26 魔法の特訓③
間違いなくこの角度では、ファイヤーボールがアルフォンスに当たってしまう。
俯いている彼が咄嗟に水魔法を放ち、火を消せるわけもない。
彼がいなくなるのは、絶対に嫌だ。駄目──!
そう思った私の身体は、考えるよりも先に動いていた。
向かってくるファイヤーボールの前に立った。そうすれば、迫り来る炎に恐怖を感じ、思考は停止するし、全身は石のように固まるし、考えていた以上に何もできずにいた。
それからすぐに、私の背中に突き刺さるような大声が聞こえた。
「ば、馬鹿! リリアーヌが邪魔で魔法を使えないだろ。避けろぉぉぉ!」
彼が逃げろと言っている。
ってことは、アルフォンスも躱せるはず。
頭ではわかっている。逃げたい。
それなのに、目の前に迫るファイヤーボールの強烈な熱に圧倒され、硬直した体は動かないまま。
まずい。ぶつかる。
そう思った私は無我夢中で両手を突き出した──。
「消えろ!」
……そう念じた次の瞬間。
それまで感じていた眩しさと熱気は跡形もなく消失し、自分に直撃する覚悟で待ち構えたファイヤーボールは、姿を消した。
「あれ? 何が起きたの?」
突如として消えた理由がわからず、茫然としていたら、背後から覆いかぶさるように、バフッとアルフォンスに抱きしめられた。
彼から伝わる温かさも触れられる感覚も、自然と嫌じゃない。
それどころか心地よかったし、なんともいえない幸福な気持ちになった。
願わくば、このままこうしていたい自分もいて、気持ちは複雑だ。
とはいえこのままではいけないとわかっている。
後ろ髪を引かれる感情を断ち切り、状況がいまいち飲み込めない疑問を投げかけた。
「あの〜」
「ごめん。俺が近くにいたのに、こんな危険な目に合わせて」
「あ、アルフォンス……?」
うなじに彼の吐息がかかり、心臓がバクバクと大きく拍動している。
ど、どうしよう……。何を言えばいいんだっけ。
男の人にハグなんてしてもらったことがないから、脳内がバグを起こし、思考停止している。
「リリアーヌに何かあったらどうしようって、めちゃくちゃ焦った」
「ほ、ほら、このとおり大丈夫だよ」
アルフォンスは悪くないと伝えたくて、極力、明るい声で言ってみた。
「助けに行かなきゃと思ったのに、気づいたのが遅かった自分に動揺して、判断が鈍った。本当にごめん」
「アルフォンスは悪くないよ」
「違う。俺が悪い。人って、恐怖を感じると、体が動かなくなるんだって、初めて知った」
「お、大げさだよ」
「いや、マジで。少しも大げさじゃないから。でも、リリアーヌに怪我がなくて良かった」
その言葉で、ハッとした。
今、目の前で起きた事象をどうやって理解していいのかわからない。
それなのに、そのことには一切触れず、私の身体だけを心配しているアルフォンスは、何か知っているのかもしれない。
そう思う私は、かすかに震える声で、尋ねてみた。
「ねぇ、私って、今、何をしたの?」
「リリアーヌは、中和魔法の加護があるんだ」
「中和魔法?」
その言葉がわからず、聞き返した。
すると、私を抱きしめていたアルフォンスが、私の前へ、ぐるんと身体の位置を変えるように動いてきたため、向かい合った。
そうして彼は、じっと私を見つめてきたせいで、妙に意識してしまい、ドキドキする。
顔から火が出そうなくらい熱いし、緊張もしている私の様子を気にすることなく、アルフォンスは静かに言葉をつぐんだ。
「とても珍しい加護で、魔術や魔法を無効化するものだ。リリアーヌが中和魔法の使い手だとわかれば、魔力探知遮断の結界を破って、魔草の魔力を感知できた説明ができる」
「そ、そうなの……? じゃあ、私が魔法を使えないのは、そのせいなの?」
「中和魔法が、自分が発動する魔法にも作用しているんだろうな」
「嘘でしょう……。じゃあ、この先も、私は魔法を使えないってこと?」
進級試験に必要な魔法は、この先も発動できない可能性が浮上してきた。
その事実に肩を落としかければ、アルフォンスが優しく微笑んだ。
「加護を消す魔道具を着けると、中和魔法の効果は消えて、魔法を使えると思うな」
「ほ、本当に!?」
「ああ。市井の魔道具屋に売っているだろうから、近いうちに見に行こうか」
「魔道具って高いかな? 週末に帰ってから、お父様に相談してみるわ」
優秀な妹には惜しみなくお金を渡すのだろうが、私が頼んだところで渡してくれるのか怪しい気がしている。
そんな自信のなさが、表情にも声にも出てしまったようで、アルフォンスから恐縮すぎる提案をされた。
「その魔道具は、俺がプレゼントしてあげるよ」
「それは駄目よ。高価なものを買ってもらうわけにいかないし」
「昨日も言ったけど、俺は仕事をしているから、それなりにお金あるし、気にしなくていいよ。それに、何かお詫びするって言ったでしょう
「そうだけど、そんな高価なものはいただけないわよ」
「駄目だよ。それだと俺の気が済まないからね。そーだ、ついでに街の散策もしたいから付き合って」
「はいはい、わかったわよ。アルフォンスって、一度言い出したら融通が利かないわよね。それじゃあ、お言葉に甘えて、お返ししてもらうから」
やれやれと大きなため息をついた私は、諦めて折れることにした。
アルフォンスは、かなり強引というか、負けず嫌いなところがある。
この世界に転生して、一番長く一緒にいるため、彼の性格がよくわかるようになってきた。
「今週末にでも行こうか?」
「あ~、ごめん。私、実家に帰るから、週末は都合が悪いな」
「うん、じゃあ、来週のどこかで行けるといいね」
成り行き上、二人で市井へ繰り出す約束をしたが、私の心は晴れない。
クリアしないと死ぬゲームに転生している私の目標は、4人いる攻略キャラの誰かと個別ルートに入り、恋愛をすることだ……。
好感度を上げる自信も手ごたえもないうえ、どんどんとアルフォンスとの約束ばかりが増えている。
本来なら、市井のデートは、攻略キャラとのデートだと、前世の妹が言っていたのに、どうしてこんなことになっているんだろう。
私……用意されているイベントを、攻略キャラ以外に使い過ぎているから、本当にまずいんじゃないかな。
実家に帰るだけでも憂鬱なのに、ゲームの進行もうまくいってなくて、気が重いことばかりだわ。
それに私、アルフォンスのことが好きなんだ。間違いなく。
いっときの気の迷いであって欲しい。
頭では、好きになってはいけないとわかっているのに、彼への想いが止まらない。
私は、恋をしようと思っていたリュカでさえ、ゲームのキャラクターとしか見えなかった。
なのにアルフォンスだけは、初めから違う。
ずっと生身の男性で、つい彼の存在を目で追ってしまうくらい、心惹かれている──。
駄目だ。このままでは自分の気持ちが、他の攻略キャラと恋をしたいなんて、思えなくなってしまう。
アルフォンスとは、ちゃんと距離を保たないと。
そんなことを考えていた私は、少し先に起きる大事件の存在に気づいていないため、実家へ帰ることを優先してしまった。
だが、それを猛烈に後悔する未来がくるとは、知る由もなかった。




