32 デートイベント①
翌日──。
庭でアルフォンスと気まずい雰囲気のまま別れてしまったことが気になって仕方なかった。
そのせいで眠れなくなったのだから、案外繊細なのだと痛感した。
朝ごはんを食べたい気分にもなれず、食堂を横目に寮を出てきた。
教室の自分の席になんとか着席したものの、朝からぐったりと、魂が半分くらい抜けた状態で放心している。
ああ……アルフォンスになんて言おう……。
考えれば考えるほど、昨日の自分の発言は、無頓着すぎた。反省しかない。
「王太子に嫉妬しているの?」なんて、言うべきじゃなかった。
今日から朝食を一緒に食べる約束を交わしたものの、すっぽかしてしまったし、私ってば何をしているのだろう……。
げんなり机に突っ伏する私の視界の端に、すっと影が差した。誰かが立っている。
ゆっくりと目を開けると、間髪入れずに張りのある、聞き心地のよい声が耳に届く。
「おはよう、リリアーヌ」
顔を上げると、そこにいたのはジェラルド・ファビウスだった。
栗色の髪に黒の瞳の彼とは、これまで一度も会話をしたことはない。
だが、彼について存外詳しいのは、私の中で攻略キャラ3と呼ぶ人物だからである。
魔術師団長の息子で伯爵家の嫡男のジェラルドで間違いない。
とはいえ、ゲームは自分から動かないとキャラとの会話なんて無理なはずなのに……。
今こうして、彼が私に声をかけて来たのか? 正直、理解できない。
そのせいで、反応の遅れた私が返した言葉は、思いっきりどもってしまった。
「え、あ、おはよう」
「ちょっといい?」
教室の後方へ向けて指をさしたジェラルドは、場所を変えて話したい。そう言いたいのだと察し、すぐさま立ち上がった。
そうすれば、何も言わないジェラルドが歩き出したので、彼の後ろをついていくことにした。
教室の角へ着けば、ジェラルドが振り返り、静かに発した。
「リリアーヌは魔道具を買いに行くんだろう」
「え? どうして知っているの?」
そのときに、俺についてきて欲しいって、リュカに頼んでいただろう」
思いがけない言葉が飛び出し、ジェラルドを見つめ返していると、呆れたような表情を見せる彼から面倒そうに返答された。
……そうだった。
アルフォンスと市井へ出かける際、リュカも一緒に行こうと誘ったのだ。
市井のデートは、ある意味攻略対象とのイベントなわけで。
それを、攻略対象ではないアルフォンスと2人きりで行くのは、あのときの私は、なんだか違う気がしたんだった。
クリアしないと死ぬことにこだわり、ゲームのキャラを誘いたいと考えたのである。
だからと言って、個別ルートに突入できなかったリュカと3人で行くのも、意味をなさないと考え、リュカから他のメンバーを誘って欲しいと頼んだのだ。
リュカから理由を尋ねられ、咄嗟に「魔法に詳しいジェラルドも一緒に来て欲しい」と、それらしいことを言った記憶が蘇ってきた。
私とアルフォンスの会話を立ち聞きされたのかと、ジェラルドのことを疑いの眼差しで見てしまったが、そのことをすっかり忘れていた。
「リュカに『ジェラルドを買い物に誘って』とお願いしていたけど、来てくれるという返事は聞いていなかったわ」
「俺も、金曜日に誘われたときは、曖昧に返答しただけだったから、そうだろうね」
「リュカはジェラルドを誘ってくれていたのね」
「でもさ、肝心のリュカが今週休みだろ? それでも行くんだよな」
「急いで欲しいものがあるから、買い物には行く予定だけど、リュカが休みなのは、知らなかったわ」
「そうだよな。リュカも急な話だったし、2人に学園を休む話を伝えられていないって言ってたからな」
「リュカに何かあったの?」
「領地に帰る前に俺のところに来てさ。祖父が亡くなったから、来週一週間は学校を休むって言ってた」
その言葉が、やけに胸に刺さった。
ゲームの世界と考えてしまいがちだが、この中はただの創作の世界ではないのだ。
私たちにとっては、れっきとした、今を生きている世界で現実。
命が終われば、死が訪れる。
都合のいい人生のやり直しなんてものは存在しない。前世の日本と同じ。
「祖父が亡くなった」という、現実の重さがちゃんとあるのだから。
「そっか……。リュカも気を落としていることでしょうね」
「それなのに、わざわざ俺の所に来たリュカが、リリアーヌとの買い物で、護衛を頼むって言いに来たから、予定を聞こうと思って」
「ジェラルドは、私とアルフォンスの3人で出かけるなんて、嫌でしょう。無理はしなくていいわ」
私は、ジェラルドの申し出を断ろうとした。
彼の攻略は考えていないし、余計なフラグも立てたくない。
だが、表情を一切変えないジェラルドは、引く気はないようで、淡々と告げた。
「依頼主はリュカだから、俺の一存では決められない。だから遠慮はするな」
「リュカがいないなら、今日はアルフォンスと2人で──」
そこまで言いかけると、ジェラルドが言葉を遮った。
「リュカから頼まれた以上、2人が行くなら、俺は護衛として行くよ。買い物は今日なんだな」
彼の前のめりな言動に戸惑いを覚える私は、今日はアルフォンスと2人で過ごしたい。
そう考え、遠慮がちに返した。
「だからといって、ジェラルドに迷惑をかけられないし、アルフォンスと行くわ」
「リュカには恩があるんだよ。だからそれを返すために、俺になんでも言ってくれって伝えていたんだ。これまで頼ってきたことがないリュカから、お前たちの護衛を頼まれた以上、断れないからな」
「ジェラルドは、あまり乗り気ではないでしょう。嫌なら、一緒に来なくてもいいけど」
「いや、事情はよくわかんないけど、あんな真剣に護衛を頼み込んできたリュカの心情を俺は無下にできないから、買い物には同行させてくれ」
「……まあ、それなら今日は3人で出かけると、アルフォンスにも伝えておくわ」
そう言うと、彼は華やかな笑顔を見せた。
「せっかくだし、俺がよく知っている、いい魔道具屋を案内してやるよ」
その言葉を聞き、心の底から笑みが漏れた。
魔道具屋では、希少なものは常連にしか売らないという話をリュカがさらっと教えてくれたのだ。
魔道具は便利な反面、犯罪に悪用されかねないから、店の表面に並べているのは、便利道具だけらしい。
知っているもので例えるなら、ライターやハンドミキサーといったものだろうか。
能力に関する魔道具を見せてもらうには、店主に信頼されるのが最低条件というわけだ。
ジェラルドが一緒なら、私が欲しい魔道具を買う交渉が、俄然、楽になる気がしてきた。
「ありがとう、期待してるね」
嬉しくなって、今日一番の笑みを返した。
追いかけようとしていたときには、近づけなかったのに。
アルフォンスに恋心を感じた途端、攻略対象から声をかけてくれるなんて。
……皮肉だよね。
そんなことを悠長に考えている私は、この先に起きる事件なんて、知る由もないのだけれど。




