6 実力確認小テスト①
転生した翌朝──。
接点イベントを作るためには、とにもかくにも自分から声をかけないと始まらない。
まずは基本中の基本ともいえる、挨拶からだろう。
そんな風に気合を入れた私は、ガラガラッと教室の扉を開けた直後、大きめの声を出す。
「おはよう!」
たったその一言で、みんなの視線が私のいるドア付近に集まり、ギョッとされた。
え? なんか私って、とんでもなくズレたことをしたのかしら?
そう考えて固まっていれば、爽やかな笑顔を見せたアルフォンスが、声をかけてきた。
「おはよう。リリアーヌは変わったね。本当に別人みたいに元気でびっくりしてるよ」
「そ、そんなに違う」
「今までは、隠れるように後ろのドアから入って、一番壁沿いを、気配を押し殺しながら歩いていたよ。まるで隠れて過ごす、諜報員みたいに」
「ははは、ちょっと前まで諜報員のサスペンスに嵌っていたからね……」
必死に笑って誤魔化したが、内心、大泣きしそうだ。
リリアーヌってば、目立たないようにしていた動きが、逆に悪目立ちしているじゃない!
昨日、アルフォンスから、気味が悪かったと聞かされた理由が腑に落ちて、朝からすでに逃げ出したい。
「どうしてそんなに変わったのか、気になるんだけど」
「ちゃんと頑張ってるアルフォンスに、恥ずかしい姿を見せたくなくて。だから、しっかりやりたいんだ」
「そういう前向きな気持ちは大事だと思うし、応援するよ」
親指を立て、微笑みを向けられた。
彼から伝わる優しさで、なんだかこちらの心まで温かくなるのがわかった。
「ありがとう。アルフォンスに応援してもらえたら、心強いな」
心底そう思い、ありのままの気持ちを伝えた。
再び周囲を見やると、私に集まっていた視線は見る影もなく消えていた。すでに興味がそれたのだろう。わかりやすい。
そして問題のミラベルは、教室の後方にいた。令嬢2人に囲まれているから、彼女たちが演習の仲間なのかと勘繰ってしまう。
私に視線を向けてきたミラベルに、にっこり笑い返してみれば、彼女の方が先に顔を背けた。
自分の味方を両脇に置いている状態で、私が文句を言ってくるのを、待っていたのだろう。
今はミラベルのことはどうでもいいが、この先、伯爵家のことは真剣に考えなければならない気がしている。
とりあえず今は、ゲームの攻略を真剣に考えているから後回しだけど。
それにしても状況は芳しくないわね。
私は「おはよう」と言って教室に入ってきたのだから、それに反応してくれてもいいのに。
唯一応えてくれたのは、アルフォンスだけだった。
これではっきりしたが、リリアーヌという存在は、クラスの中で超絶無関心枠というわけだ。
現実に直面し、自分の置かれた状況を正しく理解した私は、現状でたった一人、会話できる存在のアルフォンスに笑顔を向けた。
彼がいてくれるだけで、とても心強く感じて、自然と緊張も解けていく。
柔らかい笑顔で頷いた彼が、廊下の方へ視線を向けた。
「これから校庭で実力確認小テストがあるらしいよ。一緒に行こうか」
「あれ? 今日ってそんなテストがあるって聞いてたかな?」
昨日、リリアーヌの記憶を辿ったが、そんな記憶は存在しなかった。
学校行事については念入りに自問自答を繰り返したし、テストに絡む質問は、いの一番にチェックしたのだ。
それにもかかわらず、小テストの存在を把握できなかった。
引っ張り出すキーワードがよくなかったのだろうかと、自分の落ち度を考えてみたが、そんな気はしない。
ならば、リリアーヌは始めから知らなかった説もある。
どうしてリリアーヌは知らなかったのだろうか?
困惑している感情が、表情に出ていたみたいで、アルフォンスが「俺もあれを見て知った」と言い、黒板を指し示した。
彼の動きに釣られるように視線を向けると、そこには、『実力確認小テストのため、校庭に集合するように』と大きく書かれていた。
「うわっ! 抜き打ちテストってやつか」
「みたいだね」
驚いた私とは裏腹に、余裕そうな彼は、至って単調な声だった。
ラビリンス学園ではこの先も、ちょいちょいこんなことがありそうだ。
だが、この状況でテストはまずい。
弱気になってボソッと口にした。
「テストって怖いんだけど。落第しないかな……」
「大丈夫だよ。今日のところは、まだ小テストみたいだし。成績は期末テストで決まるから」
「アルフォンスの言葉を信じるからね。魔法はちょっと苦手なんだ」
「意外だね。魔力はそこそこある感じがするのに」
「そのせいで見かけ倒しだって、よく言われるよ」
「まあ、魔法なんて、練習次第で上達するから、心配いらないって」
呑気に笑って言ったアルフォンスの言葉で、本当になんとかなる気がしてきた。
◇◇◇
校庭へ向かい、アルフォンスと並んで歩いている途中で、ふと彼の指元が気になった。
昨日は着けていたのか記憶は定かではないが、今のアルフォンスの中指には、シルバーの指輪が光っている。
それも、繊細な細工を施した、いかにも高級そうなものが。
人のものに対し、踏み込んだ質問だと思ったが、どうしても聞かずにはいられず、言葉にした。
「それ……婚約者からのプレゼント?」
その言葉に彼は一瞬固まったが、「違うよ。これは魔道具だよ」と、優しく笑って言った。
「え、魔道具!? すごい! どんな効果があるの?」
「う~ん、表現するなら身を護るものかな」
「え~、気になる~。もっと詳しく教えてよ!」
「魔道具ってベラベラ喋るものじゃないから、秘密だよ。でもな〜。俺の婚約者になるっていうなら、教えてあげるけど?」
これまで見てきたアルフォンスの笑顔で、最上級の眩さだった。
……や、やばい。
その笑顔、攻略対象並の破壊力なんですけど!?
私、彼が攻略対象じゃないってわかっているから、気を抜いて関われているけど、攻略対象だったら、緊張で上手くしゃべれなくなる自信がある。100%で!
危なく、くらっと彼の誘いに傾きそうになったが、そんな誘いにホイホイ乗ってしまえば、私ってば即刻ゲームオーバーになる。
彼はふざけて言ってるだけだとわかるんだけど、冗談の境目がどうもわからないのは、私の恋愛経験が乏しいせいなのだろう。
ただのジョークなのに、いちいち間に受けて心臓が無駄にバクバクしている自分が情けない。
まあ、こんな会話が、攻略キャラとの恋の駆け引きに役立つはずだと信じているから、ありがたいとも言えるけど。
吹き出すように笑った私は、にっこり答えた。
「ふふふ、まだ婚約者を決める予定はないし、お父様抜きで勝手な約束をしたら怒られるから、魔道具について余計な詮索はやめておくわね」
その言葉に彼も吹き出した。
「くくくっ、残念だな。朝から振られたから、泣いてもいいか?」
くつくつと笑う彼と愉快な冗談を交わしながら校庭に着くと、他のクラスメイトたちが、不規則に集まっていた。
すでに待っていた教師が、教室の席と同じ順番で並ぶようにと、整列の号令をかけた。
そうすれば、みんな気だるそうに教室と同じ形態になった。誰かに命じられるのが嫌いな貴族らしい動きを目の当たりにして、思わず笑ってしまったが。
グランドでも、横にアルフォンスがいてくれてホッとしている反面、これから提案されるテストの内容が気になって仕方なく、ものすごく緊張している。
魔法学のテストということは、まあ、私の結果なんて、やる前からわかっているのだが。




