25 魔法の特訓②
翌朝、教室に入ってすぐの出来事だ。
マリエットが満面の笑みで声をかけてきた。
「昨日はありがとうね! 週末屋敷に帰ったら、直接弟に渡してくるけど、先に手紙だけ送ってあるの。きっと家族全員が喜んでくれるわ」
「ふふふ、それは良かったわね」
彼女と穏やかな会話ができて、自然と笑い声が漏れた。
「この恩は一生忘れないから。だから、ずっと親友でいて欲しいな」
そんな会話を大きめの声で交わしてしまったため、ポーションを譲ったことは、あっという間にクラス中の人間が知る事実になってしまった。
「うん。私もマリエットと、一生仲良くしたいな」
柔らかく微笑んだ。
この世界で初めてできた、女性同士の友情が嬉しくて、心からそう思った。
「あっ、いけない。今日は私が日直だったんだ。また、昼休みにおしゃべりしましょう」
そう言ったマリエットは小さく手を振り、職員室に向かうべく、教室をあとにした。
朝から筆頭公爵家の令嬢とマブダチ宣言をしたあとだ。
クラスメイトから、めっちゃくちゃ見られていて居心地が悪い。
「うわぁ〜、金で友人を作るなんて、最低ね。だから妹のミラベルに冷たい態度を取れるくらい、冷酷なのね」
それを言ったのは、ミラベルと同じ演習グループの、あずきちゃんとももちゃんだ。
ミラベルは、私以外に好印象を与えているから、否定の言葉を返しても、信じてもらえないだろうな。
言われっぱなしは癪だけど、一瞬見てしまった彼女たちから、ふいっと視線を外した。
確かに、ポーションと引き換えに、友人になって欲しいと言ったから、否定はできない。
でも、そのポーションは私のものではない。
事実と秘密が半々。こんなややこしいことは、当人だけが知っていれば十分なのよ。
私のポーションは、きっとアルフォンスの胸ポケットの中だ。勝手に盛り上がった彼は、私のポーションをお守りにすると言い出したのだから。意味がわからない。
なのでミラベルが持っていたのは、アルフォンス作の代物だ。私のではない!
そして、当のアルフォンスは涼しい顔で窓の外を眺めている。なんだか能天気で羨ましいわね。
少しは、こちらの身にもなって欲しいんだけど。
クラス中から飛び交う、ひそひそ話の中心人物になっているのに、渡した当人は知らんふりをしているのだから。
どうして私がここまで注目されるかというと、マリエットの公爵家が特殊だからである。
ちなみにこれは、ゲームの知識だ。
なので彼女は、このゲームの主要人物と見込んでいる。
そのオクレール公爵家は、どの派閥も作らないし、属さないという、孤高の家柄である。
それなのに絶大な力を持っているのは、オクレール公爵家は強固な外交事業があるからだ。
オクレール公爵家は諸外国の王侯貴族との繋がりが深く、彼らを通して出なければ取引をしないという国もあるくらいで、このシャルト帝国の貴族や商人たちは、交流関係を結びたくて仕方ないらしい。
さすがに、これはクラスの情報に疎いリリアーヌでも知っているくらいに有名だし。
そんな家柄の令嬢へ希少なポーションを渡したのだから、妬みの対象になったみたいで、うんざりする。
今は教室にミラベルもマリエットもいないため、余計に言いたい放題である。
その後も、後ろの席の2人の会話が丸聞こえで、扱いに困るし、私にだけ聞こえるように言っているから質が悪い。
彼らの会話が唯一聞こえているのは、私の横に座るアルフォンスくらいかな。
彼らとしても、アルフォンスは平民だし、聞かれたところで、痛くも痒くもないのだろう。わかりやすい忖度だ。
もうこうなれば、きっちり聞いてやろうと、後ろの席の2人の会話に耳を傾けた。そうすればすぐに後悔した。それぐらいの悪口だった。
「まぐれで作ったポーションで、調子に乗っているんじゃない?」
「せっかくかばってくれた妹をけなすくらい性格が悪いのに、ただで希少なポーションを譲るわけないでしょう」
「だよね。人を見て態度を変えるなんて、ずるい性格で嫌だわ」
「今まで大人しそうにしていたけど、実は腹黒いのね」
という私に対する分析をしていた。なるほどね。
確かに狙いは、あったわよ。
希少なポーションを渡せば、いい感じに見返りが欲しいとか、ゲームが有利に進んで欲しいとか、考えていたし。
だってそもそも恋人を作るために、命をかけているのよ!
それぐらいやるでしょう!
