7 実力確認小テスト②
「これから魔法飛距離テストを行う!」
魔法学の先生の声が響くと、生徒たちから、お決まりのように、「え~」というブーイングの声が上がった。
この反応を見ると、日本でも乙女ゲームの世界でも同じなんだとおかしくなった。
私の中では、もっと実践的に戦うテストを想像していたのだが、飛距離という言葉を聞き、少しだけホッとした。
防御系の魔法を使えない私でも、これなら怪我なく終われるだろうし。
それにやはり、私にとってはアルフォンスの存在が大きいようで、この時間をどっしりと構えていられるみたいだ。
グラウンドへ来るまで、アルフォンスと愉快に笑い、肩の力がいい感じに抜けている。
もしも1人ぼっちだったら、今ごろ不安でたまらなかっただろう。
彼が話しかけてくれたことで、ミラベルから向けられる脅威も、自然と和らいでいる気がしているから、頭が下がる思いだ。
一緒にいてくれて良かったなと思う私は、ちらりと横を見て小声で言った。
「ありがとうね。この先もずっと一緒にいてくれる?」
この言葉の直後、私の方に顔を向けたアルフォンスは、艶のある口唇を小さく緩め、少しだけ驚いた顔をしていたが、その表情はすぐに変わった。
「そんなことを言われたら、もう離してあげないよ」
声量を抑えたボリュームのせいか、やけに真剣な感じに聞こえた。
まあ、ふいに冗談は浮かばなかったのだろうが。
あえてそのことには触れず、「うん、嬉しい」と心の底から感じたことを、そのまま言葉にした。
そんなひそひそ話の直後、生徒全員が整列していることを確認した先生は、小テストについて説明を始めた。
魔法なんて使ったこともなければ、見たこともないため、食い入るようにその話を聞き、私の理解では、こんな感じだ。
発動させる魔法は、アイスボールという決まりはあるけど、飛ばす氷の大きさは問わないらしい。
素人考えではあるが、氷が落ちた場所で飛距離計測するため、溶けない程度の大きさなら、小さい方が有利な気がしている。
ちなみにアイスボールをより遠くへ飛ばすために、風魔法を組み合わせるのは禁止みたいだ。
あくまでも単独魔法の飛距離を計測する、シンプルでわかりやすいルールだった。
説明が終わり次第、整列順に試験が進行していく。
そのため私はかなり後半の方だったので、ひとまず安心した。
この順番のおかげで、クラスメイトの魔法を一通り見ることができるし、初めて見る魔法に感動すら覚えたのだから。
クラスメイトのみんなは、アイスボールを簡単そうにポンポン飛ばしている。まるで子どもの遊びのような感覚で。
それを見れば、私にもできる気になってくる。
ちなみに、25人まで試験を終えた時点で、一番の成績を修めた生徒は、ジェラルドだった。例の攻略対象の、魔法一家の彼である。
アイスボールを飛ばす瞬間、魔力の波動で栗色の髪がふわっと舞い上がったのは、見ていて圧巻だった。
ジェラルドは魔法騎士団長の息子だし、魔法においては、このクラスで1番の実力者だと認識されている。
そのため、全員が息を呑んで見ているくらい注目度が高かった。
もちろん、アイスボールが放たれた瞬間、大喝采が沸き起こった。
伊達ではないその肩書で放った氷の球は、54メートルという結果を叩き出し、頭一つ飛び抜けていた。
続いての順位は、公爵家のベルナール、侯爵家のダミアンといった具合に、攻略対象が3人続いている。
それを目の当たりにすれば、ここは間違いなくラビリンス学園の中。
そして彼らがこのゲームの攻略対象。その認識に確信を得た。
もちろん見た目も想像どおりの美麗揃い。
実力、容姿、肩書きが眩しすぎるハイスぺたちを落とせという鬼のようなシナリオが、ラビリンス学園というゲームだ。
それもヒロインは魔法が使えない、落ちこぼれで。
どう考えても、設定に無理がある。運営さん!
