22 新しい仲間①
授業が終わったあと、マリエット・オクレールと話をすることになった。
例の、私が作ったSランクのポーションを欲しがった、公爵令嬢である。
正直に言うと、貴族令嬢に対してあまり好感がない。この原因は、何かと因縁をつけてくるミラベルのせいだけど。
そのこともあり、トラブル回避のため、アルフォンスに同席してもらうことにした。
彼に横にいて欲しいと頼めば、2つ返事で承諾してくれたのだ。
カフェテリアで待ち合わせをしたのだが、私とアルフォンスが到着したときには、すでにマリエットは席に座って、そわそわとした様子で入り口を見ていた。
私はもちろん、日本生まれの一般庶民だから、平民のアルフォンスとは、気が合うなって思っている。
それは、ここでも同じだった。
「俺はオレンジジュースを頼もうと思うけど、リリアーヌは何がいい?」
「あっ、そっか。ここってカフェテリアだもんね。何か注文しないといけないのか。うっかりしていて、お金を持ってきてないや」
「気にしないで。俺がごちそうしてあげるよ」
「アルフォンスにご馳走してもらうなんて、悪いよ」
私は伯爵令嬢で彼は平民なのだ。アルフォンスの方が自由に使えるお金がないに決まっている。
それなのに、ご馳走してもらうなんてもってのほかだと思うのに、彼が譲らなかった。
「俺、いろいろ仕事しているから、リリアーヌのお小遣いより稼いでいると思うし、気にしないで」
「え? 仕事って、何をしているのよ」
「う~ん、それは内緒」
「え~、ケチ~、教えてくれてもいいじゃない」
「奥さんになってくれるなら、教えてあげるけど」
「ふふっ、それは丁重にお断りするわ。お父様から怒られるからね」
先ほど、ミラベルが授業中に叫んでいたおかげで、妙に説得力のある言葉になったはずだ。
本当は、アルフォンスのように打ち解けられる人と結婚できれば、幸せなんだろうな。
そう思う自分はいるが、それを選択した時点で、私は死ぬと思うし。
いけない、いけない。暗いことを考えても仕方ないわね。なので、にっこりと笑い話題を戻した。
「私もオレンジジュースがいいな」
「一緒だね」
そう言った彼は、カフェテリアのカウンターの中にいるおばさんに、注文と同時に会計まで済ませていた。
「ふふっ、アルフォンスがオレンジジュースを注文するの、意外だな」
「そうだろう。だから普段は飲まないんだよ。オレンジ色の液体が入ったグラスを持っていると、イメージと違うって思われるから。でも、リリアーヌの前なら、素のままでもいいかなって思ってる」
「ははっ。アルフォンスって、平民なのにやけに気を遣っていて、なんか貴族みたいだね。人の目なんて気にしないで、好きなものを選んだらいいんだよ」
本心からそう告げると、「だよな。好きなものは我慢しない方がいいよな」と、やけに深く頷いていた。
アルフォンスのこんな素直な反応は、かわいくて好きだ。
そんなことを考えていれば、厨房のおばさんからカウンター越しにオレンジジュースを無造作に渡された。
ご馳走してくれたアルフォンスに対し、改めてお礼を告げると、マリエットが待つ席へと向かった。
私たちが近づくと、マリエットがすかさず立ち上がり、私たちの登場を歓迎してくれた。
それが、あまりにも嬉しそうな笑顔を見せるものだから、何か裏があるんじゃないだろうかと、逆に勘ぐってしまった。
なんだか私、ミラベルに相当毒されているわね。
美人令嬢が私に笑いかけてきたら危険。そんな条件反射で、身を固くしてしまうんだから。
マリエットは私の緊張を察したようで、一層穏やかな表情を見せ、優しい口調で言った。
「とんでもない無理を言ったのに、私のお願いで、こうして時間を作ってくれてありがとう」
「ああ~、なんか事情がありそうだったし、無下にできないなって思ったんです」
「交渉の余地がありそうで、よかったわ」
微笑むマリエットが、小首を傾け、愛らしい仕草を見せた。
その瞬間、まっすぐに伸びた美しい茶髪が、さらさらと動いた。
どんなケアをすればこの艶と張りを保てるのか見惚れるほどに綺麗だ。
まじまじと見つめている自分に、ふと気づいた。
あっ……。
素でマリエットの美貌に見とれていた。
美人はこうして人の心を掴みやすいのだから、ずるい。どうせ転生してくるなら、マリエットが良かったな。
