27 アルフォンスのイヤリング
うぅぅ〜……。望んでいなかったが、土曜日が来てしまった。
この世界は、日本と同じ曜日で構成されているため、学園も土日が休みというスケジュールである。
私がラビリンス学園の世界で目を覚ましてから6日経過したが、異世界に転生してもカレンダーだけは裏切らないというわけで、あんまり嬉しくない。
この生徒は、基本的に全員寮生活を送っており、外泊は禁止されているが、今日は例外だ。
アルドワン伯爵家の長女として、屋敷へ帰省しなければならない日である。
正直、気が重い。
というか胃が重い。鉛みたいにずしんと響いている。
だって、アルドワン伯爵と伯爵夫人は、私の存在をあまり好ましく思っていない。正確には、リリアーヌのことをね。
私はというと、ミラベルを迎えに来た馬車で、ついでに帰ってきた厄介者扱いだろう。
いや、言い方を正確にすべきかしら。
伯爵夫人に関しては、私のことを「殺したいほど嫌っている」邪魔ものだ。
無意味な争いに発展しないためにも、今回の帰省では、この感情を知っていると、気づかせるわけにはいかないけど。
まあ、一緒に帰る妹のミラベルは、天使かってくらい伯爵夫妻に溺愛されている存在である。
彼女が帰省すれば、玄関で抱きしめられ、ありとあらゆる賛辞のシャワーで歓迎されるのは目に見えている。
そんなどんよりオーラを全身に纏いながら、私は寮の中にある、1年生用の食堂へ向かった。
上級生とは使う場所が異なるため、6日経った今でも、他の学年の生徒とは、ほとんど顔を合わせたことがない。
こんなところは、上下関係がきっぱりしている貴族社会らしいなとは思う。
いつもどおりの時間に起きた私ではあるが、寝起き早々は全くお腹も空かず、食欲も動く意欲も出なかったため、朝食を摂るのをやめようと考えていたのだ。
だが、寮を出る時間が近づいてくるに従い、お腹が鳴った。
やはりここは、出発前にお腹だけでも満たしておくべきね。空腹はメンタルを削るから。
そんな検討をした結果、かなり遅めの朝食時間になったわけである。
もう誰もいないと思っていた食堂の扉を開けた瞬間、意外な人物が目に入った。
「あれ……アルフォンス?」
シルバーブロンドの髪が、どこか浮世離れした気品を放っていた。
私が名前を呼んだことで、彼はサファイヤブルーの瞳をこちらに向けてくれた。
平民出身ながら、魔力量が以上に多いうえ、魔法に関する知識があり得ないほど豊富なアルフォンス。だからなのか、ちっとも平民に見えない高貴なオーラが相変わらず溢れている。
そんな彼が、カウンターから朝食の乗ったトレーを受け取っていた。
「おはよう、リリアーヌ」
にこっと微笑むアルフォンスを見て、私はパタパタと彼に駆け寄った。
だがふと、あることに気がついた。
なんだか今さらだけど、ここに転生して初めての光景に思える。
そう思う私は、散々アルフォンスと一緒にいることもあり、遠慮のない大きめの声が出た。
「ねえ、アルフォンス。私たち、食堂で会うの初めてじゃない?」
演習のグループが同じため、毎日たくさん彼と悲しをしていた。
そのこともあり、あまり気にしていなかったが、アルフォンスと寮内で鉢合わせた経験がないのだ。
どうしてだろうと思い、首を傾げていると、アルフォンスが事情を説明してくれた。
「ああ、それはね。俺はいつも、他の寮生が来ない時間を見計らい、食堂を使っていたからだよ。今日はみんな、早い時間から動き出していたから、遅くに来たってわけね」
「もう……。アルフォンスってば、人を避けてばかりいるから、友達ができないんじゃないの?」
リリアーヌが呆れながらに放った一言で、アルフォンスは少しだけ困ったように笑ってから、ぽつりと言葉にした。
「平民と同じ空間で食べるのは嫌だ、って言う寮生がいたんだよ」
