24 魔法の特訓①
カフェテリアから出た廊下で、我慢できずに言葉が漏れた。
「ねぇ、なんかずるい」
私は拗ねたように、アルフォンスの顔を見ながら口を尖らせた。
一方のアルフォンスは、唐突に言われた言葉の意味が、わからなかったようだ。
アルフォンスが少しだけ困った表情を見せると、自分の髪を触りながら、私の機嫌が悪い理由を尋ねてきた。
「う~ん、それはどうしてかな?」
「だって、授業中にSランクのポーションを作ったのが私だけだったから、すごく目立ったじゃない」
「ははは、リリアーヌがクラスのヒーローみたいでカッコよかったよね」
「そうじゃないし、違うでしょう。よくわかってないのにクラスのみんなから注目されて、居心地が悪かったんだよ」
「俺にはリリアーヌが困っているように見えなかったからね。もしも本当に助けて欲しいと思っていたら、俺はなんでもするし」
「別に助けて欲しいとか思ってないのよ。ただ、アルフォンスも希少なポーションを作っていたんだから『俺のもSランクだぞ』って、名乗り出て欲しかった」
「だって平民が目立つと碌なことがないからさ。ああいう場では黙っている方が得策なんだよ」
「あ~、まあ、そうだよね──」
と、言葉を詰まらせた。
もっと言い返したかったけど、彼の境遇を考えて冷静になった。
この世界には、貴族階級という、明らかなカースト制度がある。
その中で、下層に位置する平民が鼻に付くことをすれば、余計なトラブルになりかねない。
ただでさえ目立つ容姿をしているアルフォンスだ。
出る杭は打たれる的なことを、これまでいろいろ経験してきたのだろう。そう考えてしまうと、沸騰したお湯が急激に下がっていくように、苛立ちは消え、むしろ彼への同情じみた感情が胸に広がった。
アルフォンスってば、本当に王子様のように美しい顔をしているのよね。
実際、王子様なんて見たことはないけど、例えるなら前世のアイドルグループの、見目麗しい存在って感じで、「見惚れる」がぴったりくる。
それに、彼の知識はかなり豊富な方だと思う。
この世界の標準を熟知していないから断言できないところはあるが、リリアーヌの記憶を探ってみたが、ポーションの作り方なんて、今日初めて知ったのだから。
新入生が、そもそもポーションの作り方を知っているのが、不思議でしょうがない。
それも彼が聞かせてくれたのは、Sランクのポーションを作るための知識だ。
まるで、その道の専門家しか知らないような話を、さらりと口にした。
どう考えても普通じゃない。
どこで勉強してきたのか知らないけど、相当な教育を積んでいるのに違いない。それもかなり高位な知識を。
貴族じゃないのにどうしてだろう?
まさか王族?
いや、あるわけないか。
仮に他人に興味がないリリアーヌが王族の顔を知らなくても、このクラスの高位貴族が、自国の王族の名前も顔も知らないわけがないし。
とりわけ攻略キャラたちの父親は、この国の有力者である。もしもアルフォンスが王族なら、誰かはピンとくるはずだし。
うん。ないわね。ない、ない。
首を横にふるふると振った。
アルフォンスが王族なんていう突拍子もないお馬鹿な想像は、やめておこう。不毛だわ。
まあ、とにかくアルフォンスは良くも悪くも目立つのよ。
これから先、クラスメイトみんなから、生意気だと評価されてもおかしくない。
転生者の私が疎いだけで、クラスメイトの心の中では、それぞれに面白くない感情を抱いている気がするし。
「誰かからいじめられてない? 大丈夫?」
「それはさすがにないかな」
「それにしても、希少なポーションをあんな気軽に人に譲っちゃって、後悔してないの?」
「別に、俺が作ったのは気にならないよ。リリアーヌのだけは、他人に譲れないけどね」
「ねぇ、それってアルフォンスはSランクのポーションをこれまでも作ったことがあるの?」
「当然だよ。俺は何度も作ったことがあるからなくなっても惜しくないけど、リリアーヌは初めて作ったんでしょう。記念すべきものを簡単に人にあげちゃ駄目だよ」
「ちょ、ちょっと待って。国内でも年間に数個しかできないのに、アルフォンスは何個も作ってるの!?」
「ああ〜、まあそうだね」
「ごめん。頭の中がついていけないわ。アルフォンスって、すごすぎるでしょう」
「教えてくれた人が有能だったんだ」
あっけらかんと言ったが、アルフォンスが異常なんじゃないかしら……。
そう思う私は、まるで狐につままれたみたいな、非現実的な話を聞かされている気がして、深く考えることを放棄した。
「アルフォンスは、将来国の機関からスカウトが絶えないでしょうね」
「それを言うならリリアーヌでしょう。あの悪条件でSランクを作ってるんだし、俺より断然すごいけどね」
「うっ──」
それが本当に実力ならば喜べるのだろうが、なぜか魔法が使えないチグハグ状態だ。
この噛み合っていない現状に、私は頭を抱えているため、彼からの賞賛を素直に受け取れなかった。
「まあ正直、俺が目立ちたくないのもあったけど、姫1人に花を持たせたくて、俺も同じのを作ったと思われる前に隠したんだけどね。みんなに俺のリリアーヌはすごいだろうって自慢したくて」
「私……アルフォンスのものじゃないからね。それに、その気遣いのせいで、私1人だけクラスの中で浮いたじゃない」
怒ってるから次回はしないでよ、という意味を込め、再び頬を膨らませた。
「悪い、悪い。今度何かでお詫びするから、許して」
「何か強請りたいものがないか、考えておくからね」
そう言ってみたが、平民のアルフォンス相手に、高価なものを貰うつもりもなく、何かのイベントのときに、助けてもらいたい。そう考えていた。
そのとき、ふと尋ねられた。
「そういえば、お詫びじゃないけど、魔法の特訓は、いつがいいかな? 俺は今日でもいいけど」
アルフォンスも忘れていなかったのね、特訓イベントの存在を。
攻略対象とならイベントだけど、彼とはリアルに特訓だし。どうしよう。困ったな。ゲームの進捗は、完全に行き詰まって、立ち往生してる……。
楽しい気分も一瞬で消えるような現実問題を抱える私は、ほんの1日だけ、魔法の特訓の開始を先延ばしすることにした。
この作った1日で、何か変わるわけでもないのに。
「さすがに今日は疲れたわ。明日の放課後なんてどう?」
「いいよ。明日から始めよう!」
「よろしくね!」
「俺、めちゃくちゃ楽しみにしているから、忘れないでね」
「もちろんよ。他に予定もないしね」
そう言った私と彼が見つめ合い、クスクスと笑い声をあげた。
二人の間に和やかな空気が広がったところで、長い1日は無事に終えたのだった。
ただ、このときの私は、1日ずらしたことで起こる事件を、何も知らなかった。
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