それに、好きになりかけている彼と結ばれないことを知りながら、誰にも何も言えない虚しさ。
どれを取っても本当の理由を説明できないため、腹黒令嬢というレッテルを貼られる事態を、ただ大人しく聞いていたのだった。
◇◇◇
この日の放課後。
私はアルフォンスと顔を見合わせれば、一緒にグラウンドへ向かった。
例の約束だ。
そう……。魔草を採取した帰り道、魔法の特訓に付き合ってもらうと言ったやつだが、これが攻略キャラのリュカなら、イベントだったはずなのに。
アルフォンスと交わしたため、ただの約束にすぎないやつね。う~、残念。
このとおり、ゲームの進行はいまいちすぎるが、魔法が使えない現状も何とかしたい気持ちは山々だ。
私の予測では、攻略対象と特訓しなければ意味をなさない気がしている。
手っ取り早くアルフォンスと特訓をして、全然だめだね、という答えを出そうと企てているんだけどね。もちろん本人には内緒だけど。
効果がないので、講師を増やしたいという理由で十分にいける。そう見込んでいる。
他の攻略対象と初回イベントに成功させたら、この特訓に誘う予定だ。
まだ接触イベントを始めていない攻略対象となら、希望はある。
その一縷の望みは捨てていない。死にたくないし。
いろんな思惑を持ちながら、ラビリンス学園のグラウンドまで来たのだ。
先日、小テストを受けた場所のため、すでに馴染みの場所である
とはいえ前回と違うのは、他の生徒も同時に魔法の練習をしている。なので、授業中とは人の多さが違う。
なんといっても、私は魔法初心者だ。
他の生徒に危険がないよう、極力離れた場所を探し、校舎から一番離れた奥まで向かってきた。
仮に魔法を使えても、飛距離的に他の生徒の所まで飛んでいかないとは思うため、この辺でいいだろうかと思う位置で立ち止まった。
特訓とはいったものの、魔法のことは、さっぱりわからない。
リリアーヌは元々魔法が使えなかったため、彼女の記憶を探ったところで、蘇ってくるものではないのだ。悲しいことに。
だからこそ先生が必要なのだが、さてどうしようかと、アルフォンスを見つめた。
そうすれば、私のどんよりした感情を吹き飛ばしそうなくらい爽やかすぎる声が返ってきた。
「じゃ、水魔法からいってみようか」
「そうだね」
と、釣られるように微笑んだ私は、アルフォンスの提案に頷いた。
理由は単純。
──火は危ない。風は暴走する。
進級試験に必要なアイスボールを出せなければ、素質なしを認めないといけないし、そうなれば、精神的に立ち直れない気がするから、ここは絶対に触れてはいけない。
よって、安全そうな『水』一択だった。
「じゃあ、俺は見てるから、手のひらから魔力を放出する感じでやってみて」
飛距離を計ろうとした私たちは、お互いに距離をとった。大体20メートルくらいだろうか。
グラウンドの端に着いたアルフォンスは、その近くにあったベンチにどかっと座り、腕を組んでいる。
うん、なんか師匠みたいな態度でムカつく。あとで文句を言ってやろう。
と思ったが、私の心は少しも待てができず、あっさりと、いら立ちが口をついた。
「簡単に言うけど、難しいのよ!」
「まあ、やってみてよ」
気楽にやってみろ、なんて言われてもできないのよ。
できたら特訓なんていらないし。
文句は尽きないが、言われた通りに両手を前に出して、深呼吸をしてみた。
そうして、『水、水、水……』と念じながら魔力を流すイメージを作る。
「いけぇ──!」
気合十分に声を出した。
だが、完全に空回りした私のテンションが、この場にとてつもない静寂をもたらしただけだった。
──シーン。
何も出ない。
手のひらに、一滴の水すら湧いてない。
「……あれ? やっぱり魔法が使えないな」
「リリアーヌって、魔力が詰まってるんじゃないか?」
「人をポンコツみたいに言わないで!」
それから何度か挑戦してみたが、手がしっとりしているのは、焦りからくる手汗のせいで、この現象に魔法の余地は一切ない。
私の不出来ぶりに呆れたのか、地面を見ながら考え事を始めたアルフォンスが、ぶつぶつと喋り出した。
「ポーションを作れるから魔力はあるし、魔力も流せる。でも、形にはできない……。なぜだ?」
詳しい言葉は聞き取れなかったが、何か言っていることだけは理解できた。
どうしたの? と声を張り上げようと思った瞬間、明後日の方向から飛んできたファイアーボールが、まっすぐアルフォンスの方に向かっていることに気づいた。
危ない!!