「それ、酷すぎない?」
「言い返してもしょうがないしね。まあ、誰もいない朝一番の時間に来ればいいだけだし」
「ラビリンス学園は、身分なんて関係ないって謳っているんだから、気にしなくていいよ」
そう言葉にしながら、私とアルフォンスは、対面するように席に着いた。
「まあ、差別されるのは慣れてるから」
「慣れるとか、そういう問題じゃないでしょ、それ!」
「怒ってくれるのは、リリアーヌだけだよね。どこまでも身分を気にしてないのが、なんか嬉しいな」
その彼の言葉が、胸に刺さり、私は顔を上げて、できるだけ明るく提案した。
「私と一緒なら、文句は言われないでしょ。来週から、一緒に朝ご飯を食べようよ」
「……いいの?」
アルフォンスは一瞬きょとんとして、それから信じられないくらい嬉しそうな顔で、潤んだ瞳を真っすぐ向けてきている。
子犬みたいでかわいい。そんなことを思ったと知られてしまえば、怒るだろうな。
なんて余計なことを考えず、アルフォンスの不安を払しょくすることにした。
「うん。魔法は使えなくても、一応は伯爵令嬢だし。私と一緒なら、誰も文句を言ってこないはずだから」
「ありがとう、リリアーヌ。これから毎朝一緒に過ごせると考えると、たまらなく嬉しいな」
彼が満面の笑みで言ったせいで、私の顔が、ぽわっと熱くなった。
いちいち彼でときめきたくないのに、その笑顔は反則だし。すぐに負けちゃう自分が情けない。
するとアルフォンスが、はっとしたように言った。
「来週からって……そっか。今日からリリアーヌはアルドワン伯爵領に戻るから、このあとは会えないのか……。寂しいな」
アルフォンスの眉根が下がり、その切なそうな表情に釣られるように、胸がきゅっとした。
私だって、ずっと一緒だったから、急に離れるのは不安だな。
「私も……少し、寂しいな」
「リリアーヌが俺の存在を意識してくれるなんて、嬉しいね」
そんな他愛もない会話を交わしていると、アルフォンスが急に真剣な顔になった。
「俺、リリアーヌと離れているのが不安でたまらないからさ」
そう言って、彼は握っていたフォークをトレーの上に一度置いた。
どうしたのだろうと思って彼の行動を見ていると、自分のイヤリングを外した。
すると、対になった銀色のイヤリングの片方を、私に差し出してきた。
「これ、持っててくれない? 唯一の俺の味方が傍にいなくても、土日が平穏に暮らせるように、お守りとして」
「ふふっ、何それ。大げさなんだから」
くすくす笑いながらも、彼の真剣な瞳を前に、提案を拒めなかった。
私は素直にイヤリングを受け取り、そっと耳につけてみた。
そうすればアルフォンスが、おどけて言った。
「一対の片割れを互いに着けてるって、なんか恋人同士みたいだね。キスしてもいい?」
「……ダメに決まってるでしょう」
即座に一蹴しておく。ここでアルフォンスをその気にさせてはいけないし。
でも、私の胸の奥では、恋人同士、なんて言葉が嬉しかった。
だけど、私たちはそうなってはいけない。ゲームのヒロインとモブ。クリアしないと死ぬ私。立場の壁。これ以上、彼と関係を縮めてはいけない。絶対に。
内心、複雑な感情を抱えながら、あらぬ方向に進展しないように、話題を変えようとした。
「アルフォンスは、週末何をするの?」
「市井を散策しようかなって思ってるよ。リリアーヌは半日の馬車移動、大変だろうけど……実家で、ゆっくりしてきなよ」
ゆっくり……かぁ。そんなこと、実際はできるかな。
と思ったけど、余計なことは言えないものね。
気持ちを整えて、穏やかな笑顔を見せた。
「うん、運頑張ってくるね」
そう言って、私たちは笑顔で手を振り別れた。
耳元で揺れるイヤリングが、少しだけ心を軽くしてくれていた。




