなれば、彼の成績にますます期待が持てるため、アルフォンスの一挙手一投足を見守った。
熱い眼差しを向け、ごくりとつばを飲み込み緊張が走る。
クラス一同が、シーンと静寂したタイミングでアルフォンスは魔法を放った。
その直前、彼の身体から溢れた魔力によって、大気に渦が生まれたのだろう。アルフォンスの周囲を砂煙がくるくると回っていた。
これはイケる!
新記録更新という瞬間を望んでいた私の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
まさかだが、彼の放ったアイスボールは、弱々しく飛んでいくと、かなり手前に落ちた。
「え……? うそ?」
飛距離が短かったためだろう。魔道具を使わずとも、結果がすぐに判明した。
というのも、あらかじめ引かれた白線の上に、ぽとっと落ちた氷の球は、先生の視線を動かすだけで、十分計測できたからだ。
感情を込めず、淡々と先生が結果を告げた。
「飛距離は15メートル」
その声に、大爆笑が沸き起こった。
平民を侮辱しても、誰も文句を言わないのだから、私以上に見下したヤジが飛んでいた。
私のゼロに比べれば立派な数字だ。
他の生徒が、アルフォンスの結果を侮辱しようとも、私だけは賞賛すべきだろう。それはわかっている。
だが、この小テストの最低合格ラインが20メートルである。これが本テストであれば、彼も私と同じで落第だ。
武者修行として家を出てきた彼が退学なんて、大問題だよね……。
こうなればアルフォンスも、魔法の成績において、微妙な立ち位置のような気がしてならない。
「変だなぁ〜」
物語だと、置かれた逆境を乗り越えていくという展開があるのに、ここでは一切ないのね……。
まあ彼はモブだから、そういう設定なのか。
だけど、初めに起きたあの気流はなんだったのよ。期待値ばかり上げた、あの謎な現象……。
「意味がわからないから」
意外すぎる結果に目をパチクリしていると、戻ってきたアルフォンスから、満足そうな言葉が飛び出した。
「今回は思っていた以上に飛ばなかったな。だから、次は全力でアイスボールを放ってみることにする」
「ははは、それって本気で言ってるの?」
「もちろんだけど。今のは俺の10分の1も、力を出せていないからね」
「こらっ! テストなんだから、手を抜いちゃ駄目でしょう。私みたいに全力で挑まないと!」
アルフォンスが言っているのはただの負け惜しみのような気がする。
だけど、それを否定すると傷つけてしまう気がして、言葉の最後に、気合いが空回りした滑稽なポーズをつけておいた。
例のアニメのジェスチャーだ。
そうすれば、くすくすと笑う彼が優雅に微笑んだ。
「リリアーヌは魔法が発動しなかったからな。多少気を使ったんだよ」
いつも冗談ばかり言うアルフォンスだから、本気なのか? 強がりなのかいまいちわからず首を傾げた。
だけど、もしも私だけが落第点という結果になっていたら、現実を受け止めるのが、しんどかったかもしれない。
落ちこぼれ仲間がいることに、気持ちが救われたのもまた、事実だ。
もうこうなったら、私のために手を抜いてくれたことにしておくから。
そう思って、上目遣いで言った。
「馬鹿ね。大事な成績になるんだよ」
「いいんだって。俺たちは下から1位と2位で並んでるんだし、ここから巻き返した方が面白いだろ」
まあ、魔法を使えない私だって、次は能力が開花しているかもしれない。
そんな期待をしているんだから、希望を捨てないことは大事だ。
「じゃぁ、次からは全力でやってよね」
「リリアーヌの頼みだから、聞かないわけにはいかないけど、俺が全力を出す姿を見せたら、クラス中の令嬢たちから騒がれるもしれないな」
柔らかい笑顔を見せながら、そう言った。
もしもアルフォンスが本当にチートならば、一理あると思った。
イケメンで能力が高い男子のことを、恋をしたい年頃の令嬢が放っておくわけがない。
たとえ貴族でなくとも、能力者であれば、国の上位官僚になれる可能性が十分ある。
よくいう、貴族の次男や三男が自分の道を作るコースのパターンだ。
アルフォンスがかっこよく一番になっていたら、女子が群がっていたのかな。
それを考えた瞬間、胸がチクッと痛んだ。
私にとって、唯一話せる人物が遠い存在になるのが嫌なのか?
他の令嬢と親しくしているアルフォンスを見るのが嫌なのか?