それなのに、クリアしないと死ぬというクソすぎるエンディング。
言いようのない感情に、ため息を吐いていれば、周囲から、応援の声がいくつも上がった。
それは、私の元凶ともいえるミラベルが、涼しい顔で小テストの順番を迎えたのだ。
開始前、長いピンクの髪を上品に掻き上げた姿に余裕さえ感じられ、狙ったように、4番手につけている。
優秀だと自称していたが、あながちそれも大袈裟ではないのだと知った。悔しい。このままだと、正攻法で戦っても、彼女に勝ち目がない気がする。
内心拳を握りしめていると、自分の整列位置に戻ろうとするミラベルが、私の方を向いて、勝ち誇った顔をした。
この学校は成績至上主義なのだ。絶対に彼女に負けたくないし。
──やるっきゃない!
そう思っていたところで、私の出番がきた。
「次はリリアーヌ前へ来い!」
魔法が使えないのは承知だが、もしかして、ヒロインバイアスでなんとかなるかもしれない。
そんな淡い期待を抱く自分もいた。
よし! 当たって砕けろだ!
と気合を入れ、クラスメイトが見守る中、全力でやることにした。
「いっけー、アイスボール!!」
渾身の気合で放ってみた。強いて言うなら、小さい頃に、アニメで見た眩い光を飛ばすアクション漫画みたいな動きを、超絶真面目にやってのけた。
かけ声は人一倍、いや人三倍だった。
それなのに、何も飛んでいかないのだ。
唯一感じたのは、私の背後に乾いた風が吹いている冷たさ。
──……あれ? 何も出ない。何も?
「え? まじで……?」
私がでかい声を張り上げたせいで、グランドはシーンと静まり返っている。
その挙句、空回りした私の気迫が、周囲を凍りつかしている気がしてならない。
ヒロインバイアスはここでは働かなかった。っていうか、そもそも魔法が使えないという設定なんだから、発動するわけがなかったのか……。
めちゃくちゃ恥ずかしくて、攻略対象たちの反応を見られないわよ。
恋愛貧弱メンタルが、始まる前から粉々に砕けちゃったじゃない!
手を前に突き出してる私の怪しいポーズを見て、先生が怪訝そうに眉をひそめた。
「魔力は感じるから、発動できないはずはないんだけどな。真面目にやっているのか?」
「大真面目でやっていますし、気持ちだけなら100メートルくらい余裕で飛ばしていたんです。お願いします。もう一回させてください」
「仕方ないなぁ、1回だけだぞ」
先生としても、この白けた空気のまま次の生徒を呼ぶわけにいかなかったのだろう。
困った顔をしていたが、許可してくれたのだから。
泣きの1回ということで再チャレンジしたのだが、結果は、やはり周囲を更に凍りつかせただけだった。
「飛距離ゼロメートルだな」
ぽつりと先生がそう言った。
見事なまでに最下位確定。
「落ちこぼれヒロイン」って設定、一切ゆるいでないじゃない……。
膝から力が抜けて、がっくりとしゃがみ込む。
落ち込む自分の感情に拍車をかけるように、あちこちからくすくす笑い声が聞こえた。
ちらっとその方向を見ると、とびきり嬉しそうに笑っているミラベルがいた。
その不気味な笑みが、『だからさっさと消えろと言ったのに』と言われている気がした。
悔しいという感情も抱いたが、それよりも、自分の未来に死が迫っている恐怖を覚え、胸がざわつく。
ゲーマーの妹でさえクリアできなかったゲームなのに、リセットボタンなしで一発クリアなんて、私にできるのか? 不安でたまらなくなってきた。
その不安が一気に膨れ上がり、小刻みに全身が震え出した。
思い出さないようにしていた、かつて観たゲームの死亡エンドシーン。それが鮮明に蘇ってしまい、心臓が激しく脈打っているのを感じる。
どうしよう……。本当に死ぬのかな……。
そう思っていたら、背後から声をかけられた。
「お疲れさん。次は俺だから、頑張ってみるわ」
腕をぶんぶん回しているアルフォンスは、やる気十分というのが見て取れた。
何か凄いことをやってくれそうな気配が漂う彼の姿を見たクラスメイトからは、「おお~」というざわめきが起き、周囲の期待も高まっていく。