という、恨めしい気持ちをなんとか払拭し、真面目な表情に切り替えた。
「私と取引や交友を持つと、クラスのみんなから、何を言われるかわかりませんよ」
「それは、どうしてかしら?」
心底意味がわからない。そう言いたげなマリエットは、きょとんとした表情で私を見つめてくる。
「妹は人格者だと周囲の人たちから人気があるのに、私は、そのミラベルに意地悪をする人間だと思われていますから」
「私はリリアーヌの言葉を信じていますから、気になさらないで」
「だけどクラスメイトはミラベルを信じているので、私との交流を知られると、どんな反発があるか、心配です」
私の不安を聞き終えたマリエットが、そんなことかと言って、くすくすと笑い始めた。
「それなら心配に及びませんよ。それどころか、私は謝らなければなりません」
「何をですか?」
「私はミラベルがあなたが座った席で何かやっている姿を見たんです。でも、何をやっていたのかは、体に隠れてわからなかったんです」
その言葉に、少しだけ目を見開いた私は、強く聞き返した。
「もしかして、私の薬草を床に捨てたのは、ミラベルと仰りたいのですか?」
「私はすぐにそう思ったけど、状況証拠だけだから、みんなの前で言えなかったわ。ごめんなさい」
「謝らないでください。実際にちゃんと見ていないのですから、迂闊なことは言えないのが当然です。それに、証拠だって出てこないでしょうから、擁護してくれても、返り討ちになる場合があるのは、十分に理解していますから」
「ありがとう。私は公爵令嬢として、いろんな人に会ってきました。だから人を見る目は養われているんですよ」
「私のことを、勘違いなさっていませんか? 私は魔法も使えないし、大層な人間ではないですよ」
「謙遜しなくても大丈夫ですよ。リリアーヌは自分で薬草を足元に捨ててなんかいないと私は思っているわ。それなのに、あのまま授業を受けていたんだから、すごいことよ」
予期せぬ褒め言葉に、綺麗なマリエットのことを、茫然と見つめてしまった。
呆けたままの私を見たマリエットは、この場の空気を変えようとしたのか、私とアルフォンスの前に置かれたオレンジジュースを交互に見て言った。
「よく気が合うんですね」
その言葉に、「まあな」と、アルフォンスが先に反応した。
「この場にはリリアーヌだけが来ると思っていたから、意外でしたわ」
「アルフォンスは私と親友なので、この場に来てもらっただけなんです。彼の同席が駄目というなら、この話はこれまでにしますが、どうしてSランクポーションを欲しいと仰ったのか? その話を教えてもらえますか?」
誰がいても構わないと強く言い切ったマリエットが、静かな口調で続けた。
「弟に、Sランクのポーションを用意すると約束したのに、どうやっても買えないので困っていたんです」
「えっと、それは大変そうですね」
正解の返答内容がわからず、感情のこもらない言葉を口にしてしまった。
だが、そんなことを全く気に留める様子のないマリエットは、私の瞳を凝視し、後ずさりしたくなるほどの、圧を向けてくる。
「目の前で母が亡くなる事故に遭ってから、外が怖いと言い出した弟が、家に引きこもっているんです」
「それはお気の毒に……。弟さんにとって、トラウマになるほど怖い体験だったんですね」
もしも自分がその立場だと思えば、同じく外に出るのを嫌がるかもしれない。
ましてやそれが貴族の子息であれば、365日屋敷の中で過ごしても、何不自由ない暮らしが送れるのだから、引きこもるのも頷ける。
「どうすれば以前みたいに外に出てくれるのか尋ねたら、Sランクのポーションをお守り代わりにできれば、外に行くと言い出したんです」
「それで、私のポーションを欲しいと仰ったんですね。だけど、公爵家ならなんとか手に入るんじゃないですか?」
何気なく尋ねた言葉に、マリエットは小さく首を振った。
「もう1年以上各方面に依頼していますが、魔法研究所でも年間数個生産できればいい方みたいで。なので、その希少性から、王城管理から絶対に外れることはないと聞かされました」
「ええっ! 私が作ったSランクのポーションって、もしかして、めちゃくちゃ価値があるとか!?」
同様のあまり、素っ頓狂な声を出してしまった。