理由はよくわからなかったが、寂しく思えて、ずっとこのままでいてねと、彼の手を取った。
「それなら、今のままのアルフォンスの方が、私としては嬉しいな」
「ん? どういう意味だろう?」
「内緒よ」
そう言って笑った。
落第仲間でいて欲しいなんて、「次はやってやる」と、闘志むき出しのアルフォンスに言えるわけもない。
そのため、不思議そうに首を傾げるアルフォンスに対し、「深い意味はない」と答えておいた。
◇◇◇
私とアルフォンスの間では、小テストの結果の振り返りまで行い、すでに終わったことになっていた。だが、クラスメイトにとっては違った。
明らかな落第点となった私とアルフォンス。そもそも私たちは無関心枠と無視枠の異端児だったのだ。
そんな2人が揃って男女それぞれの最低評価判定されたわけである。案の定、この事態を放っといてくれるわけもなく、教室へ戻ると、さっそく悪口タイムが始まった。
「おお~、出来損ないカップルが帰って来たぞ」
「隣同士で落第点なんて、お似合いじゃん? 付き合っちゃえば?」
悔しい……言い返したい。
だけど、正論すぎて何も言えないし、こんな子どもじみたヤジに言い返すのも癪だ。
しかも、本テストでは20メートルに届かないと進級ができないと聞かされ、内心焦っている。
解決策もわからない状況に、心底困り果てているのに。
どうしよう。もしも進級できなければ、キャラの攻略もできず、死ぬ。それは避けたいのに。
そもそも、この成績をミラベルが父親に告げ口すれば、本気で私が卑屈になっていると思われそう。そうなればミラベルの思う壺だし。
今週末に実家へ帰るっていうのに、私が思い悩む材料なんて、作りたくなかった。
自殺しても違和感のない境遇に私を貶めて、伯爵家が欲しいミラベルに殺されるんだろうな。
いや、もう1人いるのか。
父亡きあとに、私が当主になっては都合が悪いミラベルの母が、私を殺す気もする。
散々蔑ろにしてきた娘に権力を握られたら、自分の身が危ないものね。
まずいな。
このままだと本当に死ぬんだろうな……。
夢も希望もないじゃない……。
そう考えていると、アルフォンスの声が聞こえた。
「リリアーヌは大丈夫か? 真っ青だよ」
「へ?」
考えごとをしていたせいで、変な返答をしてしまった。
「みんなの罵声で気分が悪くなった? 何か言い返そうか?」
「ううん、違うの。あんなヤジは、恋人がいない人が、子どもみたいに言ってるだけでしょう。気にならないわ」
「リリアーヌって、意外と大人な発想で冷静なんだね」
「そんなことないわよ。どうやったら見返せるかを必死で考えているくらい、子どもなのよ」
アルフォンスが、いつもの調子でおどけてきた。
「カップルだって言ってもらってるし、ここでキスでもして見せつけようか?」
「馬鹿! 急に何をふざけたことを言ってるのよ」
予期せぬ言葉に頬が熱くなった。
「だって、俺たちがここから巻き返したときに、リリアーヌを他の男に取られたら嫌だし」
「それ……本気で言ってるの?」
「もちろん。それに俺が本気でアイスボールを放てば、校舎も吹っ飛ぶからな。それを見てから好きだの言われても困るし、やっぱりカップルだって見せつけておこうよ」
「ふふふ、校舎を壊す姿を見ても、誰も好きにならないから、いらない心配でしょう、それ」
「確かにそうだな、くくくっ。じゃ、俺は先生の所へ行くから、困ったらちゃんと俺に言ってよ」
うんと頷いて彼を送り出した。
アルフォンスって、不思議だ。
私が怖くて震えていると、冗談を言って私の心をほぐしてくれるんだから。
キスなんて言葉にドキドキして、差し迫るバッドエンドの恐怖なんて、すっかり飛んじゃったわね。
◇◇◇
一人で席に着いた私は、傍と気づいた。
この小テストをあえて、このタイミングで行ったのは、クラスの魔法能力の順位を、学生の中で共有させるためだ。きっとそう。
明日の課外活動に向け、グループメンバーの報告の締め切りが、今日の昼までだ。
この成績で魔法の能力の優劣が、はっきりついたし。
小テストでは、飛距離30メートルくらいの生徒が大半だった。いわゆる、どっこいどっこいの能力者が、23人。
その一方で、軍を抜いた成績を修めた生徒は5人だった。攻略キャラ4人の間にミラベルを入れて。
逆に、落第点の生徒2人についても、強烈に共通認識された。私とアルフォンスがね。
課外活動を共にする3人グループの目的は、いかに安全に好成績を修められるか。それに尽きる。
演習の点数次第で、この国の魔術師団や研究所などからスカウトが届く仕組みのようだし、たかが成績とあなどれない。
自分たちの将来がかかっている演習だ。
だからこそ足を引っ張る人物とグループを組みたくない。私でさえ、選べる立場になったらそう考えるし。
小テストとはいえ、攻撃能力が浮き彫りになったのだから、最下位の人間と組みたい奇特な人物は存在しないはず。普通の神経なら。
落第点カップルと認識された私とアルフォンスでは、残り1人のスカウトは絶望的な気がしている。
とはいえ、ここは30人で構成されたクラスである。
きっとグループに加入できない誰かがいるはず。
その人物が、都合よくリュカでありますように。そう願いつつ、勇気を出して勧誘に向かった。




